山下塾第5弾

山下 輝男

第二十七話「防衛駐在官(制服を着た外交官)の更なる充実による海外軍事情報の積極的収集」

 昨年1月のアルジェリア人質事件や先般の過激組織イスラム国による湯川・後藤両氏殺害事件を受けて防衛駐在官を充実することとなった。日本の防衛駐在官制度は自衛隊発足と同時に始まったが、日本独特のシステムとなっており、それらは逐次改善が図られてきた。然し、海外軍事情報の収集には防衛駐在官の増員だけで解決できない課題もある。


1 防衛駐在官制度概要
(1)意義
 防衛駐在官とは、防衛省から外務省に出向した自衛官で、外務事務官として諸外国にある日本大使館などの在外公館に駐在し防衛に関する事務に従事する者のことを云う。自衛官の制服を着てその階級を呼称する。また、防衛駐在官用の飾緒の着用や、礼装時には、儀礼刀の着用も行う。なお、防衛駐在官経験者には第34号防衛記念章(外国勤務経験者)が授与される。
 制服を着た外交官とも称される。
 国際儀礼にならい、通常は1佐(三)が防衛駐在官に補職されるが、米国首席防衛駐在官は将補(二)が指定される(2011年8月5日以降、首席防衛駐在官は空将補)。また、外務省職員(外交官)としての地位は派遣国によって異なり、1佐の場合、参事官(主要国のみ)又は1等書記官となる。

(2)具体的な業務
 主な業務は軍事情報の収集であり、各国の軍・国防当局や他国の駐在武官から、軍同士の関係でしか入手できない様々な情報を入手することができる。これに加え、近年、各国との防衛協力は、装備協力も含めて、質、量共に拡大を続けており、これらに関する調整業務も担っている。

(3)防衛駐在官の歴史的な経緯
 わが国では防衛駐在官と呼称しているが、一般的には駐在武官と呼ばれる。駐在武官制度の歴史は古く、19世紀頃には各国で認められるようになったと言われている。日本でも第二次世界大戦までは、主要国に駐在武官を派遣していた。
   戦後の防衛駐在官制度の発足は昭和29年で、防衛庁(当時)・自衛隊の誕生と同時にスタートした。

(5)人選
 軍事分野における交流も目的の一つである駐在武官には、大佐または中佐クラスの者が派遣されることが多く、わが国の防衛駐在官は、米国の将補(二)1名を除き、ほとんどが1佐(三)であるが、少数ながら2佐及び3佐も派遣されている。

(6)派遣先
 平成27年2月16日現在、38大使館及び2政府代表部に合計56名の防衛駐在官を派遣している。
三自衛隊からそれぞれ派遣者があるのは米国6名(陸海空各2名)、大韓民国、中華人民共和国、ロシア(陸海空各1名)で、他の国には関係の深い自衛隊から派遣されることが多い。

(7)収集した情報の取り扱い
 戦前の反省から、防衛駐在官に関して、省庁間覚書(「防衛庁出身在外公館勤務者の身分等に関する外務事務次官、防衛庁次長覚書」(昭和30年8月8日))として、他の在外公館勤務者より強い制約を明記しており、防衛庁との直接連絡を行わないことも規定されていた。
 その後、防衛駐在官制度が十分に確立され、弊害が生じるおそれが少なくなったこと、日本国外における自衛隊の任務が増大してきたことに鑑みて、覚書を改定し、「防衛駐在官に関する覚書」(平成15年5月7日)が締結された。
 新覚書では、旧覚書と同様に防衛駐在官の階級呼称・制服着用権を定め、また外務大臣等からの指揮監督についても「他の在外公館勤務者と同様に」の文言が入り確認的な表現となっている。防衛駐在官の本国への連絡通信についてはなお外務省経由のものとなるが、旧覚書にはなかったものとして防衛駐在官の防衛情報を外務省が防衛省に自動的かつ確実に伝達する協約が入った。なお、この際に防衛駐在官の対外的呼称を「一等書記官(又は参事官)兼防衛駐在官」ではなく、「防衛駐在官・1等陸(又は海・空)佐」とできるように運用が改められた
 かっては、防衛駐在官が収集した貴重な情報が防衛省に通報・伝達できず、活かされなかったが、この協約により従前のような弊害はなくなった。とは、云えタイムリーに完全な形で提供されているかどうかについては下司の勘繰りではあるが懸念が残る。


2 防衛駐在官配置の必要性等
(1)軍事情報に収集には軍事的素養が必須
 全く同じ事象を観ても、その意味を真に理解し得るか否かがポイントである。長年の軍歴(自衛官歴)の中で培った識能、嗅覚みたいなものが働かねば、情報の価値は正しい評価されない。語学は必須ではあるが、語学があるのみでは防衛駐在官は務まらない。

(2)軍人同士なるが故の共通の使命感という土俵があるからこそ、機微な情報の提供受けが可能である。機微な情報は軍人同士の信頼関係の中でしか得られない。その信頼関係は言うまでもなく一朝一夕に築けるものではない。

(3)テロや国家の安全に係る情報には軍事的視点が肝要
 テロの脅威が現実のものになりつつあり、国際化した今日、世界の何れかで起きた事象は我が国に色々な形で波及する。邦人も各地で活躍している。
 国益の追求や安全保障上の方策追求、邦人等の保護等において軍事的視点からの情報は極めて重要である。それらを収集し得るものは、防衛駐在官に他ならない。

(4)防衛駐在官の功績
 元在エジプト防衛駐在官であった榊枝宗男氏の論文「防衛駐在官と危機管理
-アルジェリアテロ事件の教訓から-」(http://www.jpsn.org/special/crisis/3328/)か ら、防衛駐在官が果たした功績(役割)を引用する。

 『5 防衛駐在官の功績
  旧軍であれば情報任務従事者を養成した中野学校には「中野学校は語らず」とする校訓があり、自衛隊の防衛駐在官も
 同様にあまり多くを語る文献は公表されていない。多くの防衛駐在官がその崇高な職務を遂行する姿を小生が記憶してい
 る範囲で紹介する。

 (1)1989年天安門事件では、K1佐が自転車に跨り若者群衆が蟠踞する現場を確認し、大量の情報を発信していた。わが国
  の報道では人民解放軍鎮圧部隊である第27軍とこれに反発した第36軍が衝突しているとされ内戦への懸念が伝えられて
  いた。しかしながら、真相はあくまで人民解放軍は党の軍隊として1つであり、現場の様相も衝突の事実は皆無であると
  防衛情報を報告したことにより当時の我が国の中国政策を誤りなく維持することができた。
 (2)1990年サダムフセインのイラク軍がクエートへ侵攻・占領し、米国が主導する多国籍軍部隊が湾岸に展開する中、突然
  イラク空軍戦闘機複数が対岸のイラン空港へ退避した情報を当時在イラン大使館防衛駐在官M1佐が直接確認し、欧米の
  武官情報よりいち早く日本が情報を獲得できた。
 (3)1989年のルーマニア革命時、チャウシェスク大統領が自国民を虐殺したと言われるテミショアラへ外交官として一番先
  に入りその事実関係について自身の目で情報を確認し防衛情報を発信し民主化が進む東欧政策分析に多大なる貢献をした。
 (4)1990年湾岸戦争時、わが国は多国籍軍には不参加であったものの、在米国大使館防衛駐在官S将補はサウディアラビア
  ・リャドの中央軍司令部(CENTCOM)において反撃開始時の「砂漠の嵐」作戦についてその主作戦正面、作戦軸等
  の貴重な防衛情報をもたらした。
 (5)1994年ルワンダ難民救援隊をその隣国のザィール国ゴマ市へ派遣し約3ヶ月間の給水、医療、防疫、航空輸送の活動を
  行った。わが国のPKO法では派遣隊員は紛争地域へ入れないため、急遽在エジプト大防衛駐在官であった小生が単身
  ルワンダの首都キガリに司令部をもつ国連ルワンダ支援団(UNAMR)情報部へ連絡官(LO)として派遣され、派遣部隊
  の安全確保に関し側面的に支援した。

  まだまだ紹介すべき大きな功績があり、旧日本陸軍の北欧で活躍した駐在武官明石元二郎大佐のようにロシア革命時の
 武勲(革命分子に資金を提供しその活動を援助しロシア革命成功の一助となった)と同様に防衛駐在官一人で歩兵20万人に
 匹敵する戦果(功績)を上げたとされる明石武官級クラスの防衛駐在官も存在する。』


3 最近の事案と増員
 防衛駐在官が果たす役割についても逐次に認識が深まってきている。その直接的なきっかけとなったのが2013年に発生したアルジェリアにおけるテロ事件である。この事件で邦人に多くの犠牲者が発生したが、政府は現地情報の収集で後手に回ったと云われる。
 アルジェリア人質事件検証委員会は2月、防衛駐在官拡充を求める提言をまとめた。
 日本人人質事件が起きて、2名の日本人が過激組織に殺害された事件を受けて更なる拡充を図る方向である。如何にも泥縄的ではあるが、何もしないよりはましだ。

(1)2014年度予算による増員
 増員:インド2名、イギリス、フランス、ドイツ、オーストラリアに各1名が増員新配置:南アフリカ、アルジェリア、エチオピア、ケニア、ジプチ、ナイジェリア、モロッコ、ブラジル
 削減:ポーランド、ウクライナ、ノルウェー、フィンランド、スーダン各1名
〆て、14名増員、5名減員で実質9名の増員となっている。

(2)2015年度予算案
 復活:ポーランド、ウクライナ両国に対する防衛駐在官の復活
(予算と定員上削減したとはいえ、先見性がなかったのではとの批判がある。)
 スーダンについては当面、PKO要員が南スーダンに在留することから、これをもって防衛駐在官に代え、スーダン分の防衛駐在官の枠を南アフリカに振り替えた。
 増員:オーストラリア、インドに各1名の増員を計画
 (日・米・豪・印の強力なダイアモンドの形成)

(3)日本人人質事件を受けての対応
 2月3日付の時事通信社の記事によれば、『政府は過激組織「イスラム国」による日本人人質事件を受けたテロ対策強化の一環として、海外で軍事情報の収集にあたる防衛駐在官を増員する方針だ。人質事件で現地対策本部を置いたヨルダンに新たに派遣するのをはじめ、中東地域への重点配置を検討する。特定秘密保護法が施行され、各国と機密情報のやりとりがしやすくなったことも踏まえ、テロ関連情報の積極的な入手に努める。
 安倍晋三首相は3日の参院予算委員会で、防衛駐在官について「邦人保護に必要な情報収集体制を強化する上でも有効だ。情報収集能力の向上に取り組む」と述べ、人員体制を強化する意向を表明。中谷元防衛相も記者会見で、「ヨルダンをはじめ必要な増員に努めていきたい」と述べ、同国以外にも配置する考えを示した。
 中東地域の防衛駐在官は、イスラエル、イラン、トルコなど7カ国に各1人を配置しているが、ヨルダンは不在。桜井修一ヨルダン大使は防衛省運用企画局長などを歴任しているが、自衛官ではなく文官の出身。政府関係者は「軍対軍の情報交換は自衛官でないとできない」と指摘する。
 ヨルダン以外の新たな派遣先としては、ペルシャ湾岸に位置するバーレーンが浮上している。同国は米軍主導のイスラム国への空爆作戦に参加。中東を担当する米海軍第5艦隊の司令部が置かれており、対テロ情報の収集に適切とみられているためだ。
 政府は2013年のアルジェリア人質事件でも十分な情報が得られなかった反省から、アフリカへの防衛駐在官を増やした。15年度予算案では、ウクライナとオーストラリアの防衛駐在官を増員するほか、ポーランドに新たに派遣することを盛り込んだ。』


4 防衛駐在官制度の課題等
(1)国家戦略としての海外軍事情報収集体制の構築
 我が国は、情報に対する認識が低い。その故もあってか、海外軍事情報の収集に余り真剣ではなかったようだ。如何なる国の如何なる情報が、国家として必要なのか、それを如何にして収集するのかをもっと体系的に検討すべきである。国家として情報を統括する機関がないことが欠陥である。
 中東の重要度は昔から言われていたが、防衛駐在官の配置という点では軽視されていたようだし、中国が進出しているアフリカは、余りにもお粗末だった。
 派遣国の戦略的重要性等我が国の国益と邦人の安全保護の視点からの海外軍事情報の収集とその分析体制を再検討しなければならない。
 冷戦終焉後、ロシアへの関心は低くなったが、ウクライナ問題を見ても、北方領土へのロシアの関与等を見ても、依然として注視すべき隣国である。内から見、周りから見てこそ価値ある情報が得られる。

(2)防衛駐在官に適する人材育成
 防衛駐在官は、一般的には情報の専門家ではない。事前に相応の教育は受けるものの、それで十分であるとは云えない。真のプロを如何に育てるかが重要だ。情報センス、国際感覚に優れた者を育てるべきだ。

(3)外務事務官兼任の是非
 防衛駐在官は、外務事務官として諸外国にある日本大使館などの在外公館に駐在し、自衛官を兼任した上で階級を呼称し、制服の着用ができる。外務省に出向し、駐在先の大使の指揮を受ける。これは諸外国には見られない、日本独特のシステムである。戦前の二元外交の再来を防止するために“外交の一元化という錦の御旗”に下に是非とも必要であるとされる。
 その恐れが引き続きあると云うのか?今の自衛隊には絶対にそのようなことは有り得ないし、国民の眼も行き届いており、杞憂に過ぎないだろう。
 であるならば、列国並にすべきではないか?
 防衛駐在官を防衛省から差し出すようにすれば、外務省の外交官枠を防衛駐在官に割り当てる為に防衛省枠の定員を外務省に差し出すと云う悪しき慣行もなくなるだろう。
 防衛駐在官は、外務省枠にせずに純増にすれば良い。それは政治判断で出来るはずだ。
 防衛・安全保障に関する情報要求が直に防衛駐在官に伝わり、彼等が収集した情報が速やかに本省に報告され、機動的な対応が出来るようになるだろう。
 勿論、防衛省と外務省の情報交換は絶対に必要であり、そのようなシステムが構築されねばならない。 

(4)防衛駐在官の処遇改善
 十分な予算があるのか?情報収集には相応の活動資金が必要である。新聞の切り抜きしか出来ないようでは、真の活きた情報は得られない。勿論情報の大半は公刊情報であろうが、それのみでは不十分である。
 慣例的に駐在武官は夫婦同伴で各種行事に参加し、時には外国武官をホストもする。奥さんへの処遇を抜本的に改善すべきではないか?
 また、重要な任国への派遣に際しては、ダブルにするか、防衛駐在官を補佐する者(補佐と共に人脈の継続性上の観点も必要である。)の配置も必要かもしれない。今後の検討課題だろう。
 防衛駐在官は、殆どが一等書記官である。自衛隊の1佐を一等書記官として遇すべきなのか、それともワンランク上の参事官として遇すべきなのか再検討すべきだ。
 参事官の名称を付与される外務省の職員は、本省における企画官から課長級の者であるとされ、在外公館内部では、事務の種別により、「総務参事官」「総括参事官」「政務参事官」等と通称される。また、ローカルランクとして対外的に「公使」を名乗ることが認められる場合がある。(「名称公使」あるいは「公使参事官」)他、逆に一等書記官でありながらローカルランクとして参事官を名乗ることが認められている場合もある。

(了)