山下塾第5弾

山下 輝男

第三十二話 「任務・役割の拡大に伴い、自衛官に名誉と相応しい処遇を!」

 安全保障法制に関する国会論戦も本稿がアップされる頃には、目途がついているのではないかと思われる。今般の法律が成立すれば自衛隊の任務・役割は格段に拡大するものと思われるが、任務・役割の拡大に相応しい自衛官の名誉・処遇に関する国家としての施策が不十分ではないかと考える。
 かっての小生もそうであったが、大多数の自衛官諸氏は、“武士は食わねど、高楊枝の気概を持つべきであり、処遇や待遇のことを云々するのは、卑しきことである、清貧こそ望ましきことである”との意識が強く、そのような意識が、自衛官の名誉・処遇改善の進捗を滞らせたのかも知れぬ。
 近年、少しく堂々と主張すべきとの考えが強まり、その結果として(でだけではなく、自衛官が愚直に職務に邁進していることが正当に評価されてきたからであるが・・・)改善されつつあり喜ばしい限りである。
 本話では自衛官の名誉や処遇について考えてみたい。


1 自衛官(軍人)に係る処遇等
(1)自衛官に対する特別な配慮の必要性
   叙勲はそもそも、自己を犠牲にして国家社会に尽くすような行為を評価するために設けられている。
  自衛官は、一般の公務員、警察官や消防官とも異なる極限の服務の宣誓を行って入隊している。即ち、
  国家の命令があれば、如何なる任務に対しても粛々と応じ、遂行して国民の負託に応えるのである。

 服務の宣誓
 私は、我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、日本国憲法 及び法令を遵守し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、政治的活動に関与せず、強い責任感をもつて専心職務の遂行に当たり、事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います。

   この極限の宣誓を具現したものとして、自衛隊員には、常時勤務態勢の維持、独自の職務遂行義務
  即ち「危険回避禁止義務」、一般職とは異なる独自の懲戒処分制度、独自の義務と罰則がある。
   斯様に崇高にして神聖なる責務と厳しい義務が課せられている自衛隊員には、それらに見合う
  名誉と処遇が与えられねばならない。

(2)名誉・処遇に係る一般的な施策は、自衛官人生のステージに応じて、次のように種々考えられよう。
   現役時代(俸給・手当等、衣食住、医療、身分保障、福利厚生等)
   退官後(再就職、大学等進学、他の公務員への転職、年金(恩給)、叙勲)
   死・負傷者への対応(顕彰、遺骨の収集、補償、職業訓練、医療支援、賞恤(じゅつ)金)



2 名誉・処遇に係る検討会
 近年の急速に進む少子化、自衛官のライフサイクルの変化などを踏まえ、人材の安定的な確保や隊員が安心して職務に専念する環境を整えるため、広範囲にわたる防衛力の人的側面に焦点を当てた抜本的な改革が喫緊の課題とされた。そこで、2006(平成18)年9月、防衛庁長官(当時)を委員長とし、庁(当時)内幹部および部外有識者からなる「防衛力の人的側面についての抜本的改革に関する検討会」を設置し、その下で各種の調査や検討を実施した。
 同検討会は、翌2007年6月、「募集に関する事項」、「在職期間中における事項」、「援護・退職後の措置に関する事項」および「その他の事項」に分類される39項目にわたる検討結果を取りまとめ、報告書が作成された。
 興味と関心のある方は、「http://www.mod.go.jp/j/approach/others/jinji/」を参照願いたい。


3 主要事項
(1)最大の名誉付与は憲法改正等
   自衛隊が、実質的には国防の任に当たる武力組織(軍隊)と認識されながらも、現行憲法上に明文規定がなく、
  第9条の解釈により、自衛隊は合憲であるとされてはいる。然しながら、未だに憲法違反ではないかとの論も強く、
  全く疑義がない状態にあるとは云えない。憲法上の不確かな地位ゆえに、組織・階級呼称、装備品の性能等に
  対する軍事的合理性に叶わない抑制、武器使用要件を刑法の違法性阻却事由に求めているかのような規定ぶり、
  国際標準とは異なるポジティブリスト方式による規定振り、更には侵略事態の規模や様態に応ずる合理的行動を
  阻害しかねない要因等の問題が残存していると指摘されている。
   時には税金泥棒と罵られ、日陰者・私生児扱いをされ、制服で外出するのも憚れるような国内情勢にあっても、
  自衛官は、“百年兵を養うは一日之を用いんが為”と信じ、黙々と任務に勤しみ、何れ多くの国民に認知される
  日が来ることを信じ続けてきた。そのような愚直なまでの努力の甲斐もあり、今や、国際的にも自衛隊が行う
  国際貢献活動は高い評価を受け、国内的にも自衛隊を軍事組織と認知し、その必要性に対する疑念を呈される
  ことも少なくなった。更に、自衛隊を憲法上に明記すべきとの世論も過半を超えるまでに至っている。
   自衛隊員が、武力組織の一員として、国家防衛という崇高な使命に邁進することこそが、名誉であり、その
  誇り故に、身をもって国民の負託に応えることをも敢えて行うのである。
   そのことを憲法上に明記することが、自衛隊員の士気を高め、使命感を醸成し、任務達成に邁進させる原動力
  足り得ると信じる。
   自衛隊を国家として「軍隊」と正式に位置付けるのであれば、 軍(刑)法や軍事裁判所などの軍事司法制度の
  整備をも合わせ行う必要がある。現在の自衛隊に関する司法制度は、実力組織(軍)の行動規範は一般社会と
  異なるという点を充分に考慮したものとなっていない。このような司法制度下では、各種出動時等において、自衛隊
  の行動を律することに多くの困難を生ずることになろう。
   憲法上は特別裁判所の設置は禁止されているが、秘密保全の確保、作戦行動に及ぼす影響への配慮、軍紀の
  堅持、迅速性の確保や軍事専門的識見の必要性、列国との均衡性等から特別裁判所たる軍事裁判所を設けることが
  望ましい。

(2)栄典について(叙位、叙勲等)
  ア 新中期における栄典等に関する記述
    新中期防(H26~H30)Ⅲ3(3)(イ)人材の有効活用等の項において、「隊員が高い士気と誇りをもって
   任務を遂行するため、防衛功労章の拡充をはじめ、栄典・礼遇に関する施策を推進する。」と明記されたことは
   特筆に値する。

  イ 自衛官に対する叙勲
   (ア)現状等
      生存者叙勲は、戦後一時停止されていたが、昭和38年7月の閣議決定により再開された。春秋叙勲
     として毎年2回、授与される。
      候補者は、栄典に関する有識者の意見を聴取して内閣総理大臣が決定した「春秋叙勲候補者推薦要綱」
     に基づき、各省各庁の長が推薦し、内閣府賞勲局が推薦された候補者について審査を行い、原案を取りまとめ、
     閣議に諮り、受章者が決定される。
      大綬章以上は親授、重光章は宮中において総理から伝達、中授章等は大臣から伝達される。いずれの場合も、
     受章者は勲章を着用し、配偶者同伴で天皇陛下に拝謁の栄に浴する。
      因みに直近の防衛省関係者の叙勲は次の通りである。瑞重2名、瑞中20名内自衛官(元將)11名、
     瑞小21名内自衛官(元将補、一佐)17名
      元統幕議長が瑞宝大綬章、元陸幕長が瑞宝重授章を受賞するようになり、少しく正当に評価されるように
     なったと考えられ、評価できる。
   (イ)課題等
      a 叙勲対象者の拡大
        防衛行動の特殊性から若年定年制を採らざるを得ない自衛官は、50数歳で退官せざるを得ず、
       一般公務員に比して在職年数が短い。従って、在職年数も影響する叙勲には不利である。叙勲対象者数が
       それだけ抑制されることとなる。身を持って責務を完遂するとの宣誓をして服務する自衛官の特性に
       鑑み、叙勲対象者を拡大する必要がある。
      b より上位への等級への位置付け
        国防と云う極めて崇高な使命を担う自衛官に相応しい等級に叙されているか疑問がある。特別な
       職責に対しては特別な礼遇をすべきであり、一般公務員と同じように遇するべきではない。それが
       国際的な慣行でもある。
        現在、1佐の大半と2佐の全て、3佐の大半叙勲の対象となっていないが、将官クラスを本来的な
       上位に遇すれば、今まで国家のために尽くしたにも拘らず相応の叙勲の栄に浴してこなかった者に
       光が当たろう。
      c 新たな叙勲制度の創設
        春秋の叙勲は、基本的に退職者に対し、在職間の功績に対して行われるものであり、在職間における
       絶大な功績に対する叙勲は制度はない。戦前においては軍人に対しては、金鵄勲章なるものが設けられ、
       功績の度合いに応じて叙勲されたが、戦後においてはそのような制度はない。防衛功労章がそれに相当
       するのかと云うと、防衛省所管の章と国家の勲章とは価値が異なると感じるが、如何であろうか?
        任務や役割が拡大する中、更に厳しい状況に遭遇することは必至であり、それに報いるためにも
       新たなる叙勲制度が必要であろう。

  ウ 危険業務従事者叙勲
   (ア)概要
      警察官、自衛官、消防吏員等危険性の高い業務に従事した55歳以上の元公務員を対象に危険業務従事者叙勲
     が行われる。
      2003年(平成15年)から運用され、春秋叙勲とは別枠で選考され、年2回それぞれ約3,600名が受章している。
     対象者に授与される勲章は瑞宝双光章または瑞宝単光章である。
      毎回、3佐から准尉クラス約900名超の者が叙勲を受け、士気の高揚に役立っている。
   (イ)課題
      ・受賞者数の拡大
        自衛官の受章者数をどう見るか?対象者数に応じて配分されているのだろうか?そもそも
       自衛官と警察官と消防官の比較をすべきではないのかもしれないが、何となく釈然としない
       ものを感じるのは小生のみか?
      ・制度創設以前の者に対する叙勲
        基本的には不遡及が原則なのだろうが、制度創設以前に対象者となっていた者に対して特別の
       配慮は出来ないのか?彼等なくして今日の自衛隊はなかったといっても過言ではない。

  エ 防衛記念賞
    自衛官がその経歴を記念して制服に着用することができる徽章が防衛記念章である。一見すると
   略綬と見紛うが、徽章の形態としては略綬式を採用しているのであって、云わば、似て非なるものであり、
   グリコのおまけとも揶揄される所以だ。
    防衛記念章は、狭義の勲章とは異なるもので、記念章・従軍記章・表彰歴章等に相当する、
   自衛官特有の栄誉である。
    本来的な略綬でないために、外国軍人と同席する自衛官は肩身の狭い思いをしている。列国の軍人は
   勲章そのもの或いは略綬を装着しているが自衛官は似非略綬だ。
    防衛記念章のメダル化があっても良いのだろうが、まやかしではないかと感じてしまうのは捻くれ者の性か?
    在職間の自衛官に対する叙勲制度の創設と正式な略綬を設けるのが筋だ。

  オ 防衛功労章
    特別賞詞、第1級賞詞、第2級賞詞又は第3級賞詞を授与される隊員に対しては、それぞれその賞詞に添えて
   特別防衛功労章、第1級防衛功労章、第2級防衛功労章又は第3級防衛功労章が授与される。
    防衛記念章と異なり終身保有することができ、受賞者が死没した後もその遺族が保存することができる。
   かつては第2級賞詞受賞者までが授与対象であったが、平成12年度以降は第3級賞詞受賞者まで拡大されている
   (但し、政令改正前の第3級賞詞受賞者には授与されていない)が必要だ。

(3)任務等に応ずる適正な俸給(給与)や手当制度
   自衛官は特別職国家公務員であるが、創設時に警察職員に準じた給与制度を導入して、現在に至っている。
  列国では軍人には軍人特有の給与体系があり、日本としても任務等に応ずる適正な俸給表、一般職の俸給表を
  基準としない自衛官独自の給与制度の創設を考えるべきだろう。
   巷間指摘されているのは、自衛官の階級差に見合う適切な給与格差が設定されていないということである。
   また、幹部と准曹はその役割が異なるにも拘らず、その相違を俸給上明確に出来ないとも指摘され、別建ての
  俸給表が望ましい。
   将補や1佐に、恰も特別な階級であるかの如き(一)(二)(三)を冠する職務給区分を廃することも
  必要であり、その為には自衛官独自の給与制度が必要だ。
   手当については、基本的には一般職との均衡を考慮して決められている。勿論、自衛官独自の手当てもある。
  この独自の手当てについては制度創設以来抜本的な見直しが行われていない。
   然しながら、諸情勢の変化に対応した手当になっているか、特殊性や専門性の高い業務に対する処遇の確保が
  出来ているか等の観点から再整理する必要がある。複数の手当てがあって解りにくいとか、実際に乗り組まずとも
  支給されているのではとの指摘等々もあり、業務の特殊性を精査し、新たな俸給表の創設とも連動して見直すこと
  とが必要である。
   参考までに、2014年10月、自民党安全保障調査会及び国防部会は、「防衛省・自衛隊における
  諸手当等に関する要望」を内閣官房副長官及び内閣人事局長)に申し入れた。その要点は次の4点である。
   ①特殊作戦群に対する手当を、現行の33%から60%への増額
   ②西部方面普通科連隊に対する手当を、現在支給されているレンジャー小隊から全隊員に拡大するとともに、
    現行の16.5%から33%への増額
   ③在外邦人陸上輸送に関わる基礎額を、7,500円から10,500円への増額
   ④護衛艦等に乗艦して統合任務に従事する陸上及び航空自衛官に対する手当の支給

(4)再就職に関する施策の充実
   自衛隊の精強性維持の観点から若年定年制及び任期制が設けられている。退職予定隊員の再就職は、
  無料職業紹介所である自衛隊援護協会を通じて行われている。然し、厳しい雇用情勢の中で退官後の
  生活保障を確保するために、特段の努力が為されてはいるが、退職前の処遇に比して、必ずしも十分である
  とは言い難い。
   新大綱に基づく新中期において、「一般の公務員より若年で退職を余儀なくされる自衛官の生活基盤を
  確保することは国の責務であることを踏まえ・・」(Ⅲ3(3)(ウ))とあるように国家としての各種施策の
  強化が必要である。年金支給開始年齢の延長への対応も必要である。

(5)遺族等に対する支援:賞じゅつ金等
   隊員が、一身の危険を顧みることなく職務を遂行し、そのため死亡し、又は障害の状態となった時は、功労の
  程度に応じ、賞じゅつ金を授与することができるとされている。
   賞じゅつ金等については、自衛隊の海外派遣の増大に応じて、特別ほう賞が制定され、授与対象となる海外派遣
  の対象が拡大され、金額も改善されてきた。5千万から6千万、そして9千万円になった。内閣総理大臣から
  最高額1千万円の特別ほう賞金も授与される。
   従前から、警察や消防は地方公務員であるため、国からだけでなく都道府県や市町村からも賞じゅつ金が
  授与され、それらを合わせると最高授与額が9000万円になる場合があり、その当時の自衛官に対する
  賞じゅつ金が少なすぎるのではとの議論があり、改善されてきた。然しながら、最高授与額が同等の9千万円に
  なる場合があるとは云え、授与される場合が限定的であり、均衡を欠いているのではなかろうか?検討して
  頂きたいものだ。
   授与される場合の対象は、訓令第2条に規定されているが、原子力災害派遣や地震防災派遣等は明記されて
  いるが、防衛出動や治安出動が明記されていないのは不可思議である。
   自衛官が後顧の憂いなく任務に邁進できるように、ご遺族に対する金銭的な支援が賞じゅつ金であるとすれば、
  格段の配慮がなされて然るべきではないか?
   自衛官が戦死(という語彙は使用されないが・・)した場合には、どのように国家として顕彰するのか、
  祀るのかも気になるところではある。

(6)在職中の隊員に対する処遇改善等
   隊員に対する福利厚生は逐次に充実・改善されてきたが、必ずしも十分であるとは言い難いのではないだろうか?
  列国の軍人に対するサポートと我が国では相当な差が在ると思われる。改善も勿論、一般の公務員と同じレベルでの
  改善であり、自衛官独自の改善は少ないようだ。
   隊員の希望が強いのは、官舎の問題であろう。即応性を求められる自衛官の特性、指定場所に居住する義務を負う
  自衛官への宿舎使用料や宿舎の質量面の整備は更に考慮されるべきだ。
   また、転勤の多い自衛官にとって、転勤に伴う費用は、民間に比して格段の差が在り、引っ越し貧乏とも揶揄される。


4 終わりに
 自衛隊が軍隊ではないことに全てが起因していると云えよう。国際的には軍隊と見做されても、国内的には一行政機関に過ぎず、処遇等は全て公務員に準じざるを得ず、列国と同等の軍隊としての特別の礼遇等を行う訳にはいかない。
 自衛隊を国家として如何なる地位に位置付けるかが根本である。自衛隊を軍隊と国内法的にも位置付け、その責務に応ずる名誉、処遇をグローバルスタンダードのすることが求められる。

(了)