山下塾第5弾

山下 輝男

第三十五話 「自衛官募集の新たなる“うねり”!」

【本塾は「変わりゆく自衛隊」をテーマに色々な話題を提供しているが、今回の話題は、自衛隊を退職して10年以上経過した小生の不明を恥じる話である。自衛官募集にかって携わった経験があるが、その後募集の状況を余りフォローしていなかった。この10年の間に色々なことが変わってしまっていた、変わりゆく自衛隊というよりも変わっていた自衛隊と云うべきかも知れない。
 少子・高齢化の波は否が応でも自衛隊の募集に大きな影響を及ぼす、更に好・不況の波にも影響を受け、更には時の自衛隊が国民にとって如何なる存在であるかにも大きな影響を受ける。これらに対処すべく色々な施策が成されてきた。それらを概観し、さらに今後如何なる方向を目指そうとしているのかを見てみたい。
 本話では、所謂「士」たる自衛官の募集を取り上げ、他については割愛する。】


1 募集の意義及び現状
(1)自衛隊は志願制を採用しているので、個人が自由意思により応募してくることが基本である。然しながら、現実は個人の応募を待っているだけでは十分かつ必要な、更には有能な自衛官を確保することは容易ではない。従って、我が国は隊員募集事務の一部を地方公共団体に委託すると共に、陸上幕僚長の統括の下、各方面総監の指揮下に、地方協力本部(地本)を各都道府県単位(北海道には4個地本)に50個設置して、自ら隊員募集を行っている。
「士」については任期制を採用しているが、採用した自衛官全てが曹以上に任命される訳ではないので、実態としては大量採用・大量退職となっている。自衛官候補生(従前では2士)(男子)の採用数は、概ね1万人弱となっている。大量採用・大量退職を改善すべく非任期制自衛官の募集制度が設けられた。

2 募集の波
 前言で述べた通り、自衛官募集には、厳しい募集の時代と希望者が多く逆に入隊が狭き門となる時代とのサイクルがある。世の中が不況で一般企業への入社が厳しい状況になると、自衛官を含む公務員希望者が急増し、非常に狭き門となる。逆に好況の場合には残念ながら自衛官希望者は激減する。従って、世の常と云えばいいのだろうが、希望者の多寡により採用された自衛官の質も違う。希望者が極めて少ない時代には、一時的に街頭募集(市街地広報)と呼ばれる募集活動を行ったこともあり、世の顰蹙を買ったものだが、目標達成のために背に腹は代えられぬというのが実情であった。また、入隊希望者が殺到した時代には大学卒の新隊員が多かったものである。
 自衛官募集に重大な影響を及ぼすのは景気だけではない。自衛隊や防衛省に不祥事が頻発すると途端に毛嫌いされ、大震災で災害派遣に任ずる隊員の救助活動が高く評価され、或いはPKOをはじめとする海外任務で自衛隊の行動が報道されると、これらに感奮して自らのその一員になるべく応募者が殺到する。

3 隊員募集の大改革
(1)募集環境の激変
   自衛官募集に重大な影響を及ぼす要因は、少子・高学歴化である。
  まず、募集対象人口(男子)の推移を見てみると下図の通りである。


平成26年度の対象人口は、平成6年度の約60%である。

  二士の主たる対象は新高卒者であるが、大学や専門学校等への入学者は増大し、文部科学省の2013(平成25)年度
  「学校基本調査」(速報)によれば、就職が16.9%である。対象人口減少の中での就職希望者の減少更には、少子化
  により我が子に厳しい仕事にはついて欲しくないとの親心と若者のチャレンジ精神の希薄さ等は、自衛官募集が更に
  厳しくなることを意味する。
  長期的に厳しくなる募集環境を見据えて、各種の施策が講じられてきた。自衛官の処遇の改善、魅力ある自衛隊生活
  のための各種施策、身体検査基準の見直し等、自衛隊・自衛官に関する更なる広報活動の実施、学校関係者の理解と
  募集相談員の更なる協力を得る施策、地方協力本部への梃入れ等々である。募集制度についても、非任期制自衛官の
  採用制度の創設と採用数の拡大が行われた。

(2)新たな自衛官採用制度
   自衛官募集に重大な影響を及ぼす要因は、少子・高学歴化である。
  まず、募集対象人口(男子)の推移を見てみると下図の通りである。

  ア 曹学・補士制度の設定とその統合一般曹候補生
    自衛官募集は、2等陸(海・空)士たる任期制隊員の募集のみの時代が長らく続いていたが、昭和50年から
   一般曹候補学生(曹学or曹候)制度が取り入れられた。
    曹学は、当初から曹への昇任を確約した非任期制隊員を採用する制度である。
    然しながら、2士の採用と、非任期制隊員たる曹学の採用のみでは、問題があると指摘されてきた。即ち、
   一曹学は、採用後2年で基本的に3曹(3等陸曹・3等海曹・3等空曹)に昇任してしまうため、採用しうる
   人員数は限られることとなるし、また士としての継続的な部隊勤務は期待できない。他方、
   任期制2士採用者は、曹への昇任の門戸が狭く任期が来て離職する場合が多かった。そこで、非任期制
   として離職率を低減させつつ士としての部隊勤務をある程度行い、将来的に3曹への昇任を保証して身分の
   安定を図る制度が求められるに至った。それが、平成2年に発足した「曹候補士」制度である。
    ただし、非任期制としたことは、隊員の身分安定に資する反面、一般の任期制2
   士採用隊員と異なり、任期満了に伴う満期金支給(退職金)がないので、3曹に昇任せず(できずに)除隊
   する隊員側にとってはデメリットとなる。「昇任試験に落ち続けても7年で自動的に昇任できる」という
   安易な考え方をする曹候補士としての自覚が欠如した隊員が年々増加し、昇任試験の平均点も一般隊員より
   悪化(元々少なかったし、3曹昇任後に比較でも任期制隊員からの昇任者が活躍する傾向もある等、制度の
   存在意義が問われた。
    そのため、平成19年度から一般曹候補学生制度と曹候補士制度を統合した「一般曹候補生」制度に
   改められた。一般曹候補生は曹候補士とは異なり、自動的に曹への昇任が保証されるわけではなく、
   曹への昇任が見込まれなければ一般曹候補生としての資格を失う場合がある。

  イ 自衛官候補生
    自衛官候補生(略称「自候生」)とは、陸・海・空自衛隊において平成22年度から採用される
   任期制隊員(2等陸・海・空士)のうち、教育期間中の身分を自衛官の定数外とするものである。
   平成23年3・4月入隊の隊員から開始された。
    自衛隊法第41条の規定により、「隊員の採用はすべて条件附のものとし、その隊員がその職に
   おいて6月を下らない期間を勤務し、その間その職務を良好な成績で遂行したときに正式のもの
   となる。」と定められていることから陸自の新隊員前期教育、空自の新隊員教育、海自の
   練習員期間中の隊員に階級を設けず、教育終了時をもって自衛官としての身分・階級を付与する
   ものである。任用時は2士の階級となる。
    自衛官候補生の期間は、3ヶ月が基準とされており、防衛省職員の定数外となる。候補生教育終了時に
   本人の希望と適性に基づき職種が決定され、その後、各部隊に臨時設置される教育隊(陸)、職種学校
   (陸)または術科学校(海・空)において専門教育を受けた後、それぞれの部隊に配属される。
    任期制自衛官として任官された隊員の第一任期は自衛官候補生の期間を含め陸は2年、海・空自衛隊は
   3年(2任期目以降は現行任期制隊員と同じく陸海空いずれも2年)となる。このほか、候補生教育の
   終了時に「任用一時金」(1任期目の任期満了手当の一部に相当)が支給されるが、自衛官に任官後
   1年3か月未満で退職した場合にはこれを償還しなければならない。
    非自衛官化することにより基礎的教育訓練に専従させることとなった。本人にとっても自衛隊にとっても
   自衛官としての適性の見極めが可能であり、基礎的訓練すら受けていない者に厳しい任務を遂行させる
   訳にはいかないので、非自衛官化は適切であろう。
    余談だが、小生は曹学や補士については現役時代に承知もし、彼等が隊員として小生の部隊に勤務
   していたが、「自衛官候補生」と聞いて、“それって何だ”と吃驚した次第である。小生の迂闊であった。

      現在の任用制度の概要を次図に示す。(白書から転載)


4 組織的募集の充実
(1)地方公共団体との連携
   自衛官の募集は、新卒高校生を中心に広く国民一般から多数の人材を募集するものであることから、
  地域社会と密接なつながりを有する地方公共団体と連携することが必要不可欠である。また、募集対象者側
  からみれば自分の身近なところでも自衛官募集を行っているという意味で親近感を感じられるとともに
  利便性もある。
   自衛隊法第97条1項により、都道府県知事及び市町村長に自衛官募集事務の一部を委託しており、
  その経費は同条第3項で国庫の負担と規定されている。
   委託内容は、都道府県においては募集期間の告示、重点市町村の指定、募集広報用資料等の作成、テレビ、
  ラジオ等による広報、募集関係各種会議の開催及び参加、部隊研修等であり、市町村においては志願票の
  受理等、広報紙への募集案内の掲載、募集広報用資料等の作成、募集関係各種会議の開催及び参加、
  部隊研修等である。近年ではインターネットを活用した広報が主流であろう。

(2)高校等との連携
   自衛官募集の最大のソースは高校新卒者であり、学校側の協力と理解を得ながら、卒業予定者に対する
  説明会を行っている。スクールリクルーター制度も導入して、所要の隊員確保に懸命の努力を傾注してきた。

(3)募集相談員
   各中学校区において、1名を基準に、①から③に記載した項目を期待頂ける方々に募集相談員を委嘱している。
   ① 募集をするための環境作り(・広報官活動の拠点の提供 ・広報官の激励 ・地域における協力者の紹介
   ・ポスター・看板等の掲示の支援 ・ 地域広報誌等への募集広告記事の掲載支援等)
   ② 募集情報の提供(・入隊希望者の紹介・対象者情報の提供)
   ③募集活動の直接支援 (・広報官と同行し、本人や家族、企業等に対する説明、勧誘
   ・入隊予定者に対する激励、問題解決の援助、支援等)
   募集相談員は、無償のボランティアであり、地本にとっては、協力諸団体と共に非常に有り難い存在である。
   小生が勤務していた頃は市町村長等と地本長の連名による相談員委嘱は少なかったけれども、最近では
   連名委嘱が一般的となりつつある。
   募集相談員等の募集協力者は、藍綬褒章を受章している。因みに平成26年秋には7名の募集相談員の方が
   受賞されている。

(4)部隊との連携
   小生が勤務した時期は募集厳しき時代であり、学校説明会も市町村の協力や募集相談員からの情報も少なく、
  勢い所謂縁故募集に頼らざるを得なかった。有力な組織募集の一環である。

(5)募集広報
   自衛隊の真摯かつ愚直なまでの日々の活動、災害派遣やPKO等の国際貢献活動が最大の広報であることは
  論を俟たないが、ポスターやマスコミを活用した広報等を行っている。読者の方も自衛官募集のポスターを
  彼方此方で見掛けられるだろう。

5 組織的募集に関する最近の動向
(1)新広報戦略
   ア タレントの壇蜜(34)が出演している自衛官募集CMが話題になっている。壇蜜は「リクルート隊長」
  として自衛隊の意義や魅力をアピールしている。本年8月からオンエアされている。
   TVコマーシャルとして15秒、30秒バージョンがあり、また、壇蜜が隊長として陸・海・空の
  各自衛隊に体験入隊して、体当たりで自衛隊の日常を紹介している。
   http://www.mod.go.jp/gsdf/jieikanbosyu/streaming/movie/cm/

  イ 東京地本 “話題沸騰中!テレビアニメ 「GATE」 と奇跡のコラボ”
   東京地本のHPによれば、東京地本は、自衛官募集ポスターを柳内たくみ氏原作のテレビアニメ『GATE
  自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』と共同により作成した。原作「ゲート 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり」
  は、自衛隊が異世界で活躍するファンタジー小説で、漫画等シリーズ累計で240万部を超える人気を博している。
   この企画は、テレビアニメ化を切っ掛けに、元自衛官でもある著者の柳内氏の提案・申し出により実現した。
   http://www.mod.go.jp/pco/tokyo/tokusetu/tokusetu.html

(2)地方公共団体の協力拡大
   地方公共団体の協力も逐次に強化されてきているものと考えられる。佐賀新聞2015年6月30日WEB版
  には次のように報道されている。少々長いが全文引用する。
  「県内9市町、自衛官募集に名簿提供 佐賀市「法的に問題ない」
   ◆18歳到達の氏名や住所など
   佐賀市は29日、本年度18歳になる市民の氏名や住所などの個人情報を載せた名簿を作成し、
  自衛隊佐賀地方協力本部に提供したことを明らかにした。自衛官の募集活動に使われる。昨年度までは
  住民基本台帳の閲覧で対応していたが、防衛省と佐賀地方協力本部から紙媒体による提供依頼があり、
  応じた。市は個人情報保護法や自衛隊法を参照して「法的に問題ない」と説明、来年度以降も協力を続ける方針。
   市によると、昨年度は4市町が名簿で提供、本年度は佐賀市を含む9市町が同様の対応をしているという。
  市議会一般質問で、山崎義勇市民生活部長が明らかにした。
   提供した名簿は、来年春の高校卒業予定者と同じ年齢にあたる1997年4月2日から98年4月1日生まれ
  の市民2455人分で、住民基本台帳にある氏名、性別、生年月日、住所を記載している。これまでは
  佐賀地方協力本部側が閲覧申請し、書き写していた。
   名簿提供の理由として、防衛省から昨年4月に、佐賀地方協力本部からは本年度に入り適齢者情報を提供
  するよう協力を求められたことや、個人情報保護法はじめ法令に違反しておらず、募集案内の送付は個人の
  利益を著しく侵害するものではないことなどを挙げた。
   自衛隊法施行令は、自衛官の募集に関し必要があるときは、防衛相が都道府県知事、市町村長に必要な
  資料の提出を求めることを認めている。個人情報保護法は本人の同意を得ない情報取得を禁じているが、
  国と地方公共団体には例外規定が設けられている。市はこれらの法令を参照して名簿提供が可能と判断した。
   山崎市民生活部長は「提供依頼があり、法的な問題もない。来年度以降も依頼があれば協力していく」
  と述べた。佐賀地方協力本部は「県内の全市町に毎年依頼をしている」としている。
   昨年11月、防衛省が「不適切だった」と認めた中学3年生の個人情報提供については、本年度は
  依頼がなかった。』
   http://www.saga-s.co.jp/news/saga/10101/202786
   新卒者に対する広報勧誘には、対象者名簿が不可欠であり、斯様な動きが全国に波及することを望みたい。

6 将来施策
 防衛力の人的側面の抜本的改革に関する報告書には、「第2 その他の検討項目」として「他の公的部門や
民間企業に採用された者が自衛隊で暫定的に勤務する制度(レンタル移籍制度)の創設」が掲げられている。
これは、民間企業の若手社員を自衛隊に2~3年の期限付きで入隊させると云うものでプロサッカーのレンタル
移籍を参考にしたものである。
http://www.mod.go.jp/j/approach/others/jinji/report5_5.pdf
 背景には自衛隊の教育に対する企業側の期待がある。退職自衛官を採用した企業の評判も良く、また
体験入隊経験者への評価も高いことから、企業の期待感が高まっている。
 民間企業の内定者や若手社員、他の公的機関の若手職員を2~3年の任期制自衛官として受け入れ、
任期満了後に元の職場に戻そうと云うものである。
 自衛隊側には各種任務を遂行するための優秀な人材を確保できるメリットがあり、企業側にとっても、
自衛隊勤務を通じて若手職員の資質向上を期待できるメリットがある。所謂Win―Winの関係ができるとの
期待がある。
 具体化するには、検討すべき課題が種々あろうし、一朝一夕に、この制度化が出来るとは思わないが、
若し実現すれば、我が国募集体制の革命ともいえよう。自衛隊と企業等との連携も深まり、自衛隊勤務を
通じての国民教育的側面もあろう。
 実質的な徴兵制だと反対する向きもあろうが、意に反する参加では勿論なく、徴兵制との誹りは誤りである。
 募集厳しき時代を経験した者にとっては夢でしかなかった政策が将来的な検討項目として取り上げられた事実は重い。

7 終わりに
 バブル最盛期に自衛官募集の第一線にあった募集担当者(小生もそうだが・・)は、朝駆け夜討ち、朝早くから
広報現場に赴き、断られ続けても戸別訪問し話を聞いて貰い、ガチャンと切られるのを覚悟で電話広報する、時には
罵詈雑言を浴びせられることもあったやにも聞く。このような必死の努力にも関わらず、目標達成は厳しかった。
前途を悲観した某地連の課長は丸坊主になった等とも報じられた。当時の広報官諸君とは、共に苦しい時代を耐えた
戦友でもある。
 何れにしても、第一線の努力のみによって質の高い自衛官を所望数確保することには自ずから限界がある。
近代化された武装組織においては質の高い隊員が必要であり、そのような隊員を如何に確保するか、果断なる
国家的施策が望まれる。小生等がかって経験した狂乱時代の苦渋を後輩諸氏には飲ませたくないとの切実なる
想いを汲んで頂きたいものだ。

(了)