山下塾第5弾

山下 輝男

第三十七話 「感染症対策、新たなステージに本腰?」

 感染症対策について、今秋大きな動きがあった。その動きに応じて自衛隊も動き始めたと云えよう。感染症対策において、潜在能力はありながらも、人的貢献において後塵を拝した我が国は、それを挽回し、国際的に主導的役割を果たそうとしている。感染症対策における軍の役割も重要であり、軍が動けるような態勢づくりも必要だ。
 本話では、そのような動向を見てみたい。


1 初めに
 2014年西アフリカで猖獗を極めたエボラ出血熱により1万人以上の死者が発生し、本年には韓国では中東呼吸器症候群(MERS)が発生、拡大した。幸いにも我が国では両感染症を水際で阻止することが出来た。
 しかし、このことは、感染症対策が国家安全保障の課題であることを改めて浮き彫りにした。従来から、オウム真理教によるサリン事件、北朝鮮等のバイオテロ能力の増大等々から感染症対策の重要性は指摘されていたが、今次の2つの感染症の発生を受けて、より一層の対策の充実が望まれている。

2 最近の報道から
(1)専門医官の育成(10月26日NHK、11月2日読売等)
  防衛省は来年度、エボラ出血熱などの感染症対策を強化する方針を固めた。 感染症を専門とする自衛隊
 の医官を育成し、自衛隊病院に専門病床を新設する。
  自衛隊員がアフリカなど感染症の流行が懸念される地域で国連平和維持活動(PKO)などに従事して
 いることを踏まえ、対処能力の向上を図る。
  専門医官は自衛隊員に感染防止のノウハウや同僚に感染者が出た場合の対処方法などを教える役割を担う。
 同省は、医官1人を感染症研究が進んでいるケニアやタイなど海外の研究機関に派遣し、研修させる方針だ。

(2)専門病床の設置(10月26日NHK、11月2日読売)
  防衛省はエボラ出血熱など感染症への対策を本格的に進める必要があるとして、国内で患者が発生した
 場合に備えて、専門病床を設置する。
  感染症の専門病床は、防衛医科大学校病院(埼玉県所沢市)と自衛隊中央病院(東京都世田谷区)の病棟
 に設け、機材も整備する。
  防衛省は来年度予算の概算要求に関係経費として2200万円を計上した。

(3)エボラ出血熱対策WHOミッションへの専門家派遣
  平成27年4月17日現在、西アフリカのギニア、リベリア及びシエラレオネにおいて、エボラ出血熱が発生
 しており、WHO(世界保健機関)は、国際NGO等と連携し、感染症対策や疫学調査等に関し、発生国へ
 の支援を行っている。我が国は、これまで延べ17名の専門家が派遣した。(平成27年4月17日現在)。
  今般、WHOよりシエラレオネでの疫学調査等に対する支援として2名の専門家派遣要請がなされ、
 当該専門家として、国立感染症研究所所属医師1名と共に、防衛医科大学校の教官を派遣することとした。

(4)政府、感染症対策の基本方針決定 自衛隊活用や情報収集力強化
  政府は、9月11日、エボラ出血熱をはじめとする国際的脅威となる感染症の対策を検討する関係閣僚
 会議の初会合を官邸で開き、対応の方向性をまとめた基本方針を決定した。国際協力への活用に向けた
 自衛隊の能力向上や、感染拡大のリスクを評価するための情報収集力強化、人材育成が柱だ。首相は
 「対応の強化は急務となっている」と強調した。
  西アフリカでのエボラ出血熱や韓国での中東呼吸器症候群(MERS)の拡大を踏まえた対応。年内を
 めどに、各省庁の局長級チームが今後の戦略となる具体的計画を策定する。来年5月の主要国首脳会議
 (伊勢志摩サミット)で議論を主導したい考えだ。

3 防衛省の現状
(1)防衛医大及び自衛隊中央病院(それぞれのHPによれば以下の通りである。)
  ア 防衛医大
   ①感染症研究
    1.国内外の感染症流行状況等に関する情報を収集・分析し、防衛省・自衛隊の活動を支援
    2.感染症危機管理事態が発生した場合には、実地疫学調査等を行い感染制御に関する提言
   ②研究課題
    1 国内外の感染症専門家ネットワーク構築による情報収集力の向上
    2 感染症危機管理に携わる人材の育成
    3 感染症疫学に関する調査・研究
  イ 自衛隊中央病院
   ①感染症内科
     感染症科では、ウイルス、細菌、寄生虫などの病原微生物に起因する疾患(感染症)を担任。
    内科領域、特に消化器・呼吸器を中心に、すべての臓器にまたがる感染症を対象としている。
     自衛隊病院としての特色から、一般の部隊で流行しうるような感染症(麻疹、風疹、百日咳、
    アデノウイルス感染症)のほか、梅毒やHIV感染症などの性感染症、海外活動において脅威となる
    マラリア・デング熱などのなどの輸入感染症なども診療対象としている。
   ②その他、看護部、臨床検査課、薬剤課などと連携して、院内感染対策や環境衛生・部隊防疫に
    関する業務なども請け負ている。
     病棟では、豊富な知識と経験を有する指導医と研修医が中核となり、他科と密な連携を保ち
    ながら主治医チームを形成し、感染症患者の看護に豊富な経験を持つ看護師と共に診療に当た
    っている。

  ウ 自衛隊の化学対処部隊や衛生部隊の感染症対処能力は?
    充分にあると信じたいが…

(2)平成28年度概算要求
  感染症対処能力の向上のため、防衛医科大学校病院に「医療安全・感染対策部(仮称)」を新設する。

4 国家の感染症対策
(1)国家及び国際の安全保障課題としての感染症対策
   西アフリカにおけるエボラ出血熱や韓国における中東呼吸器症候群(MERS)は当事国や国際社会の
  取り組みにより拡大防止が図られ、終息に向かった。これらの感染症は流行国の国民生活や経済活動、
  はたまた国際社会にも多大な衝撃を齎した。同様の感染症は今後とも発生する可能性があり、或いは
  新興の感染症も懸念される。
   国連安保理は、昨年9月、緊急会議を招集しエボラ出血熱が国際の平和と安全に対する脅威であり、
  全ての加盟国に対して支援を要請する決議を採択した。オバマ大統領は、「国家安全保障上の優先事項」
  としてエボラ対応のために軍隊を派遣した。
   このように、グローバリゼーションの進展等により、感染症対策が国際、国家安全保障上の重要な
  課題として認識され始めている。

(2)国際的に脅威となる感染症対策関係閣僚会議
   上述のような認識の下、2015年9月11日、政府は感染症対策関係閣僚会議を設置して、「国際的に
  脅威となる感染症対策の強化に関する基本方針
」を決定した。従来、各省庁等毎に対応をしていたが、
  本会議を設置することにより、国家としての一体的な感染症対策を推進する態勢が整ったと云えよう。

 ア エボラ出血熱の感染拡大により得られた主な教訓(基本方針1(2)から)
  ①発生早期の段階からの流行国における感染封じ込めとガバナンスの重要性
  ②流行国の脆弱な保健システムの強化を促す国際協力の必要性
  ③国内における感染防止対策の継続的強化の必要性
  ④国内における検査・研究体制の整備の必要性
  ⑤国際協力も含めて感染症対策を担う人材育成強化の必要性
 イ 重点的に強化すべき事項
  ①国際協力及び海外情報収集等の強化
  ②国内における感染症に係る危険性の高い病原体等の検査・研究体制の整備
   ・BSL4施設の在り方検討等
  ③国際社会において活躍する我が国の感染症対策に係る人的基盤の充実方策
   ・感染症危機管理専門家養成プログラム等による人材育成の推進
   ・国際緊急援助隊・人材登録システムの構築の検討
   ・自衛隊における感染症対応能力の向上のための人材の育成及び防衛医科大学校も含めた態勢の整備
    (*2項(1)(2)は、本項を受けた措置である。)
   ・国際的に脅威となる感染症対策の国内人材の量的・質的充実方策の検討
  ④国内における感染症防止対策及び在外邦人の安全対策の強化
   情報提供、検疫所等関係機関の対処能力の向上、感染症指定医療機関の整備等々

  詳細は、次のURLを参照されたい。
  https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kokusai_kansen/dai1/siryou1-2.pdf

5 感染症対応における軍隊の役割等
(1)エボラ出血熱の対応のための軍の派遣等
  ①米国は、3,000人規模の軍隊をリベリアに派遣し、エボラ緊急治療施設を設置した。
   2月末に撤退式典、5か月に及んだ軍隊派遣
  ②英国は、緊急治療施設の設置のために要員750人、傷病兵収容艦を医療従事者や専門家の派遣支援
   のために、またWHO支援のために500人規模の軍隊を派遣した。
  ③仏は、ギニアに陸軍病院を設置し、100人規模の軍医を派遣し対応した。
  ④独・仏は、軍の輸送機を派遣して物流組織を確立した。
  ⑤中国は、人民解放軍がリベリア及びシエラレオーネにエボラ治療施設を設置し、軍の医療関係者を
   500人規模で派遣し実際の治療実施
  ⑥その他の国も所要の支援を行っている。

(2)軍隊の果たし得る役割等
   前項から解るように、軍隊が直接治療にあたる場合から治療の場を提供する場合或いは、治療等の
  支援・バックアップを行う場合等様々なケースがある。国際的な枠組みの中で、夫々の国の軍には、
  夫々の能力等に応じて実施可能な場面が多々あるものと考えられる。
   それでは自衛隊にはどのような対応が考えられるだろうか?
  ①医薬品、防護資器材等の物資、治療等にあたる要員の輸送等
  ②現地に野戦病院を設置して、治療団に提供すると共に、病院運営支援の実施
  ③給水等の支援
  ④防疫支援 等々
   これらの活動自体は、国内外の災害救援活動やPKO等で、自衛隊が最も得意とした活動であり、
  能力的には問題はない。然しながら、自衛隊は、感染地域内及びその近傍におけるこれら諸活動に
  関するノウハウを有していない。
   派遣隊員の感染防止のために、万全の防護措置を講ずると共に、装備品や資器材の開発も進めなけ
  ればならず、あの時点では、意欲はあれども、実態として為し得ることは限られていたというのが
  実態だろう。
   国内感染症対策或は国際的な感染症対策においても、自衛隊の組織力、機動力を最大限活用しうる
  態勢を整える必要がある。

6 感染症対策の更なる強化に向けて
 感染症対策は、各省庁、民間組織、公衆衛生組織、軍事組織、法執行部門や開発協力組織等々の多様な組織等が関係する。今般策定された基本方針が、狙っているのはこれら各組織等が有する識見や能力等の有機的・総合的一体化である。また、一国のみによって完結するものではないので、国際的な連携協力も不可欠だ。
 積極平和主義を標榜する我が国としては、世界の感染症対策のリードオフマンになる潜在力はある筈だ。「国際社会の責任ある一員である我が国として、国際的に脅威となる感染症対策に積極的な貢献をし、国際的に我が国が主導的役割を果たすことを目指すものとする。」と麗々しく謳っている文言に責任を持って欲しい。

 次図は、西アフリカにおけるエボラ出血熱対策に関する主要各国の貢献状況(2015年8月内閣官房作成)であるが、お金は出しているが、人的貢献については、矢張り寂しいと云わねばならない。


 11月5日の報道によれば、政府は、エボラ出血熱などの感染症対策として、世界保健機関(WHO)が新設する緊急対応基金に拠出金を出す方針を決めたとされる。10億円前後を軸に今年度補正予算案に盛り込むことを検討している。世界銀行による発生国などへの緊急資金提供の枠組みにも参加し、感染症対策での国際貢献を進める。


7 終わりに
 感染症対策については、国家の総力を傾注すれば、劣勢は挽回できよう。我が国の課題は、国民の関心がいまだ薄いと云うことだろう。エボラ出血熱やMERSの日本への波及の恐れが指摘された際、国民が法令や関係機関の呼び掛けに応じ、積極的に自ら名乗り出、受診したことは日本の公衆衛生規範の高さを示すものとして特筆されてよい。
 問題は、感染症の蔓延防止のために設定される警戒区域や隔離等について国民の理解と協力を如何に得るかであろう。そういう面での国民の啓蒙が必要だろう。
 感染症対策はとりもなおさず、バイオテロ対策でもあり、積極的に進めなければならない。

(了)