山下塾第6弾

山下 輝男

第十一話 危機管理の要諦

詳細は、山下塾第2弾現代危機管理考に記載しているが、危機管理の要諦等に絞って説明する。

1 危機管理の要諦


① 「悲観・最悪の原則」と「準備の周到」!
 最悪の事態を想定し、悲観的にというか、有りとあらゆることが惹起する可能性に思いを致して、取れる対策、手は全て
打っておくべきである。多分、それだけの処置をしても完全ということはないのかも知れない。我々の想定を超えた危機が
襲来する可能性もあるのである。
 最高の準備をして備えておけば、現実の危機は、その想定の中に収まるものである。正に、備えあれば憂いなしである。

② 状況判断の基本的要件!
 陸上自衛隊の部隊運用等に関する最高の教義・原則書は「野外令」である。「戦いの9原則」に次いで、小生が現役の部隊長
や幕僚時代に常に意識していたものが、状況判断の基本的要件である。即ち、「任務を基礎とし、何を何時決定すべきかを
至当に判断することは、状況判断の基本的要件である。」というものである。
 任務即ち危機管理の目的と言い換えても良いかもしれないが、その達成のために、彼我等に関する必要な状況を知悉して、
その状況において“何を、何時決めれば良いか”を常に意識していることが重要である。長年の経験や蓄積された知見があれ
ば、自ずと、知恵が沸いて来るものである。
 更に敷衍すれば、何を決断すべきかが決まったならば、その決断の条件は何か、如何なる条件が必要最小限整えば、決断
できるのかを明らかにしておく必要がある。
 ・状況把握:鳥の目・虫の目、大観・詳察!
   状況は千差万別であり、その推移は迅速であり、流動的である。徒に状況の判明を待っていては決心の時機を
  失する。状況を如何に把握するかが、極めて重要である。余りにも細かいことに拘りすぎると大局が見えなくなる。
  然し、現場の実情を知らねば、実態が見えない。
   鳥の目になって、全体を俯瞰して大局を把握することに心掛けると共に、時には虫の目になって現場の実情を知る
  ことも必要である。大観と詳察が必要であり、リーダーたる者の修練すべき事項であろう。

③ 情報の速報・集約と共有!
 危機に対応するには、今何が起きているのかを把握する必要がある。特に第一報は重要である。然し、全ての情報を
直ちに最高司令部というかトップマネージメントを所掌する機関に報告すべきなのか?自ずから、軽重緩急がある筈では
ないか?真偽も定かならぬ情報を全て報告すべきかというとそうではない。トップが本当に判断するに必要な情報が何か
を判断し、或いは明示された報告基準に基づき報告されるべきである。但し、そのレベルに至らない場合には、“こんな
情報を報告するな”等と言ってはならない。また、嫌な情報ほど速達する必要がある。
 速達された情報が途中で停滞してはならない、トップにまで直ちに報告されるべきである。その情報は集約され、
今何が起きつつあるかの判断に供される必要がある。集約された情報は、危機対策関係機関内で共有されるべきであり、
必要に応じ住民や隷下機関、社員等に提供されて共有されねばならない。

④ 初動対応に遺憾なきを期すべし!
 初動対処の適否が事後の対応の適否を左右するものである。事態発生当初に適切な処置を行うことによって事態対処の
主導権をとり得る。最初の一手を誤るとその対策の為の手を打たねばならず、全てが後手・後手になってしまって、収拾
がつかない状況になってしまう。対応策の考察に当っては、出来る限り幅広く、且つ如何なる対策が最も効果的であるか
を見極めることが重要である。初動のボタンの掛け違いが事態を益々紛糾させる。小生が要請を受けて、災害派遣を決心
するに当っては、少々過大な対策・処置かなと思いつつ処置したものである。言うならば、“牛刀をもって鶏を裂く”位の
思い切った手を打った。こうしておくと後々の対応が容易であった。遭遇戦においては、一般的には逐次戦闘加入は戒め
られている。勝利するには、戦力を、先制点に集中して、主導権をとらねばならない。
 危機・事態の発生当初は、状況不明下の作戦行動をとらざるを得ず、極論すれば眼前の状況に絆創膏を貼るという
状況戦術的対処にならざるを得ない。問題は、そのような状況戦術から、如何にして早く組織的な作戦行動に移行するか、
先制を獲得できる要時要点に戦力を集中して組織的戦闘が出来るかである。眼前の燃え盛る火を消しながら、組織的な
消火をどのようにするかを決心し、必要な処置をすることになる。

⑤ 権限の集中と分権
 小生が勤務した自衛隊はそもそも、危機管理組織であり、指揮命令系統が確立され、夫々の職務における職務分掌、
権限が明確にされていた。従って、権限の集中について特段検討する必要はなかったが、一般の組織ではどうだろうか?
 誰が何を決断すべきかが明確になっているのだろうか?対策本部等で延々と議論して、結局時機を失してしまったと
いうことにならないだろうか?“会議はすれども議せず”になってしまってはならない。
 会議を踊らせないためにも、誰が何を決心すべきかを明確にして、それに応ずる権限を付与しなければならない。
勿論、その権限のある者を補佐する機能に、必要な情報等が集約されねばならない。
 状況によっては、「権限行使の宣言」が必要になるかも知れない。誰々が何を決心するので、必要な情報を報告せよ
と関係組織・機能に周知させることも必要である。
 ・優先順位の適切な決定
   危機発生直後には、処置すべき事項が多々ある。有りとあらゆることを、極めて短い時間に決心し、関係機関
  に指示し或いは報告・通報し、その実行状況も確認しなければならない。事態は迅速に推移している。それらに
  全て対応することは、困難である。限られた時間と資源の中で、今何をすべきなのかを決定して、それに努力の
  集中をすべきであろう。
   状況によっては、極めて厳しい選択・決断を迫られる可能性もある。その苦悩の決断に耐えられる精神的
  タフネスもトップリーダーには必要である。
   優先順位の選択の基準は、「何から、何を守るか」である。守るべき価値をしっかり見極めることが重要である。
  守るべき価値の認識が狂っていると危機対応の方向性が狂ってしまう。心すべきである。
 ・指揮官は決断する動物(果断なる決断を!)
   平常時においては兎も角、危機においては指揮官・トップリーダーの役割は極めて重要である。基本的には、
  決心は指揮官のみが為しうるものである。指揮官の決心に関する多くの名言があるが、その最たるものは、
  作戦要務令の綱領第十に掲げられている「為さざると遅疑するとは、指揮官の最も戒むべき所とす。これ此の
  両者の軍隊を危殆に陥らしむること、その方法を誤るよりも甚だしきものなればなり。」であろう。決断しない
  よりは、緊急事態には、誤った決心であっても決断した方が良い場合が多い。指揮官は、己が決心によって、
  部隊が全滅するかもしれないという究極の厳しく重い決断を為さねばならない。それは如何なる組織のトップ
  リーダーも同じである。そのための不断の修練が肝要である。


⑥ 自己修練と部下を育成すべし!
 危機管理の衝にある者が危機管理に熟達しているとは限らない。常日頃からの修練が必要だ。各種事例を研究
すると共に、危機時に如何に対応するかを常に意識して腹案を練っておくことも重要だ。そのような修練を積む
ことにより、危機に対する嗅覚みたいなものが得られる。危機の予兆を感じることが出来る筈だ。  
 また、指揮官・トップリーダーは万能ではない。一人で全てを掌握し処置するには、事態は余りにも複雑である。
有事にも有効に機能しうる組織を育成するのは、リーダーの重要な責任である。危機管理部局等のみならず、
組織全体にまで危機対応能力を具備させるように努力するべきである。俗な言い方をすれば、自分が楽をするために・・
 一方、リーダーが判断すべき事項と部下に判断を任せるべき事項とを明確にして、リーダーは、明日や数歩先を
考えることができる様な精神的・時間的余裕を持ちたいものである。状況によっては、当面の対策グループと将来
対策グループを編成することも必要かもしれない。事態が長期化する場合には、特にその必要度が高い。
 何れにしろ、指揮官に全権限を集中させるのではなく、部下に対する適切な権限の委譲が必要である。組織の
全能力を集中して対応するためにも、部下の自主積極性を助長することが重要だ。指示待ちの部下・スタッフは、
有害ですらある。


  2 危機時のトップリーダー

 1項と重複するものもあるが、トップリーダーと云う観点から再整理したものが下図である。


多言は要しないと思うが、若干の補足をする。
 ①危機発生の当初は、状況が混乱し、何が起きているのか不明であり、当面の処置をすることに汲々して、正に
  状況戦術と云った感じだろう。然し乍ら、その状況に流されてしまうと収束させられるべき状況がかえって
  拡大してしまう。
  云わば、状況戦術から、組織的戦闘へ移行する必要があるのだ。そのことによってリーダーが主導権を奪回
  できる。
 ②予備の保持について
  危機対応の資源・手段を如何に有効に使うかが重要である。そして、また、重要なことは予備を保有する
  ことだろう。予備戦力を緊要な時期と場所に投入することによって当面の戦局打開が出来るがごとく、
  危機管理においても予備保持してその活用を効果的に図ることが重要だ。


3 危機時の広報
 最近でこそ、不祥事の広報対応もスマートになったが、かっては滅茶苦茶であった。
 広報の心得として下図のような項目が云われている。参考にして貰いたい。


(了)