山下塾第6弾

山下 輝男

第一話 国内外情勢を考える視点その1

1 始めに
 先般、某中堅ゼネコンの依頼を受けて、都内某所において、管理職社員及び関連会社の管理職社員100名余の諸氏に対し、小生の想いの丈を述べる機会を与えて頂いた。有り難いことである。
 テーマは自由にとのことであったが、「安全衛生推進大会」時の講演という性格と折角の機会でもあり安全保障や防衛についての理解をも得たいという二兎をも追う無謀にも近い考えから、「私は何を得たのか!」と云うタイトルで、小生の約40年の自衛官としての勤務の中から得たもののうち、聴講者にとっても必要かつ参考となると思われるものを取り上げた。この講演が、本山下塾発表の契機ともなったのである。

国内外情勢を考える視点
日本に地政学的地位と最近の情勢
(大陸から見た日本列島の特性、最近の我が国周辺の情勢等)
指揮・統御(戦いの原則、統率、統御、状況判断)
危機管理(事例紹介、危機管理の要諦、危機とリーダー)
防災・国民保護・テロ
平和安全法制(全体像、意義、今後の課題等)

 まず、初めにお断りをしておかねばならない。今までの山下塾(第1弾から第5弾)は、事実関係を比較的具体的に説明することに主眼を置いていたが、今回の第6弾は従来の山下塾と異なり、ある意味では、「小生の人生の総決算、チャンネルNippon山下塾の総まとめともいえるもので、個人的意見を多く含む特別編(番外編)というべきもの」です。このことを了承して読んで頂ければ幸甚です。


2 小生が得たものは?
 40年近い自衛官即ち究極の危機管理職域で勤務し、ある意味では国内外情勢に翻弄され、税金泥棒と謗られ、憲法違反と罵られてきた。
 小生が思い描くあるべき国家の姿を全く理解されることのなかった若き時代から、自衛隊に対する認知度は格段に上がった時代に変貌し、そういう意味においては隔世の感があるのは事実だ。然し、その認知度の向上は、皮相的・表面的なもので真に理解をしたものとは思われないと感じることも多く、焦慮を感じている。
 幹部自衛官たることを宿命づけられた防衛大学校(士官学校)に入校以来、常に極限状況の中で将校として部下を如何に指揮・統率するかを念頭に自学研鑽した中で、自分なりの結論を得たが、その一端を紹介して聴講者の職務上の参考に供したいと考えた野である。
 更には、聴講者が危険な職務に従事していることにも鑑み、危機管理に対する小生の知見を参考として話したい。
 そして、最後に、防大入校以来常に天下国家を論じ、談じてきた者として、如何なる思いを持っているかを理解して欲しいと考えた次第である。


 山下塾第6弾特別編では、これらについて順次説明したいと思います。偏見と独断に満ちているやも知れません。また、余りにもシニカルではないかとの謗りもあるものと思います。かって自衛官であった者の想いの一端を知ってい頂ければ望外の喜びです。



3 国内外情勢を考える視点その1
 国内外情勢を考える視点として、以下の3項目を考えればいいのではないかと考える。

日本の国家戦略・安全保障戦略の基本
地政学的観点からの考察
国家関係に重大な影響を及ぼす要因

 それぞれの項目について逐次に説明しよう。

(1)日本の国家戦略・安全保障戦略の基本
   日本の国家戦略・安全保障戦略を考える際の基本中の基本或いは前提と云うべきものを明確にしておく必要
  がある。日本国民ならば誰しも異論のないものが何かを検討してみる。
  以下の6項目を列挙できる。

ア 奴隷の平和を甘受するのか?それとも自主独立を敢然と守るのか?
  日本の国家戦略として疑う余地の全くないことは、国家は国民の安全・安心に対する責務を有しているということ
 である。とは言え、我が国に対する侵略があった場合には、白旗を掲げてそれを受け入れても良いのではないかと
 いう一見暴論とも云える議論を真面目にする者が居るのも事実だ。果たしてどうなのだろう?
  強大な戦力で、日本人の命は守るから降伏せよと迫られた時に、それに唯々諾々と従うのであれば、確かに人命は
 保証されるだろうが、それが果たして平和と云えるのか?それこそ、『奴隷の平和』と云うべきだ。人間としての
 尊厳が失われてでも命を長らえることが果たして善なのだろうか、大いなる疑問がある。命も生活も保障され、
 太った豚になってそれで果たして幸せなのか?
  痩せたソクラテス即ち痩せてもしっかりとしたアイデンティティを持った個人が自らの運命に対して責任を持つよ
 うな人生そして国家こそあるべき姿ではないだろうか?それは厳しい茨の道かも知れないが、それでも私共はそれ
 を目指すべきだと強く思う。
  一国のみで自国の安全を確保できないのであれば、価値観を同じくするものと共同して自国の安全を守ることを考
 えるべきだ。
  無抵抗絶対平和主義とも呼べるイデオロギーは果たして正しい選択か?誇りのため、愛する者の為、己の信じるこ
 との為に敢然と戦うことは悪なのか?

イ 大陸指向か?海洋指向か?
  日本はユーラシア大陸の近縁部に位置しているという地勢的特性から、日本の生きるべき方向として大陸指向か、
 それとも海洋指向かという観点からも考えてみる必要がある。日本は歴史的に、大陸を指向した時もあれば、内に只
 管籠もっていた時もあり、海洋に生きる道を見つけた時もあるような気がする。日本の向かう方向が時代によって曲
 折してきた。
  資源小国であり、常に大陸からの脅威に晒されていた日本は、大陸に進出して手痛い反撃にあったことは歴史が
 証明している。
  朝鮮半島で、高句麗・百済・新羅の三国が鼎立していた時期、日本は半島の任那を通じて影響を及ぼし、滅ぼさ
 れた百済救援のために軍隊を派遣したが、663年白村江の戦において破れ、日本の対朝鮮半島政策は破綻した。
  また日本の天下統一を果たした天下人秀吉は、朝鮮半島遠征軍を組織して出兵した。文禄・慶長の役と云われる
 ものである。休戦と交渉を挟んで、朝鮮半島を舞台に戦われたこの国際戦争は、16世紀における世界最大規模の戦争
 であった。耄碌した或いは誇大妄想的な野望を抱いた秀吉が起こした無謀なる戦いとの評価が定着しつつあるやに思
 えるが、明を征服した西洋諸国が次に狙うのは日本であるとの恐怖感があり、その予防作戦的な意味合いもあるので
 はないだろうか。然し乍ら、明の反撃にあい、日本は秀吉の死もあって撤退をせざるを得なかった。戦略目的を達成
 できなかったばかりではなく、国内的な混乱を助長し、出兵は失敗した。
  これ以降の大陸との関わりは、日清・日露戦争であり、満州事変以降の支那大陸における戦いである。
  日清・日露戦争も朝鮮半島における権益をめぐる清国及びロシアとの戦いであり、その一端得た権益を保護する
 ために、支那大陸に逐次に戦力を投入せざるを得なくなってきた。
  このように日本は、好むと好まざるとに拘わらず、朝鮮半島を日本の脇腹に突き付けられた短刀と感じて、それ
 に過敏に反応してきたのである。それほど、元寇のトラウマは強かったのだろう。必ずしも意図的に大陸指向だった
 訳ではないが、結果的にその方向性を選択させられたということだろう。
  先の大戦に敗れた日本は、欧米の陣営に組み込まれ、広大な太平洋や海洋を通じた資本主義国との連携により
 国家の発展を図る道を選択することとなった。結果的に、これが正しい選択であったのは明らかである。
  無限の可能性を秘めた海洋に発展の道を求め、価値観を同じくする国家との連携により国家を発展させようとい
 う選択は現時点では正しい判断だったと思えるし、未来永劫に亘りそれが維持されるだろうと確信する。

ウ 国際協調か、唯我独尊か?
  長い鎖国時代を経て急速に近代化した日本は、明治時代においてこそ、列国との協調路線を基本的な方向性として
 維持してきたが、厳しい経済情勢や日本に対する無理解等々もあって、独自路線を採らざるを得なくなる。満州事変
 を調査したリットン調査団報告書に反発して、遂には国際連盟を、大見えを切って脱退(1933年昭和8年)し、
 孤立化への道を歩き始め、とどのつまりに、第二次世界大戦での敗戦となり、現在に至る。
  戦後の日本は、戦前の反省を踏まえて、国際協調を国是として国家の発展の道を探し求めてきた。

エ 専守防衛と受動的防衛戦略
  日本の国是は、自ら他国を侵略することはしない、然し乍ら、攻められたら守る即ち「専守防衛」に徹するという
 ことである。専守防衛というのは飽くまでも政治的な大方針であり、軍事戦略ではない。
  かっては、専守防衛は軍事戦略であって、防衛上の必要があっても相手国に先制攻撃を行わず、侵攻してきた敵を
 自国の領域において軍事力(防衛力)を以って撃退する方針のことを意味するとされてきた。
  また、我が国に対する明白且つ切迫した脅威が明らかである時に、敵の一撃を許容することの是非が議論される等、
 専守防衛を軍事戦略とすることについては、色々な角度から疑義が呈されてきた。
  従って、専守防衛というのは、政治的な基本方針であると解するのが適切であり、軍事戦略としては、受動的防衛
 戦略又は戦略守勢とも称すべきであろう。

オ「東洋のスイスたれ!」は幻想
  戦後、国連絶対主義と非武装中立こそ善であるとの考えが一世を風靡した。然し乍ら、その後の冷厳なる事実は、
 そのような理想を峻拒したのである。
  云うまでもなく、国家の安全保障は現実に立脚すべきである。非武装勿論武装中立ですら、日本の国際的地位や
 国力を考慮すると採用しえないし、我が国の安全を国連に委ねるというには国連は余りにも無力であり機能していない
 ので無謀だ。
  また、国際協調路線と国連至上主義は似て非なるものである。

カ 政治優先!
  国家安全保障を考える際の基本中の基本の6番目は「政治優先原則」ということである。政治と軍事の役割の違い
 を十分に理解し、軍事を知悉していた政治家が多数国家をリードした時代には政治優先原則が貫かれていた。
  然し乍ら、政治が混迷を深め、国内矛盾が増大するにつれ、下剋上的気運が強まりそれは軍事の面においても顕著
 となった。政治が機能せず、軍事的な意思が優先されるようになり政治優先原則が蔑ろにされた。
  その反省の上に立って、戦後は政治優先原則が徹底された。羹に懲りて膾を吹 くような内局防衛官僚による制服組
 に対する統制をシビアリアンコントロールと誤解するような状況が起きたが、本来の政治優先原則に改善されつつある。


 (第一話終わり 次回は、国内外情勢を考える視点その2です。)