山下塾第6弾

山下 輝男

第三話 国内外情勢を考える視点その3

4 国家関係に重大な影響を及ぼす要因(原則)
 それぞれ主権を有する独立国家間の関係に重大な影響を及ぼす要因が幾つかある。
(1) 国家にとっての脅威とは(脅威認識)
   脅威は能力と意図が相乗されたものである。強大な能力を持った隣国であっても、その国が自国に対して友好的で
  ある場合には脅威とはなりえないのだ。然し乍ら、その意図を推し量るのは容易ではない、またその意図は容易に
  変化し得るものでもある。従って、自国の安全を考える場合には関係国の能力をしっかりと見定める必要がある。
   勿論、関係国との良好な関係を構築して、邪な意図を持つことがないように努力する必要があるのは当然である。

(2) 国際社会は無政府状態
   国際社会は、独立国家の併存する弱肉強食の世界である。世界政府は、未だかって存在していないし、これからも
  出現しないであろう。そういう意味においては、国際社会は無政府状態(アナーキー)であると言ってよい。勿論、
  国家主権を制限した国際機関の創設の動きがなかった訳ではないし、色々な国際機関が創設されて国際社会の規範の
  確立・維持に寄与していることは事実である。
   第一世界大戦の反省から生まれた国際連盟は、その余りにも理想的すぎて機能不全に陥り、第二次世界大戦後の
  国際連合は、超大国の利害が衝突する局面においては、拒否権の行使により十全なる機能が発揮されているとは言えない。
   これらの国際的な諸機関は、平時には各国間の利害調整等を通じ、国際的な安定に寄与してきたことは事実だが、
  さりとて、それが万能でなかったことは歴史が証明する通りだ。
   国際社会は無政府状態又はそれに近い状態であることから、以下のようなことがややもすれば起きる。

  ① 力は正義也
   認めたくはないが、正義は国が違えば異なる。我が国の正義と某国の正義が同じであるとは限らない。クリミアを
  併合したロシアの正義と欧米諸国の正義は異なるのだ。
   顧みれば、人類の歴史は正義を振りかざしての勢力拡張であった。直接的な武力に 訴えない場合においても、
  衣の下の鎧をチラつかせて領土を拡張し権益を獲得するのは、大国の常套手段であった。勝てば官軍の名言もあるが、
  国際社会においては長きに亘り、「力は正義なり」が強者の横暴ではあっても罷り通っていた。

  ② 「力の空白域」
   国際社会は隙あらば、自国の権益等を拡張しようと虎視眈々と狙っている多数の狼が存在している。ある地域から
  当該地域に支配的力を有していた国が引いた場合には狼が忍び寄ってくる。いつの間にはその地域はその国の
  勢力圏・支配圏となってしまう。
   最近では、フィリピンの事例が想起される。米比相互防衛条約を締結していたが、冷戦終結による緊張緩和、
  火山噴火による基地被災、同国における反米世論の高まり、米国の軍事費削減等があり、基地協定は期限延長されず、
  両政府間で在比米軍の撤退が決定した。まずクラーク空軍基地から撤収を始め、1992年にスービック海軍基地からも
  撤収し、フィリピンにおけるアメリカの軍事的な影響は著しく減少した。
   この米国の影響力低下を奇貨として、中国は南シナ海に対する海洋進出を活発化させて、実効支配域を拡大させつつある。
   この状況を憂慮した米比両国は、2014年4月に再駐留を認める「米比防衛協力強化協定」を締結した。この
  協定に基づき、米比両国は2016年3月、米軍がフィリピン国内の5基地を利用する協定を結んだ。パラワン島のアント
  ニオ・バウティスタ空軍基地、ルソン島のバサ基地やフォート・マグサイサイ基地などが対象である。

  ③ 力による現状変更の横行 
   世界政府が存在せず、各国には各国の国益があり正義がある。その為にその国にとって必要であり正義が自らに
  あると信じる場合には、武力でもって現状変更を行うことが多々ある。
   ロシアによるクリミア併合と中国による南シナ海における軍事拠点化などがその好例である。
   国際的にウクライナの領土と見なされているクリミア自治共和国等は、2014年3月18日にロシアに編入された。
  クリミア等の住民投票、独立宣言、編入要望決議、そしてロシアとの条約締結という段階を踏んで編入宣言が行わ
  れたが、国際連合やウクライナ、そして日本を含む西側諸国などは主権・領土の一体性やウクライナ憲法違反などを
  理由としてこれを認めず、現在、編入は国際的な承認を得られていない。これほど明白な力による現状変更は最近
  では珍しい。
   また、中国は、現在、南シナ海のほぼ全域を囲む9つの線からなる「九段線」を引き、国際法を無視して南シナ海
  の大部分を「自国の領海だ」と主張。領有権を争うフィリピンやマレーシア、ベトナムなどの周辺国を力で恫喝し、
  岩礁を埋め立てて軍事拠点を建設している。滑走路、防空識別圏設定(動きがある)、港湾施設の建設、レーダー基地
  等の建設を進めている。
   軍事力の明らかな差があり、関係国は拱手傍観状態だ。

  ④ 既成事実の重み
   一端、特定国家による現状変更がなされた場合には、それを原状復帰させる力は国際社会にはない。現状変更が
  既成事実となってしまう。現状変更させられた方は泣き寝入りせざるを得ない。
   1990年8月2日、イラクは突如、クウェートに侵攻し、8月8日にはクウェート併合を発表した。これに対し、
  国連安保理はイラクに即時撤退を求め、11月29日には武力行使容認決議である決議678を米ソは一致して可決した。
   米国ジョージ・H・W・ブッシュ大統領の呼び掛けに応じた諸国政府は、軍を派遣して所謂多国籍軍が構成された。
  多国籍軍は1991年1月17日にイラクへの進攻を開始した。
   これにより、イラクによるクウェートの占領は回復されたのであるが、これは国連安保理常任理事国が一致して
  行動できたからであり、大国の利害が相反する場合にはこのような原状回復は極めて困難であると認識すべきである。
  日本固有の領土が不法に占拠され実効支配が着々と強化されている。先の大戦終了後にソ連に不法占領された北方領土と
  日本の主権が回復される直前に占拠された竹島である。理を尽くして、返還を求めても彼らが応じる気配は毛頭ない。
  第二次大戦の結果でありそれを認めるべきだとロシアは嘯いている。
   日本は指を銜えて見ているしかない。国際司法裁判所への提訴に彼らが応じることは有り得ない。既成事実化の
  重みを実感せざるを得ない。
   ロシアによるクリミア併合でも、国際社会の批判何するものぞではないか。G8メンバーを外され、少々の
  経済制裁を受けても、原状への復帰はなされない。
   国際社会は、正義や道理が隅に追いやられ、無法・不法でも力をもって既成事実を作ってしまえば、それが
  正義ともなる。

(3) 絶対的な国際平和維持システムは存在しえない?
  ① 勢力均衡論から集団安全保障政策への転換
   国際社会が弱小国家の集合体であり、超巨大国家の支配権が及んでいない場合には、利害等を同じくする国家群
  の集合体が出現し、一定の力を持つようになる。それに対抗する勢力も同様の集合体を形成して、自らの繁栄と
  安全を確保しようとする。このようなブロック国家群が同等の力を持てば、おのずと諍いは制限されることとなる。
   斯様にして、ブロック国家群が鼎立する状況が現出し、触発の危険性を孕み乍らも、奇妙な平和が保たれる。
   第一世界大戦前の欧州における三国協商と三国同盟の関係を想起すればよかろう。
   ドイツは、オーストリア、イタリアとともに三国同盟を結成した。これに対して中世以来仲の悪かったフランス
  とイギリスはドイツに対抗するため手を結び(英仏協商、1904年)、これにロシアも加わっていわゆる三国協商
  が完成した。然し乍ら、サラエボ事件をきっかけとして、この体制は結局第一次世界大戦へとつながった。
   第一次世界大戦の反省により、それまでの勢力均衡体制から集団安全保障体制へと移行した。それは対立する
  国家をも含めた集団を作り、その外には敵対する国家を作らず、その集団内でお互いに平和と安全を守っていこうと
  するものである。もし加盟国の一つがそのルールを破れば、残りの全加盟国が共同で違反国の「制裁」にあたるもの
  とする。そうすれば、すべての加盟国は「制裁」を恐れて、ルールを破ることはしないはずである。このルールの
  中に「侵略戦争をしてはならない」という一項目を入れておけば、平和は保たれる。これが集団安全保障の基本原理
  である。しかし、国際連盟の試みは失敗し、第二次世界大戦を防止することは出来なかった。

  ② 超巨大国家による世界支配(パックスロマーナ等)
   パックスロマーナと云われる平和がある。紀元前1世紀末帝政を樹立したアウグスツス帝の時代から五賢帝の時代
  までの約 200年間続いた時代を云う。
   近代においても、超巨大国家となった米国が世界の警察官としての役割を果たしてきたが、それをパックスロマーナ
  に倣ってパックスアメリカーナと称することも在る。パックスアメリカーナは、その負担に米国が耐えきれなくなり、
  次第に希薄化しつつあるやに思える。
   然し乍ら、当然のことながら、このような平和維持システムに対するチャレンジャーも出現する。それはローマ
  の衰退や米国の衰退を機とする。今まさにそのような時代に直面しているのではないだろうか?

(4) 国力の相対性、国力の消長、国益至上主義等
  国力の評価基準には、色々なものがある。人口、面積、軍事力、経済力、科学技術力、資源等々である。そして、
 この国力は増大することも在れば、次第に衰退することも在る。
  それぞれの主権国家は、それぞれの国家の国益の最大限追及を至上命題として国策を策定し遂行するのは当然である。
  そのためには、軍事力をもって砲艦外交により威嚇して己の要求を相手に飲ませることも厭わない。
  相手よりも優位に立てるのであれば、道義や人道と云う美辞や理想をも相手を説得するための武器・手段とする
 ことも吝かではないのが現実だ。

(5) 国際法
  殆どの国家は法治国家である。即ち、その基本的性格が変更不可能である恒久的な法体系によって、その権力を
 拘束されている国家である。国家におけるすべての決定や判断は、国家が定めた法律に基づいて行うとされる。
 現実的な善悪も基本的には法律で規定されている。
  然し乍ら、国際社会は必ずしもそうではない。勿論、国家間の関係を法律や規範で規定しようという動きも行われ、
 それなりに効果はあったが、国内法と同じような効力を有するまでには至らなかった。
  国際法はあっても、それは破られるためにあると悪口を言われる。先の大戦で戦勝国は何ら断罪されていないが、
 全て国際法を順守したと云えるか甚だ疑問だ。
  日本のみが断罪される風潮に違和感を覚える。無差別な攻撃はなかったのかと問いたい。謝罪を求めはしないま
 でも、自らの非に想いを致すべきであろう。
  国際司法裁判所や仲裁裁判所があるが、それが絶対的な権威を持っている訳ではない。己に不都合ならば
 受け入れないことも可能だ。
  国際的な評価を気にせず、孤立化すら恐れないのであれば、国際裁判も国連も無力だ。勿論、全ての国に義務を
 負わせるような国際法とその執行を担保する権威と力が必須であり、そのような方向を目指して努力することは
 重要だが、それは永遠の課題であろう。
  南シナ海問題で、国連海洋法条約に基づき、ハーグの常設仲裁裁判所にフィリピンが提訴した判決が7月12日に
 出された。その要旨は、中国が南シナ海で主張する「九段線」は、歴史的権利を主張する法的根拠はないとする
 判決を示したものである。 
  中国が南シナ海で進める軍事拠点化を巡り、国際法に基づく判断が示されたのは初めてである。
  中国は、裁判への参加も拒否したうえ、判決に縛られない立場を強調してきた。国連海洋法条約は、判決に
 「拘束力がある」と明記している一方、強制的に従わせる仕組みはないが、中国は、条約加盟国として判断にどう
 向き合うかが厳しく問われることになる。
  愈々孤立化の道を歩くのか?無法者に法執行を強制する力は国際社会にない。それを良いことにして、既成事実化
 を推進するのか?国際社会の気概が試される。
  (了)