山下塾第6弾

山下 輝男

第六話 日本の国家戦略と安全保障戦略(その3)

4 国家安全保障戦略
 平成25年12月17日に、歴史的な文書が発出された。それが「国家安全保障戦略」(NSS)である。
 前述までの、国内外情勢を見る視点、国家戦略、国際情勢概観及び我が国周辺の安全保障環境を踏まえて、日本の国家安全保障戦略が確立されている筈である。
 先ず、NSSを瞥見し、しかる後若干の補足をする。

(1) NSSの概要
 ア NSSの定義と体系
   「戦略」は、外交政策および防衛政策を中心とした国家安全保障の基本方針として、わが国として初めて策定した
  ものであり、長期的視点から国益を見定めたうえで、今後どのように対応していくべきか、わが国がとるべき
  アプローチを導き出している。これは、それまでのわが国の防衛政策の基礎として置かれていた「国防の基本方針」
  に代わるものである。
   体系は、防衛白書には次図のように示されている。

 イ 意義等
   本戦略は、国家安全保障に関する基本方針として、海洋、宇宙、サイバー、政府開発援助(ODA)、エネルギー
  等国家安全保障に関連する分野の政策に指針を与えるものである。
   政府は、本戦略に基づき、国家安全保障会議(NSC)の司令塔機能の下、政治の強力なリーダーシップにより、
  政府全体として、国家安全保障政策を一層戦略的かつ体系的なものとして実施していくことを明言した。
   更に、国の他の諸施策の実施に当たっては、本戦略を踏まえ、外交力、防衛力等が全体としてその機能を円滑かつ
  十全に発揮できるよう、国家安全保障上の観点を十分に考慮するものとする。
   特に3番目のパラグラフが重要である。国策の全てに国家安全保障上の視点を取り入れるべきとの指示は素晴らしい。

 ウ 国家安全保障の基本理念
   以下,NSSの概要を説明するが、詳細は割愛し、項目のみを示す。
   (ア) 国家安全保障の理念
     ① 我が国が掲げる理念―国際協調主義に基づく積極平和主義
     ② 我が国の国益と国家安全保障の目標
   (イ) 我が国を取り巻く安全保障環境と国家安全保障上の課題
     ① グローバルな安全保障環境と課題
     ② アジア太平洋地域における安全保障環境と課題
   (ウ) 我が国がとるべき国家安全保障上の戦略的アプローチ
     ① 我が国の能力・役割の強化・拡大
     ② 日米同盟の強化
     ③ 国際社会の平和と安全のためのパートナーとの外交・安全保障協力の強化
     ④ 国際社会の平和と安定のための国際的努力への積極的関与
     ⑤ 地球規模課題解決の普遍的価値を通じた協力の強化
     ⑥ 国家安全保障を支える国内基盤の強化と内外における理解促進

(2) 国家安全保障会議
 ア 概要
   NSSに先立って創設された所謂日本版NSC(国家安全保障会議)は、国家安全保障に関する外交・防衛政策の
  基本方針などを審議することとされ、その司令塔の中核的役割を担うのが、四大臣会合(総理大臣、官房長官、
  外務大臣、防衛大臣)である。このNSCを支えるのが、国家安全保障局である。
   NSCの体制は防衛白書には次図のように示されている。

 イ 今後への期待と課題(参考拙著「岐路に立つ自衛隊」135p~136p)
   (ア)国家安全保障局の拡充等
     67名体制ではいかにも心もとない。米国のNSCは、約320名と云われており、約半数が政治任用である。
    各省庁からの出向者で構成されており、その功罪について論議がある。何れにしても、特に日本型組織
    の弊害と言われる縦割り体質が顕れないことを祈りたい。
   (イ)補佐官、国家安全保障局長、危機管理監の役割分担についての更なる検討
     日本の補佐官の役割は、米国に比して限定的で権限も弱いのではないかと思える。また緊急事態への
    対処を担うとされている内閣危機管理監との役割の明確化も必要であろう。
   (ウ)国家の中央情報機関の必要性の検討
     各行政機関が適時に資料や情報を提供、また発注することも可能となっているが、果たして所望の資料
    や情報が集約できるのか、また集約した情報の分析能力が十分にあるのか今後の課題であろう。
   (エ)守秘義務との関係では、特定秘密保護法(2013/12/6成立、12/16公布)の制定は必要不可欠であったと
    考える。
   (オ)新組織を機能させるための訓練実施を!
     政治家が更に国家安全保障等についての識能を深めると共に、国家安全保障局が実際機能するように、
    所要の訓練を行う必要がある。各省庁との連携をも含め、少ない人員体制で如何に効果的な運営を行って
    首相を補佐するか、それが問題である。

(3) 現下の情勢等を考えた際の国家安全保障上の課題
 ① 南西諸島正面の情勢緊迫への切迫感希薄
 ・山下塾第5弾 第三十一話 「島嶼防衛作戦は万全か?」
 ・南西諸島防衛に万全を期せ!2011.8.2(火)
  http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/16633
 ② サイバー空間、宇宙空間の脅威への対処強化
  夏川和也氏との共著「岐路に立つ自衛隊」第4章の4及び7に宇宙(222p~223p)及びサイバーセキュリティ
  (232p~238p)に記載しているので興味と関心のある方は御笑覧賜れば幸甚である。何れにせよ、陸海空に次ぐ
  第4、第5の戦場と想定されているサイバーや宇宙空間の脅威に対処する態勢を速やかに構築する必要がある。
 ③ 自衛隊の強靭性、継戦能力の強化及び防衛産業の健全なる育成
  自衛隊の継戦能力に懸念を表する向きもある。また、日本の防衛産業はまさに危機に瀕しているとも指摘され
  る。正面装備のみに目を奪われることなくトータルの戦力向上を期す必要がある。
 ④ 国家安全保障基本法の策定(参考:拙著147p~152p)
  自民党は、2012年7月、「国家安全保障基本法」をまとめ、安倍首相も安保基本法は政府提出が望ましい
  との認識を示していた。然し乍ら、平和安全法制の制定を優先し、現在に至っている。基本法の制定の必要性
  は聊かも減じた訳ではなく、早期の制定が望まれる。自民党案に追加すべき事項も多々あると思われる。
 ⑤ 国家情報機関の創設
  国家には、国家の運営に必要な情報を収集・分析・提供する機関を有している。然るに、我が国にはそのような
  機関は存在しない。各省庁、機関、民間の情報は縦割りとなっており、総理に集約されないし、総合集約化も
  容易ではない。必要な機関創設を検討すべきではないか。
 ⑥ あるべき防衛法制の検討
  自衛隊を国家として「軍隊」と正式に位置付けるのであれば、 軍(刑)法や軍事裁判所などの軍事司法制度の
  整備をも合わせ行う必要がある。現在の自衛隊に関する司法制度は、実力組織(軍)の行動規範は一般社会と
  異なるという点を充分に考慮したものとなっていない。このような司法制度下では、各種出動時等において、
  自衛隊の行動を律することに多くの困難を生ずることになろう。
  憲法上は特別裁判所の設置は禁止されているが、秘密保全の確保、作戦行動に及ぼす影響への配慮、軍紀の堅持、
  迅速性の確保や軍事専門的識見の必要性、列国との均衡性等から特別裁判所たる軍事裁判所を設けることが望ま
  しい。自衛隊に関する法制を列国と同様の国際標準とする必要がある。
 ⑦ 国家非常時の態勢整備等
  憲法調査会の議論、2004年の自・民・公の3党合意等があり、すぐにでも成立するのかとの期待もむなしく、
  政局の混迷で立ち消えた。
  何れにしても、国家の非常事態に国家として如何に対応するのか、列国と同様の非常事態に関する法制を整備
  することが必要である。
 ⑧ 自衛隊の国外活動に関する基本的事項の策定
  積極平和主義の理念に基づき、今後自衛隊が海外で活動する場面が増えるだろう。その際に、その都度特別措置法
  を制定して対応するのでは時機を失することもあり、速やかな所要の準備にも支障をきたす恐れがある。
  所謂恒久法が必要である。

(4) 日本は戦争をするのか?(参照:岐路に立つ自衛隊第5章)
 次には、日本の防衛戦略等を説明すべきであろうが、余りにも味気ないので、違った観点から説明した。
 日本は戦争をするのか、日本に対して戦争を仕掛けてくる国があるのか、そして日本は勝てるのか等々の素朴な
質問を良く受ける。皆が最も知りたいであろうこの質問に答えることほど難しいことはない。如何なる状況で、
如何なる条件で、如何なる態勢でそれが始まるのか、余りにも考慮すべき要素が多すぎる。政治的要素、軍事的要素、
戦場となる地域や海空域或いはサイバー空間はたまた宇宙空間とに関するデータ、人文学的な要素(すら重要な要素
である)等のありとあらゆる要素を取り込んでウォーゲームをしてみるしかないであろうが、それですら確実なもの
ではない。従って、日本が勝てるかどうかに対する正しい回答は、『解りません。』である。戦争が起きるかどうか
も予測不能である。予期せぬ不測の事態が戦争に発展するケースもあれば、一方が周到に準備して相手方に侵攻する
こともあるだろう。戦争により国家の政治的目的を達成できると判断すれば、戦争を決意をするかもしれない。
政治判断としては、戦争すべきではないとしても、国内圧力に抗しきれずに止むを得ず踏み切らざるを得ないかも
知れない。
 このように極めて難しい課題にどのようにアプローチすべきか悩むところであるが、この問題を考える上での
幾つかの視点を提供したのが、夏川和也氏との共著「岐路に立つ自衛隊」の第5章である。
 ご一読賜れば、何かを感じて頂けるはずである。
(了)