山下塾第8弾 大災害と危機管理
(大災害から自己と組織を守る!)

山下 輝男

第9回講座 危機管理上の論点及び研鑽すべきもの


初めに
 山下塾第8弾も遂に最終講座となった。各種事例における危機管理対応等を見て、危機管理上の主要論点として、事態の発生確率、その事態の被害程度及び対策の実行可能度の関係等に目を向けねばならない。それらを踏まえて、我々は何を研鑽、識能・資質を磨けばいいのかを考察したい。



VG1 危機管理上の重要論点
 スライドに示す5点について考えてみたい。1~3項は、消防科学と情報に掲載された吉井博明東京経済大教授の論考に負っている。



① 発生確率と対策の実行責務をどう考えるか?
 発生確率によって対策の実行義務に違いがあるかどうか。発生確率が低ければリスク対策を採らなくても良いのか?リスク対策をしなくても構わないという事で本当にいいのか?確率は低くても事態の影響度が極めて大きい場合には対応すべきではないのか?確率が高い場合にはリスク対策は多分に取られるのだろう。それすらも採らないのであれば論外だ。
 リスク対策責任者の確かな判断が求められる。


② 発生確率と優先されるべき対策の関係
 発生確率が低ければ、対策の優先度は落ちるのか、落としていいのか?自己弁護、弁解に聞こえてしまう。確かにやるべきリスク対策は多々あるのだろう。それを同時に実行できないとすれば、優先順位をつけるしかないが、そのような場合どのように考えるべきか?リスク対策責任者を悩ます課題だろう。


③ 危機管理対象に応じる危機対策レベルの相違について
 施設、組織、人の重要度に応じて、対策レベルの重要度があるのか?重要な施設の場合にはしっかりとした対策を為し、それ程ではない施設等にはそれなりの対策を行うのが一般的であるが、時にこの判断が適切に為されていない場合がある。

 以上の3点は、確率と被害程度と対策レベルの3つの関係性について検討したものであるが、この関係を適切に律することが肝要だ。確率は極めて低くとも、それが起きた場合には極めて甚大な被害を及ぼすような施設等の場合には、対策レベルも最高度にならざるを得ないだろう。最も荒唐無稽の危機までをも考慮する必要はないだろう。
 降水確率何%で雨傘を携帯するのだろうか?


④ 想定外をどう考えるか
 東日本大震災で問題となったのが、想定外の規模の地震であり津波であり、止むを得なかったのだと暗に自己弁護する危機管理者のみっともない姿であった。想定外は免罪符になり得るのか? 想定外をも想定すべきだというのが、東日本大震災の重要な教訓である。起こりうる事態をあらゆる角度から想定することは当然である。あらゆることを想定し、夫々に応ずる対策をどうすれば良いかを慎重に判断すべきだ。簡単、安易に想定外でした等と弁解しないことが重要だ。想定した上で、確率、被害度及び対策レベル等を考量して決定すればいいのだ。明確な判断もなしに危機管理を行ってはならない。


⑤ ゼロリスク主義の功罪
 ゼロリスク主義というのはリスクは為しうる限りゼロにしなくてはならないと云う考えである。極端なゼロリスク主義を振りかざして、対策を迫ることが新たなリスクを生む可能性すらある。原理主義からは何も生まれない。



VG2 涵養すべきは?
 さて、最終結論である。危機管理に失敗しない為には、自ら研鑽すべき事項が多々ある。スライドに示した4項目について考えたい。



① 問題意識
 危機管理についても現状のままで良いのか、改善すべきところはないのか等、常に問題意識を持つことが肝要だ。問題意識なきところに進歩はない。


② 嗅覚の錬磨
 それなりの経験を積んだ者は、不思議に何かが違う、可笑しいと感じる場合がある。そしてそれは通常正しい。異常な事態が起きようとしている可能性が高い。船が沈没する前には鼠が逃げ出すとはよく言われるが、鼠には特別な嗅覚があるのだろう。人間も経験を積み、事例を研究して研鑽を積めば、そのような嗅覚を持ちうるのだろうと思う。そのようなものを持ち得る、感じ得るように錬磨すべきだ。


③ 災害時心理特性の承知
 人間は弱いものだ。既に第3回講座で示しているが、残念ながら災害時心理特性に捉われている者が大多数だろう。そういう己の弱点を十分に承知しているか否かが危機管理上の成功失敗の分かれ目だ。己を知らずしては何もできない。弱点を克服すべく自己研鑽に努めるべきだ。


④ 危機対応事例の研究
 事例研究は重要だ。特に失敗事例から多くの教訓を学ぶことが出来る。


終りに
 最近の大規模災害の頻発に危機管理上の課題があるようだ。本講座が危機管理所掌の任にある方々に何がしか裨益することを願っている。

(完)