東シナ海・尖閣諸島に対する中国の海上行動と
日本の安全保障態勢の課題

元自衛艦隊司令官・海将
香田 洋二
1949 年徳島県生まれ。72 年防衛大学校 第 16 卒業。その後、海上自衛隊に入隊し、 90 年護衛艦「さわゆき」艦長。海上幕僚 監部防衛課長、護衛艦隊司令部幕僚長な どを経て、2001 年海上幕僚監部防衛部長、 03 年第 30 代護衛艦隊司令官、04 年統合 幕僚会議事務局長、05 年佐世保地方総監、07 年第 36 代自衛艦隊司令官。退官後、ハー バ ード 大 学 ア ジ ア セ ン タ ー上 席 研 究 員 を 歴 任し、2016 年 3 月まで国家安全保障局顧 問を務めた。


1.東シナ海における中国艦船の領海侵入の本質的問題点

(1)中国の最近の海上活動

 最近の南西諸島近海をめぐる中国の軍艦、情報収集艦などの動きを 見てみよう。
 2016 年 6 月 9 日午前 3 時 10 分頃、中国海軍ジャンカイ(江凱) I級フリゲート 1 隻が、ロシアの艦船に続いて大正島(沖縄県)の北 北西のわが国接続水域に入域し、その後北に向けて航行したのが海上 自衛隊の護衛艦によって確認された。同日未明には外務省の斎木外務 次官が程永華駐日中国大使を呼び出して強く抗議した。
 厳密に言えば、中国の当該フリゲートは日本の領海に入ったわけで はないし、その行為それ自体は国際法に則っており非難されるべきも のではない。問題は何かというと、領土係争の地域で最も慎重であるべき軍隊の運用に おいて、国際法上の権利とはいえ、尖閣諸島の(領海)近傍に中国が軍 艦を入れてきたことの「意図」が何かということだ。もう一つは、ロシ アの軍艦に続いて中国の軍艦が入ったということで、中露の軍事的連帯があったのではないかと疑われた点である。
 中露連帯に関しては、恐らく現場でせっかくのいい機会だから一緒に やってみようという程度の連携はあったかもしれないが、両国政府間の 意思を調整して対日圧力行動をしたということはなかったと思われる。 なぜなら、ロシアにとって、尖閣において中国と共同歩調をとり日本に 圧力をかけたとしても何のメリットもないからだ。むしろウクライナ・ クリミヤ問題等で国際的孤立状況の中、限定的とはいえ経済支援を得ら れる機会となる日露首脳会談(2016 年 12 月)を目前にして日本との関 係を悪くする必要がない。
 ところで領海の外側にある接続水域は、本質的に公海とされ、国家は 通関、財政、出入国管理、衛生に関する法令違反についての防止や処罰 を目的とした措置を取ることができるとされる。ただし国家の主権や安 全に対する侵害行為が予測される中、接続水域から領海に向かって外国 艦船が接近してくるときに、予防措置を講じることはできないのかとい う点については若干の議論がある。しかし国家の主権や安全に対する侵 害行為をしない限りは接続水域を通過することは国際法上認められた権利となっている。
 続いてその 1 週間後の 6 月 15 日午前 3 時半頃、中国のドンディアオ(東調)級情報収集艦 1 隻(戦闘艦ではないが軍艦)が、 鹿児島県の口永良部島西方のわが国の領海 内を通過し、屋久島の南方から領海を出た。 これは国際法上の「軍艦の領海内航行」に相当するが、 ちょうどこのとき沖縄の東方海域においては、日本の 海上自衛隊と米海軍、インド海軍のあわせて 10 隻が 参加する日米印海上共同訓練「マラバール 2016」(6 月 10 日 -17 日)が行われている最中だった。中国艦 船の領海侵入の狙いはその情報収集のための太平洋 進出と考えられる。
 当時、中国にとっては、約1カ月後に南シナ海の管 轄権問題で仲裁裁判所から(中国にとって不利と予想 される)判決が下される直前のことであり、また同年 6 月 8 日には、東シナ海の公海上で(対北朝鮮と推測 される)警戒活動をしていた米軍偵察機 RC135 に中 国軍戦闘機殲 10 が異常接近し飛行を妨害する事件が あって、米軍が抗議するという国際的に緊張した安全 保障環境の中での中国海軍の行動だった。


(2)無害通航と通過通航

 それではこの中国の行動をどうみるべきか。まず 領海内の航行は、「沿岸国の平和、秩序又は安全を害 しない限り」国際法上許されているが(「無害通航権」 =国連海洋法条約 19 条)、同法は「平和、秩序又は 安全を害」する国際法上許されない行動として次のも の(一部)を示す(同法 19 条第 2 項)。
・武力による威嚇又は武力の行使
・兵器を用いる訓練又は演習
・沿岸国の防衛又は安全を害する情報の収集
・沿岸国の防衛又は安全に影響を与える宣伝行為
・航空機の発着又は積み込みなど
 この点(無害通航権)でいえば中国艦船のわが国の 領海内航行は問題なかったのだが、このとき中国は< 無害通航権>を主張せず、<国際海峡の通過通航権>(国連海洋法条約 37 条、38 条)を根拠とした航行の 正当性を主張したのだった。
 無害通航の近代的制度は 19 世紀になって(国際法 として)成立したといわれるが、通過通航の概念は 比較的新しい考え方だ。国連海洋法条約の制定によっ て、それ以前は(主に)3 海里とされていた領海幅が 12 海里に拡張されるに伴い、それまで公海部分を自由通航すればよかった多くの国際海峡が沿岸国の領 海となることがわかった。そうなると国際海峡の船舶 の通航は無害通航しか認められず、航空機の公海上空 飛行はできなくなってしまう。
 そこで先進諸国の主張を入れて、(公海と公海を結 ぶ)国際海峡は全ての船舶および航空機に通過通航権(国連海洋法条約 38 条)を認めることになったので ある。

無害通航 通過通航
対象 領海 国際海峡(領海を除く)
他国潜水艦 浮上航行+国旗の掲揚 潜航航行可
他国航空機 飛行不可 飛行可
表1 無害通航と通過通航の比較

 通過通航権は、無害通航と比べて条件が緩やかに なっているが(表 1)、中国は 6 月 15 日の事案につ いてこの論拠を挙げて正当性を主張してきたのであ る。その裏には、無害通航に関して中国は外国艦船の 事前通告の義務とそれに対する許可による自国領海 内通過認可制を採っているが、今回の中国艦の行動に 際して我が国に対する事前通告も許可の要請もして いないことから、それを無害通通航とすることに対す る矛盾の露見を恐れたことがあると考えられる。日本 の南西諸島海域の海峡について中国の主張通り通過 通航権を認めた場合、中国の潜水艦は潜航したままわ が国の領海内での活動が可能になってしまう。ところ が、知ってか知らずにか、6 月 15 日の事案のときは、 官房長官が記者会見において若干言及しただけで国 内ではほとんど問題視されなかった。これでは安全保 障の視点に欠けた対応としか言いようがなく、今後悔 いを残すことにつながりかねない重要なポイントで ある。
 なお、正確に言えば、大隅海峡、対馬海峡、津軽海 峡などは、国際海峡ではなく、わが国独特の「特定海 域」として国際社会に通告している。これらは日本の 領海内の海峡であり、もしここに通過通航権を設定す るとなるといろいろと難しいことが想定される。例え ば、核保有国である中国の(核兵器搭載の公算がある) 軍艦が(領海である特定海域を)通過した場合、日本 の国是である非核三原則に抵触することになり(その 瞬間)非核三原則が崩れてしまいかねない。そこでわ ざわざこのような海峡に限って我が国政府独自の判 断により領海幅 3 海里に縮めて公海部分を設け、自 由航行ができるようにしたのであった。
 領海は基本的に危害を加えるような恐れがなけれ ば無害通航できるのだが、通過通航権を安易に認める と潜水艦が潜航したまま領海内を自由に通航するな ど、安全保障上のリスクが大幅に増大するのである。 特に今回は、当該情報収集艦が利用できる国際海峡が 周辺に二カ所存在することから、中国の主張する事案 発生海域(我が国領海内)における通過通行権行使が 成立する要件は満たさず、また我が国政府としてもこ れを認めてはならないことは明白である。
 かつて 2004 年 11 月に、中国の原子力潜水艦が石 垣島と多良間島の間のわが国領海を潜航通航する事 案があった。海上自衛隊は海上警備行動の発令を受け て哨戒機や護衛艦などで追尾したが、同潜水艦はその まま北上して領海から出て行った。しかしそれは中国 に大きな衝撃を与える事案となったことは間違いな い。今回の政府の極めて緩慢な対応は、潜水艦の領海 内潜航通過という国際法違反であるにもかかわらず、 通過通航権を主張されると海上警備行動などによる 国家としての対応ができなくなる事態へとつながる ものであり、憂慮される。
 このような中国の行動を一度黙認してしまうと、今 後潜水艦の領海内潜航通過が日常茶飯事になりかね ない。6 月 15 日の事案は、少なくともその「付け入 る余地」を北京に与えてしまったことは確かであろ う。




2.尖閣諸島案件

(1)尖閣諸島をめぐる状況

 野田政権当時、日本政府は尖閣諸島の 3 島を地権 者から購入したが(2012 年 9 月)、その直後から南 西諸島海域を中心に中国の公船によるわが国の領海 侵犯が一気に増えた。しかしここ数年は、高止まりし ている状況であったが、2016 年 8 月に突出した回数 の領海侵犯があった。これは 16 年 8 月に、中国の漁 船 200 隻以上、公船 20 隻以上が大挙して尖閣諸島 付近に集結して日本に圧力をかけた出来事だった。
 この前後の国際情勢をみておこう。7 月に南シナ海 の管轄権問題に関する仲裁裁判所の判断が示され、南 シナ海の管轄権をめぐる中国の主張がほぼ全面的に 否定されて世界各国から非難の声が上がった。そし て 9 月上旬には中国・杭州で G20 首脳会議が予定さ れる中、中国は議長国としての面子をかけて何としても G20 首脳会議を成功裏に進めるためには、南シナ 海問題が同会議の議案に上らないようにしなければ ならず、そのために世界の目を反らす意図で行った のが、尖閣諸島周辺への大量の漁船・公船の蝟集だっ たと思われる。事実、9 月に入ると尖閣諸島周辺への 中国公船・漁船の出没が一気に減り以前の状態に復し た。
 それではここ数年中国船の領海侵犯件数が高止ま りで推移している理由は何か。それは海上保安庁が相 当努力して監視しているためだ。1 年 365 日、(台風 の襲来でもない限り)1 日も休むこともなく現場周辺 の警戒を行っており、中国船に対してわずかな隙さえ 与えていない。さらに海上自衛隊が、海上保安庁の船 舶の周辺に、相当の間合いを採ってはいるが護衛艦を 数隻待機させ、哨戒機も上空から監視するという即 応態勢を敷いている。このような態勢を敷くことので きる海軍は、世界広しといえども数カ国しかないだろ う。
 16 年秋に米国のあるシンクタンクが、国別ミリタ リ・ランキング(陸海空を含む)を発表した。それに よるとベスト 10 は、1米国、2ロシア、3中国、4 インド、5フランス、6英国、7日本、8トルコ、9 ドイツ、10イタリアの順で、日本の自衛隊の軍として の能力は高い評価を受けている。
 具体的にいえば、日本の海上自衛隊は、英仏の海軍 を合わせたよりも大きく、航空自衛隊の戦闘機は米太 平洋空軍の戦闘機よりも多い。これだけの兵力が西太 平洋地域に防衛のためにあるという事実である。中国 は、このような現実をよく認識しており、日本が隙を 見せない限りは、恐らくこれ以上日本の領海に自由に 入ってくることはないと思われる。そこで重要なこと は、ハード面での態勢整備と共に、国民が結束して自 衛隊への支援を行い、しっかりした防衛態勢が整えら れれば、尖閣諸島が取られることはないだろう。
 もちろん尖閣諸島をめぐる状況が危ない状態にあ ることは事実ではあるが、今の警戒・防衛態勢を維持 している限りにおいては、今日・明日何かがあるとい うような切迫した事態にあるとは言えない。もっとも 重要なことは、ハード面以上に国民の精神的な支援で あることは言うまでもないことである。


(2)大局的戦略的観点からみた尖閣諸島

 このように尖閣諸島は中国と直接に対峙する現場 であるから重要であるが、もっと大きな戦略的立場に立ってみると、別の視点が見えてくる。つまり、尖閣 諸島はあくまでも「木」であって「森」では決してな いということなのである。このような戦略的観点を次 に述べてみたい。結論を先取りして言えば、南西諸島 の防衛上の価値ということである。
 実は、南西諸島(鹿児島県南端から与那国島まで) は全体で約 1200 キロの長さがあり、日本列島全体の 半分近くを占め、この地域には、沖縄県民約 140 万人、 在沖米軍(海兵隊、空軍部隊)がいる。
 南西諸島は、中国にとっての「チョーク・ポイント」(注:チョーク・ポイント= choke point とは、海洋 国家系地政学における概念のひとつで、シーパワーを 制するに当たり、戦略的に重要となる海上水路であ る)だ。中国が米国とことを構えることになった場合、 中国は南西諸島のどこかから西太平洋に出て行かな ければならない。世界の専門家の間ではそれを第一列 島線と呼んでいるが、このチョーク・ポイントをこじ 開けて西太平洋に出ていくことは容易なことではな い。
 ただ、このチョーク・ポイントは、中国艦船だけで はなく韓国艦船等すべての国の艦船にとっても太平 洋に出て行く重要海上水路となっていて、その場合は 通航しようとする船舶が中国船なのか韓国船なのか 識別して個別のキメ細かい対応をする必要がある。と ころが通過艦船の国籍や艦種に応じた対処基準(ROE: Rules of Engagement)がいまだに確立されていない という問題がある。
 また冷戦時代の防衛態勢(とくに陸上自衛隊)は北 海道に重点をおいていたが、いまは南西諸島に戦力を 移動させている最中である。例えば、与那国島に今で は 200 人弱の監視部隊を駐屯させた。それまでは拳 銃 2 丁をもった警察官(駐在さん)2 人が駐在し、海 上保安庁の 2 人の職員がいるだけでボートもなかっ た。これでは中国が「日本は本当に離島防衛をする気 概があるのか」と疑ってもしかたがないだろう。宮 古島、石垣島についても、今後 500 人規模の守備隊 を随時おいていく計画と聞いており、徐々にではある が、ようやく体制を固めつつあるという現状である。
 尖閣諸島は、ある意味で日本が独立国としての尊厳 をかけた対決の現場であり、決して譲り渡すことはで きないものではあるが、戦略的な価値からみたとき に、あまり熱くなって感情的になりすぎてはいけな い。クールに考えて態勢整備を考えなければならな い。
 ここで、中国の海洋戦略の立場から見た南西諸島と 尖閣諸島の価値について考えてみよう。


(3)中国の観点

 中国の実利的な観点からの優先度は、対米戦略が最 優先という立場から言えば、1南シナ海、2インド洋、 3西太平洋、4東シナ海の順になるだろう。二番目に インド洋が入っているのは、現在の経済大国中国の資 源・原材料の多くがアフリカ大陸から輸入されている ためにそのルートとしての価値からである。中国に とって日本が最大の敵国という状況にはないから、手 ごわい国とはいえ戦略的優先度は落ちることになる。
 それでは(南西・尖閣諸島を含む)東シナ海の戦略 的重要度はいかなるものか。
 先に述べたとおり中国にとってのチョーク・ポイン トである南西諸島(第一列島線)は、対米近接・領域 拒否戦略(AA/AD)の観点からすると「戦略の重心」 とならざるを得ない。この観点に立ってみると、第一 列島線(南西諸島)から少し北方に離れて位置する尖 閣諸島は、その島々は岩ばかりで平地がほとんどない 地理的環境にあり、しかもわずかばかりの平地も冬季 には季節風の荒天がもたらす大波に曝されるなど、人 が常駐するような環境とは言えない状況である。しか し独立国の尊厳という点では絶対に失ってはいけな いけれども、大局的戦略上からはそれほど重いという ことにはならないのではないか。
 それではなぜ中国は、尖閣諸島に固執するのかとい えば、それはあくまでも中国の面子である。一旦(領 有権などを主張した限りにおいて)それを引っ込める わけにはいかないという大国としての威信、あるいは ナショナリズムの問題である。また南シナ海との関係 で、領有権を引っ込めるとそちらにも影響が波及しか ねない。


(4)日本の観点

 わが国にとっての尖閣諸島の戦略的意義は何か。 第一には、独立国としての主権と領土の尊厳の維持 という点で、1 ミリでも譲歩することのできない問題 である。
 第二に、領海および EEZ(排他的経済水域)の境界 策定上の基準点としての価値である。つまり、国際 法上の EEZ 沿岸国としての権利と義務から派生する、 海洋資源の独占的開発・利用、他国の海洋経済活動の 制限などである。

南西諸島 尖閣諸島
独立国としての尊厳
(領土、領海)
排他的経済水域
(東シナ海の排他的経済水域策定
日中中間線 or 大陸棚延長、海底資源)
県民140万人
米軍基地
米国戦略への影響
対中・韓チョーク・ポイント
わが国の防衛体制
表2 南西諸島と尖閣諸島の戦略的価値の比較

 ただし、16 年 7 月の仲裁裁判所の判決において、 この点については日本にとっても不利になりかねな い論点が出てきている。つまり、南シナ海の台湾所有 の島(Itu Aba Island: 太平島)が、尖閣諸島の島より も大きな島でありながら、「EEZ の基点にはならない」 とされたのである。もちろんこの判断は東シナ海、尖 閣諸島についてのものではないにしても、同じ論理 を尖閣諸島に突きつけられた場合には、同諸島が EEZ の基点にならないためその周りに我が国の領海は存 在しても EEZ は設定できなくなってしまいかねない。 この点をどう論理的に対備するか、よく考えて準備し ておく必要があるだろう。
 第三に、平時に中国と対峙している尖閣諸島維持の ための(海上保安庁、海上自衛隊の)エネルギーは 並々ならぬものがある。万が一、有事となれば、制海 権・制空権をしっかり保持できないと離島防衛は非常 に難しい。それは太平洋戦争における太平洋の島々で の戦闘経験がはっきりと証明している。その意味でも(海上保安庁を含めて)自衛隊は必死で守りを固めな ければならない。
 以上を整理すれば、別表のようになる。結論的に 再言すれば、現に中国と対峙している尖閣諸島問題は 目に見える形でその価値を人々に訴えやすいが、大局 的戦略から言えば、それ以上に南西諸島の価値が大き く、突出しているということになる。
 かつて戦国時代に娘を嫁(人質)として敵の大名に やり、家を守るために息子を切った戦国大名のような 冷静さでもって考えて計算してみると、尖閣諸島は「戦略的に」南西諸島の価値より落ちるという点を理 解しておく必要があるだろう。「木を見て森を見ない」 という愚を犯しては決してならない。


(5)AA/AD 戦略の真の狙い

 ここで中国の対米軍事戦略=近接・領域拒 否(AA/AD)を簡単に見ておく。
 AA/AD は、平時においては米軍部隊の(対 中)展開を拒否し、有事においては米軍を撃 破する力を見せることによって米軍を遠ざけ る戦略である。しかし現時点で、対米戦争に なった場合、中国が不利なことは中国自身よ く分かっているので、直接的な正面衝突は避 け非正規戦を併用して米軍のデジタル通信、 衛星通信等の指揮系統を攪乱し断絶させて、 言い換えれば米軍の脳(指令部)と筋肉(軍部隊)をつなぐ神経組織を切断して機能停止状態にし たうえで、身動きの取れなくなった米軍を撃破しよう と考えている。そしてそのような非正規戦を併用した 破壊能力を具体的に行える力を誇示することで、ワシ ントン(司令部)の気概を萎えさせようとしている。これが AA/AD 戦略の真髄だと考えられる。
 具体的な破壊能力としては、米空母や米軍基地を攻 撃し壊滅することのできる兵器を開発している。例え ば、DF-21(射程距離 1500 キロ)や DF-26(射程距 離 4000 キロ)などの対艦弾道弾(ASBM)である。 さらに洋上の空母の位置を正確に把握できる衛星体 制も構築しつつある。
 カリフォルニアやハワイの基地から出てくる米太 平洋海兵隊や空母機動部隊を第一列島線付近におい て、まず非正規戦によって米軍の指揮系統をマヒさせ たうえで対艦弾道弾、潜水艦からの魚雷やミサイルお よび爆撃機によって撃破しようというのである。その 能力の誇示だけでも相当の心理的効果があることに 加え、米軍が中国軍にやられるのを座視しながら、日 本の自衛隊が何もせずにいた場合には、その瞬間に日 米安保体制は崩壊することは明白である。そのような 事態を防ぐのが集団的自衛権の行使なのである。




3.南シナ海

 南シナ海への中国の進出について簡単に述べたい。
 南シナ海における中国の支配拠点は大きく三つあ る。その一つが、西沙諸島(Paracel Islands)だ。 1974 年にこの領有権をめぐって中国とベトナムが交 戦し武力衝突に及び、中国が勝利することによってほ ぼ全域を中国が実効支配し今日に至っている。西沙諸島は、50 近いサンゴ礁の島と岩礁からなるが、中国 はここの最大の島ウッディ島(Woody Island)を埋 め立てして 2700 メートルの滑走路を整備し、十分な 地積・軍事用地、レーダ・SAM(対空ミサイル)を 配備した。南シナ海進出の第一拠点となっている。
 二つ目が、南沙諸島(Spratly Islands)である。満 潮時に水没するものを含めて 200 余の岩礁・砂州か らなり、その多くは環礁の一部を形成している。これ らをめぐって中国、台湾、ベトナム、フィリピン、マレー シア、ブルネイが領有権を主張し争っているが、最大 のものでも約 0.5 平方キロしかなく、使用可能な土地 をもつものは 13 島である。しかしこの地域への進出 に出遅れた中国は、13 島のうち支配しているものは 一つもない(フィリピン 6、ベトナム 5、台湾 1、マレー シ ア 1 )。
 そこで中国は岩礁を埋め立てて島にして支配権を 及ぼすことを考えた。ファイアリ・クロス礁(Fiery Cross Reef)やスビ礁(Subi Reef)などを埋め立て、 3000 メートル級の滑走路とともに港も整備した。 2016 年 1 月にはファイアリ・クロス礁の滑走路に民 間航空機を初めて着陸させた。さらに 2016 年 7 月 13 日、仲裁裁判所の判決が出た翌日、スビ礁やミス チーフ礁(Mischief Reef)に民間航空機を初着陸さ せて威信を示した。このように中国は、南沙諸島に 7 つの人工島を整備し軍事基地化し、9 段線の真ん中に くさびを打ち込んだのである。これによって中国は、 南シナ海全域の制海・制空権獲得のための第一段階戦 略(南北軸の設定)を確立した。
 もう一つがスカボロー礁(Scarborough Reef)であ る。現在、中国が実効支配しているが(中国はスカボ ロー礁を含む島礁群を中沙諸島と呼んでいる)、フィ リピン・台湾も領有権を主張している。スカボロー礁 は、ここで満潮時でも海面から出ている唯一の岩礁で あるが、中国はまだ埋め立てなどの手をつけてはいな い。南沙諸島の埋め立ては当該環礁が環礁群の中に位 置していたために周囲からサンゴ礁を取って埋め立 てができたが、スカボロー礁は中沙諸島のはずれにあ ること及び周囲が深い海底のためにそれができない。 もしやるとすれば中国本土から埋め立て土をもって くることになるだろうが、そうなると米国も黙ってい ないだろう。
 スカボロー礁をめぐって米中の熱い戦いが繰り広 げられている。スカボロー礁は大型の飛行場と 3000 メートル級滑走路が 2 本以上、空母機動隊が停泊できるほどの広さを持つ内海がある。仮にこれが完成す ると中国は西沙・南沙・スカボロー礁の基地群を結ぶ 三角形の支配地域を確立して南シナ海を平面的に支 配することが可能となり、こうなれば AA/AD も、必 要な部隊をすぐにでも展開、更には常駐できる態勢が 整うことになってしまう。これによって中国の南シナ 海戦略の第二段階、すなわち戦略三角形の形成・確保 が達成されることになる。
 オバマ政権が唯一の強硬策ともいうべき行動を見 せたのが、2016 年 4 月に中国がスカボロー礁の埋め 立て準備である測量を始めようとしたときで、冷戦時 代にソ連の戦車軍団を殲滅するために開発・配備した 戦車攻撃機 A-10 を 4 機飛ばした。これをみて北京は 度肝を抜かれた。
 中国政府は、オバマ政権と西沙諸島や南沙諸島を軍 事基地化しないと約束しておきながら、上述のような 軍事化を展開した。それについては、「南シナ海の諸 島は中国の固有の領土であり、自らの国土に必要な防 衛施設を配備することは国際法が認める主権国家の 正当な権利だ」とし、防衛施設の配備については「軍 事拠点化とは何の関係もない」と言いきっている。さ らに米国が自由航行作戦を展開させて軍艦を通航さ せることの方が、南シナ海の軍事化だと論理をすり替 えた主張を展開した。




4.北朝鮮

 最近の北朝鮮によるミサイル発射及びその実験に ついて核心的な点を述べてみたい。
 朝鮮のミサイルにはいくつか種類があるが、ムスダンは射程距離が 3200-4000 キロで、グアムまでを カバーする。米国にとっては、それが仮に核搭載だと しても(本土から離れているので)深刻な脅威ではない。テポドンIIは射程距離が 8000 キロで、北朝鮮から発射した射程がせいぜいカナダ・アラスカあたりで、これも米本土の大量破壊行為はできない。
 ところが、去る 2016 年 9 月 20 日に北朝鮮は新型 エンジンの噴射実験を行ったが、その意味するところ は深刻なものだった。それを理解していた米国は強く 反発したが、日本ではほとんど報じられることもな かった。
 この噴射実験はテポドンIIIにつながるもので(射程 距離 12000-14000 キロ)、そうなるとニューヨーク、ロサンゼルスはみな射程内に収まってしまう。しかも このミサイルにはあまり精度は必要なく(せいぜい数 キロの精度)、米国を震え上がらせる大量破壊のため に大都市上空で爆発してくれればいい。この噴射実験 は新型弾道弾開発の可能性を示唆するものであった ので、米国は非常に敏感に反応したのだった。北朝鮮 にとっては、ミサイルと核兵器と組み合わせることに よって、対米交渉実現のための非常に有利な選択肢を 得つつある。
 韓国朴槿恵政権が在韓米軍配備同意を決断した「終 末高高度防衛ミサイル」(THAAD)の X バンドレー ダーは、左右各 60 度で合計 120 度の捜査範囲を持 ち、捜査モード 1000 キロといわれ、朝鮮半島のほぼ 全域をカバーする。これによって北朝鮮は自国から発 射するミサイルはみな探知され、中には撃墜されてし まうものが生ずる。ところが日本海から発射したミサ イルは、韓国配備の THAAD レーダでは探知できない から、日本海の潜水艦から発射させれば探知されずに 韓国のわき腹を狙うことが十分可能だ。そうなれば射 程距離は 1000 キロも要らず、300-500 キロでも可 能となる。
 中国は THAAD 配備に関して強硬に批判してきた。 それは朝貢国(韓国)に対する宗主国(中国)の態度 そのものだといえる。2000 年代の韓国外交は、ほぼ 中国傾斜だったが、ここにきて米国寄りに変化する 中、中国は韓国に対する全ての不満を THAAD にかこ つけてぶつけているのである。中国の戦略核対処能力 が全くない在韓米軍への THAAD 配備に対する強硬な 反対は軍事的には意味のないことにもかかわらず、政 治的に言いがかりをつけて韓国の政権の選択(と米 国)を困らせているのだ。
 最後に北朝鮮に対する米国の姿勢を物語る事実を 紹介したい。2016 年 10 月 6 日、ネバダ州の爆撃訓 練場で戦略爆撃機 B-2A が「赤い物体」(B61 核爆弾) 2 発の投下訓練を行った。これは本物そっくりの模擬核爆弾(核抜き)であった。米空軍は、かつてこの種 の訓練を公表したことは一度もなかった。しかし今回 写真入りで公表した。
 その 1 発は地中貫通型核爆弾(B61 Mod 11)と公 表した。北朝鮮の核ミサイル(サイロや関連施設)の 多くは地下にあるので、通常のミサイルで打ち込んで もあまり破壊効果はない。北朝鮮がいかに深いところ にミサイル基地を作ったとしても、地中数十メートル に貫入しその後爆発するこの爆弾、しかもそれが核 弾頭であることから 1 発で破壊されてしまう。もう 1 発は、38 度線の北側においている、ソウルを火の海 にするという北朝鮮長距離砲兵部隊を一気に殲滅す る能力を持つ核爆弾だ。
 これらをこの時期に、シミュレーションではなく実 動訓練として行いそれを公表した米国の意図は何か。
 1994 年の核危機以来初めて、米国はオプションの 一つとして北朝鮮に対する軍事力使用を本気で考え ているということだ。期せずして米国は、北朝鮮が新 型ロケット・エンジンの噴射実験を行ったこの時期 に、弾道ミサイル・トマホークを 154 発搭載した原 子力潜水艦ペンシルベニアを通常の訓練活動時の乗 員の休養としてグアムに寄航させた。恐らく米国は、 北朝鮮をして瀬戸際で核とミサイルの国にすること を阻止しようとしたら、もうここ数年のチャンスしか ないと考えているのだろう。そこでこのような威力と 意思を北朝鮮に見せ付けることによって、北朝鮮の指 導者の冒険主義を抑止することを考えた。おそらく米 国のこの態度に最も敏感に反応したのが北朝鮮指導 部であったのではないか。これが最近の冷徹な現状分析である。

(本稿は、2016年12月9日に開催した「21世紀ビジョンの会」における発題を整理してまとめたものである。)

(平和政策研究所 『IPPメールマガジンNo.10』から転載)