新国軍における統帥に関する一考察(5)

M. G 生
まえがき
本論は、改正した新憲法下天皇を形式的最高指揮官とし、実質的には内閣総理大臣が指揮権を行使する「新国軍における統帥」について考察したものであり、現憲法下における自衛隊の現状とは関係ない。

1 日本とはどんな国なのか
(1)日本の国柄と国体
(2)なぜ天皇が我が国の元首でなければならないのか
(3)主要国が統帥権を国家元首に委ねている理由
2 統帥権とは
(1)統帥権と最高指揮権
(2)国家元首と統帥権
(3)主要国が統帥権を国家元首に委ねている理由
3 まとめ
あとがき



2 統帥権とは
(1)統帥権と最高指揮権
 統帥なる語を「現代用語の基礎知識」で引くと、掲載されていない。広辞苑では「軍隊を統べ、率いること」と記述されている。現在の日本においては、軍隊なるものは存在せず、ほとんど死語に近い。即ち自衛隊に関して統帥権なる用語は存在しない。
 従って、統帥権とは、大日本帝国憲法下における軍隊を指揮監督する最高の権限(最高指揮権)を意味として限定的に使用される。即ち、大日本憲法第11条が定めていた天皇大権の一つで、陸海軍への統帥の権能を指す。大日本帝国憲法第11条「天皇は陸海軍を統帥す」とあるように、天皇は大元帥として軍に対して、絶対的権力を持っていたように見えるが、実体は、既述してきたとおり、国務大臣、または統帥部の輔弼がなければ、大権を行使できず、その権限は極めて制約されたものであった。
 統帥権の内容は陸海軍の組織と編制などの制度、人事と職務の決定、出兵と撤兵の命令、戦略の決定、軍事作戦の立案や指揮命令などの権限である。これらは陸軍では陸軍大臣と参謀総長に、海軍では、海軍大臣と軍令部総長に委託され、各大臣は軍政権を、参謀総長・軍令部総長は軍令権を担った。明治憲法下天皇の機能は特に規定がなければ、国務大臣が輔弼することとなっていたが、軍令については国務大臣ではなく、統帥部(参謀総長、軍令部総長)が輔弼することとされていた(帷幄上奏)
 この帷幄上奏が統帥権独立となり統帥権干犯事件等を引き起こし、軍部の暴走を招く一因となったといわれている。この帷幄上奏は大日本帝国憲法制定前から実施されており、慣習法として国務大臣の所掌範囲以外とされた。これについては、憲法違反であり、法律により廃止すべきとする意見もあった。また、古くは楠正成が軍事に無知な公家によって作戦を妨げられ、湊川で戦死したことや、政治家が、統帥権を握ることにより、幕府政治が再興される可能性、政党政治で軍が党利党略に利用される恐れもあった故とされている。
 複雑な様相、高度の政治的判断を要する現代の軍事行動は高いレベルの軍事と政治の吻合が求められ、政治的配慮をさほどせず、軍事的合理性のみを追求しがちな帷幄上奏は現代においては非現実的である。他方ベトナム戦争で米軍が敗退したのは、ホワイトハウスが作戦の細部まで指示し、軍事的合理性にもとる作戦指揮をし、且つ迅速、適切な作戦指揮の実施に多大の悪影響を与えたことによるといわれている。これの教訓を得て、第1次湾岸戦争ではワシントンは現地のシュワルツコフ司令官の裁量に原則口を挟まない方針を堅持したといわれている。シビリアンコントロールを求めるならば、政治家に高いレベルの軍事的思考力及び判断力が要求される。特に軍事経験の全くない政治家がほとんどである我が国において、如何にこの問題に対処するか大きな課題である。この意味においてNSCが設置され、自衛官と政府が侃々諤々の意見を交わす場が設定されたことは一つの進歩である。
 他方、統帥権という言葉の代わりに、国家において、その国の軍隊を指揮監督する最高の権限を有する最高指揮官が有する権限を一般的に「最高指揮権」と呼称されている。これは統帥権と同義語である。しかし統帥権という言葉のひびきには単なる最高指揮権ではなく、その背後にある神々しさ、さらには権力でなく自ら指揮下に入りたくなるような権威も含まれているように感じられる。

(2)国家元首と統帥権
「兵は国の大事、軽んずるべからず」のとおり、だれが統帥権を持つか、即ち軍の最高指揮官をどのように規定するかは、その国の政軍関係の基本となる。国土の保全と国民の生命財産を護ることは、国家の最も重要な責務である。国家の長としてこれを対外的に代表する機関である元首は、当然国防の最高責任を持つと考えられる。したがって元首が最高指揮官とされている国が多いが例外もある。
 主要各国の統帥権と政府の輔弼は次のとおり。

ア 米国
 大統領はアメリカ合衆国軍の最高司令官としての指揮権を持つ。すなわち文民統制のもとに、最高司令官である米国大統領が米軍を統帥する。文民である国防長官が大統領の補佐官として国防省を総括する。安全保障問題に関する最高諮問機関である国家安全保障会議が設置されており、ここで大統領の意志決定を支援するための助言等を行う。この会議には大統領、副大統領、国務長官、国防長官、CIA長官、統合参謀本部議長、安全保障問題特別補佐官が出席する。国防長官の下に統合参謀本部が設置されており、これは大統領、国家安全保障会議、国防長官の軍事顧問と位置付けられ、具体的な軍事作戦計画の企画などは統合参謀本部議長と副議長、陸、海、空参謀長等及び海兵隊総司令官が実施する。米国の作戦部隊は、統合軍に編成されて、運用される。
 このような編制になっている理由は、今後の戦争では、個別に作戦行動するのではなく、統合運用することの重要性が認識されたからである。他方大統領はすべてに権力を持っているのではなく、一部は其の権限が制約されている。宣戦布告は議会の権限であり、軍隊を募集し、編成することも議会の権限である。しかし、今日では、議会による宣戦布告を悠長に待っていては先制攻撃が、不可能になってしまったり、逆に敵から先制攻撃を受けてしまう可能性があるため、大統領は大統領の指揮権を根拠に宣戦布告なしで戦争を開始できることが慣例的に定着している。これに対し議会はベトナム戦争におけるなし崩し的な拡大に対する反省から、戦争権限法を定めて、大統領の指揮権に一定の制約を設けている。

イ 英国
 成文憲法がなく、不定法、慣習法である英国の憲法では、国王が国家元首である。「マグナカルタ大憲章」は歴史的なものではなく、現代も脈々として有効である。国王もコモンローの下にあり、古来の慣習を尊重する義務があり、権限を制限される。国王の実体的権力を民衆との契約、法で縛り、権力の行使には適切な手続きを要するといった点は現代に続く「法の支配」に基づく保守主義の原型となったものである。したがって、名目上の権限すなわち国王大権を行使する場合は首相の助言が必要とされている。
 このことは最高指揮権にも適用される。英国軍は一般的には女王陛下の英軍と呼ばれる。現在エリベサス2世は、イギリス女王として、最高指揮権を持っている。しかし最高指揮権は慣習上、首相の助言に従い行使されるので、象徴的で名目上のものとなっている。したがって、事実上の最高指揮権は首相にある。即ち精神的最高指揮権は国王にあり、法的最高指揮権が首相によって行使されることを十分に承知の上で、国王の意志、権威に従うことと、国民.兵士は理解している。また英国国王は軍人国王ではなく、前述したように象徴的統帥権者として君臨するのみであり、軍事作戦に関わることはない。
 したがって、即位の式典や記念行事に階級章を付して軍服を着用するが、軍人として服務することはない。他方国王の大権についてジョン・ロック(1632~1704)は「立法者が共同社会に役立つことを全て予見したり、法によってそれに備えることはできないから、共同社会の利益のために、そしてまた統治の信託とその目的にふさわしく使用される限り、法の指図を待たずに、また時としてそれに背いても、自分の分別に従って行動できるのは、国王の大権であり、疑問をさしはさむ余地はない」。即ちロックは名誉革命に基づく立憲君主制を指示しており、いざという場合、超法規的な国王の分別に従った行動が許されるとしている。

ウ オーストラリア
 連邦憲法第68条により、陸海軍の統帥権は女王陛下の代表者である総督に属すると規定されている。これには二通りの憲法解釈が議論されてきた。一つは総督には最高司令官としての独自的な指揮権が認められているというものであり、もう一つは憲法上の指揮権は現在のイギリス女王のように実質的な指揮権を示すものではないというものである。1975年に国防法が制定され、指揮権は統合参謀長が持っていると明確に定められた。但し政軍関係における文民統制を保持するために国防次官が統合参謀長と協同して軍隊の軍事行政を掌握し、国防大臣は国防軍の軍令と軍政の両方を一元的に管理する位置付けとなった。
 したがって、国防大臣の指示に従って、統合参謀長は作戦部隊を指揮するものであるというのが、現在の通説である。首相の権限については、そもそもオーストラリアに基本政治制度は憲法慣行によって、機能している。例えば憲法内には首相はおろか、議院内閣制に関する記述すらないにもかかわらず、実際に下院の多数党が政権につくという議員内閣制が採用されている。したがって、首相の権限は国防上明確ではないが、実際の国防政策の運用では、例えば、第2次世界大戦において、戦時内閣が設置され、首相、国防大臣、国防次官を含む文官、参謀長を含む武官から構成された。この戦時内閣の決定に沿って、参謀長が各部隊に対して指揮権を行使した。そして総督の権限は一般的には、儀礼的なものに過ぎない。他方事実上の国家元首である総督は、象徴的な意味では重要なものであり、モラル面では強力なリーダーシップを発揮しうるし、それが期待される役職である。
 いずれにしても統帥権は女王の代理者である総督にあるが、それは指揮権を伴うものではなく象徴的なものである。

エ カナダ
 憲法上、カナダ軍における最高の指揮権者はカナダ国王である英国女王であるが、通常は其の代理であるカナダ総督が代行している。実際には最高司令官の職務は象徴的、儀礼的なものであり、実際の指揮権は、カナダ内閣が保持している。

オ ドイツ
 ドイツ連邦軍の部隊を指揮する権限は、我が国の憲法に相当する「基本法」の規定にとって、平時においては国防大臣に与えられている。但し、連邦議会が「防衛事態」が確定し、大統領によってそれが告示された場合、連邦首相に移転する。
 この場合でもNATOに差し出した部隊に関わる指揮権の行使は、編成、訓練、後方支援に限定され、所謂軍令上の権限はない。元首たる大統領は士官、下士官の任免権を持つのみである。

カ スエーデン
 1974年にスエーデン憲法が改正され、スエーデン国王は法令上の最高指揮権を失った。最高指揮権は参謀総長たる軍人にある。国王は軍の最高指揮官ではないが、軍の儀式には国家元首として出席する。

キ 中国
 国家元首である国家主席は宣戦布告と動員令発布以外は規定がない。国家中央軍事委員会は「全国の武装力量を領導する」として、人民解放軍はもとよりすべての軍事力を指導すると明示されており、人民解放軍の最高指揮権は中国共産党中央軍事委員会にある。中央軍事委員会主席は党総書記であり、国家主席と同一人物である。したがって、国家元首が、統帥権を持つといえる。

ク 日本
 我国においては憲法上国家元首が必ずしも明確でなく、且つ諸搬の理由により、自衛隊の最高指揮官は内閣総理大臣とされている。天皇は自衛隊とは原則かかわりを持たないこととされている。

(続く)