新国軍における統帥に関する一考察(7)

M. G 生
まえがき
本論は、改正した新憲法下天皇を形式的最高指揮官とし、実質的には内閣総理大臣が指揮権を行使する「新国軍における統帥」について考察したものであり、現憲法下における自衛隊の現状とは関係ない。

1 日本とはどんな国なのか
(1)日本の国柄と国体
(2)なぜ天皇が我が国の元首でなければならないのか
(3)主要国が統帥権を国家元首に委ねている理由
2 統帥権とは
(1)統帥権と最高指揮権
(2)国家元首と統帥権
(3)主要国が統帥権を国家元首に委ねている理由
3 まとめ
あとがき



3 まとめ
 我が国民は、幽玄の彼方の有史開始以来、万系一世の天皇を紐帯の中心としてこの世に存在してきた。今後もこの天皇制を維持することにより、我が国、民族は興隆する機会に恵まれる。しかし万一天皇制が廃止されるようなことが生起したならば、我が国及び国民は精神的な後ろ盾を失い、漂流をし、やがては亡国の運命をたどることとなろう。この点で、先の大戦後、当時の為政者が国体の維持に文字通り体を張って尽力され、何とか天皇制を維持されたことに対し、心から感謝の念をささげたい。
 まえがきでも述べたように、我が国を巡る安全保障環境は年々その厳しさを増している。
 このような状況の中、我が国の生存と繁栄を維持し、国民の生命財産を護るためには、国力を充実し、抑止力を高めることである。国力の主力は政治力、経済力及び軍事力である。
 軍事力については、近隣諸国の軍事力の増強が目覚ましいなか、我が国も万一抑止が功を奏さず、これら近隣諸国が我が国に対して軍事行動を仕掛けて来たとき、これを排除する軍事力を持つ必要がある。そのためには、高性能な艦艇・航空機及び装備武器等のハード面の能力を整備し、サイバー戦や情報戦にも十分対抗できるソフト面の能力及び後方支援体制並びに継戦能力を充実させることは自明の理である。しかし忘れてはならないのは、戦う国軍兵士及び国民一般の国を守る決意と団結心である。とりわけ国軍兵士の、国を守るためには国に殉じてもいささかも悔いはないとする気持が枢要である。この気持が国軍全般に充実していれば、精強な国軍になるが、この気持が欠落していれば、それは仏作って魂入れずの敗残軍となるであろう。
 作戦要務令は、「軍の主とするところは戦闘なり、ゆえに百事皆戦闘を以て基準とすべし。而して戦闘一般の目的は、敵を圧倒殲滅し、迅速に戦捷を獲得するにあり」と謳(うた)っている。
 国軍の関連する業務を考える場合、すべて苛烈な戦闘場面に、役立つものかを基準にしなければならない。災害派遣で整斉粛々として成果を上げたから、それでよしと安心していたら、取り返しのつかないことになる。戦いは苛烈であり、情勢は千変万化、刻々と変わる。戦闘には想定外は許されない。その意味で必勝の信念堅く軍紀厳正にして、愛国心充満している国軍を育成しなければならない。そのためには、繰り返し述べて来たように、国の為、己の生命をたとえ犠牲にしても悔いがないとする、精神的後ろ盾が必要である。そのためには、新憲法において、有史以来国民とともに、我が国の安寧に尽力されてきた、天皇に軍の最高指揮官として精神的後ろ盾となっていただくのが、我が国が今後もこの世に存在するために至当であると信じる。
 今迄いろいろと論じてきたが、結論として、統帥権に関連して新憲法に記載しなければならない事項は次の通りである。
② 天皇は国家元首である。
③ 我が国の平和と独立を守るために国軍を保有する。
④ 天皇は国軍の最高指揮権を持ち統帥する。
⑤ 内閣総理大臣は、内閣を代表して国軍の最高指揮権を行使する。
 また、大日本帝国憲法の下では天皇は大元帥として帝国陸海軍の最高指揮官であったが、第55条の趣旨からすれば、直接指揮を執るかのような立場にあるべきではなかったといえよう。即ち「大日本帝国憲法 第55条 ①国務各大臣は天皇を輔弼し其の責に任す ②凡て法律勅令其の他国務に関る詔勅は国務大臣の副署を要す」の考えは新しい憲法にも取り入れられ、且つ国軍の統帥を含む全ての国務を対象としなければならない。


あとがき
 イギリスが編み出し、改正を加えてきた立憲君主制、議員内閣制及び政軍関係はつまるところ紛争に勝利するために洗練され、展開されてきた。即ち英国軍の名目上の最高指揮権は英国の君主(現在はエリベサス2世)にあるが、その行使は首相の助言通りとすることになっており、事実上の指揮権は首相にある。一般的に憲法は国の生存と繁栄、国民の生命及び財産を護るために存在し、万一武力紛争が生起した場合、憲法はこれの排除に貢献するものでなければならない。これがイギリス憲法の神髄である。武力紛争に勝利できないような憲法は国民を不幸にするばかりか、国家そのものを滅亡に導く。現在の日本国憲法下での戦いは極めて厳しいものがある。周知のように東シナ海の尖閣諸島周辺の領海及び接続水域への毎日のような中国公船の侵入、北朝鮮の不穏な動き、我が国の生命線といえる中東からのシーレーンが存在する南シナ海での中国の軍事基地建設及び軍事行動等我が国を巡る安全保障環境は極めて厳しい状況にある。まさに国難来る状況にある。アメリカの主要紙は米国の中国軍事戦略研究では第一級の権威であるとされるハドソン研究所のマイケル・ビルズベリー氏の「100年のマラソン」という書籍が紹介され大きな反響を呼んでいると伝えている。これによれば、中国は「平和的台頭」や「中国の夢」という偽装めいたスローガンの陰で、実は建国から2049年を目標に経済、政治、軍事の各面で米国を完全に追い抜く超大国となり、中国が覇権を確立しようとしている。米国は今まで中国を「欧米や日本の犠牲になった貧しい弱い国」との認識から始まり、「建設的関与」により中国を最大限に支援し、根幹を強くすれば、国際社会への参加や協力を強め、西側に同調すると考えてきたが、それは全くの幻想であった」と強調している。その上で、「中国指導部は米国の主導と関与の誘いに従うふりをしながら、国力を強めて米国の覇権を奪い中国主導の国際秩序を築く長期戦略を毛沢東からの建国100年にあたる2049年までの長期戦略を「100年のマラソン」として進めている。
 その世界制覇への野望の主要手段として、「現在の日本は戦前の軍国主義の復活を真剣に意図する危険な存在」として日本悪玉論を展開して、反日工作を展開し、日米関係に楔(くさび)を打ち込もうとしているとし、「日本の総理の靖国参拝は中国への再度の侵略のための精神的総動員である」などと糾弾している。このような論評は我が国に於いては、産経新聞、桜井よし子氏ら多くのマスコミがかねてから警告しているところであるが、ようやくにして米国も中国への幻想から目が覚めつつあるようである。
 このような中国のすざまじい覇権主義戦略及びその実行への警告にもかかわらず、政府自民党、次世代の党及び維新の党の一部及び一部のマスコミを除いて、相変わらず中国に幻想を抱き、平和ボケの状況が日本列島を覆っている。自民党の船田元憲法改正推進本部長は、「国防軍という名前は行き過ぎな感じがする。私は自衛隊のままでいいと思っている」とか「憲法9条の改正は環境権等の後」と発言しており、暗澹(たん)たる気持ちにさせられる。
 中国の2015年の国防予算は過去最高の約17兆円になる見通しで、米国の1/4、日本の約3.4倍、その伸び率は5年連続の10%を超える。いまや世界第2の堂々たる軍事大国である。基本的に警察組織であり、何をするにしても法律の範囲内でしか行動できない自衛隊が、究極的には無制限に行動しうる軍隊である人民解放軍と不幸にして戦火を交えた場合、極めて難しい戦いになることは赤子でもわかる。政治家は軍事の何たるか、及び憲法の究極目的がなんであるか理解して欲しいものである。最高指揮官に天皇を戴き、力強い政治優先(シビリアンコントロール)の下これを総理が行使し、装備の面でも、精神的な面でも、後方支援体制の面でも、サイバー情報戦等の面でも精強な国軍を建設して中国の覇権戦略を抑止し、不幸にして抑止に失敗したならば、これを排除し得る憲法を早急に改正・制定しなければならない。 (了)


(参考文献)
象徴天皇制への誤解と立憲君主制の本質           倉山満
天皇は本当に主権者から象徴に転落したのか         竹田恒康
統帥権奉還  安倍首相は聖上に兵馬の権を御返しせよ    折本龍則
国民の歴史                        西尾幹二
帝國憲法の真実                      倉山満
改正日本国憲法                      田村重信
産経新聞憲法改正要綱
自民党憲法改正草案
民主党創憲案
読売新聞憲法改正2004年試案