横須賀に海軍博物館“三笠ミュージアム”を!
―日本海海戦110周年、横須賀製鉄所150周年に想う―

元横須賀市民  山田 道雄

はじめに~現代における「三笠」の意義
 今年は、5月27日の「日本海海戦記念式典」に数年ぶりに参加することができた。今回は日本海海戦110周年ということで、式典のほか演奏会や講演も行われ盛大だった。
 式典挨拶の中で三笠保存会会長増田信行氏は、「幕末には、既に清国から沿海州を獲得し、南下の機会をうかがっていたロシアは、朝鮮半島にも露骨な触手を伸ばして来たことから、このままでは朝鮮半島を支配され、清国と同じ命運を辿ると危機感を抱いた日本は、我が国の主権を守るため、海洋国家英国と同盟を結び、大国ロシアと戦う決断をした。(中略)国民一人一人がそれぞれの分野で死力を尽くし、大きな負担にも耐え、文字どおり挙国一致で日露戦争を戦い抜いた。そして、その勝利に至る象徴的な出来事が、明治38(1905)年5月27日 の日本海海戦の大勝利だった」と述べた。
 続いて海上自衛隊・米国海軍・英国海軍の代表からの祝辞が寄せられたが、内容は、時代、国境を超えて、日本海海戦の大勝利に寄与した東郷元帥以下帝国海軍将兵のプロフェッショナリズムに対する、同じ海上武人として尊敬の念にあふれたものだった。
 あの時代、迫りくる欧米、ロシア等列強の植民地主義からいかに日本という国を守り、近代化や産業化を図っていくのが最大の課題であった。安倍総理が戦後70年談話で言及したとおり、「その危機感が、日本にとって近代化の原動力となった」ことは間違いなく、また「日露戦争は植民地支配のもとにあったアジアやアフリカを勇気づけた」ことも事実である。

旧軍港・基地横須賀の歴史的物語性~日本の開国・近代化から戦後復興まで
 三笠艦上で行われるこの式典に参加していつも思うことは、日本海海戦で旗艦任務を務めた記念艦三笠があり、万国海軍認めるところの高度なプロフェッショナリズムを培った横須賀に、呉の“大和ミュージアム”に匹敵する総合的海軍博物館が何故ないのだろうという、疑問である。
 呉の“大和ミュージアム”は開館して今年10年を迎えるが、去る5月に来館者数の累計が1000万人を超えるという異例の盛況ぶりである。“大和ミュージアム”は、当初は県立の造船技術博物館の構想であったが、紆余曲折を経て、高い技術を生み出した背景(海軍を中心とする呉の歴史)と、技術がもたらしたもの(平和の尊さ)を明らかにすることを大きな柱とする、歴史文化系の博物館という方向に傾いていったという。
 元呉市長小笠原臣也氏は、「博物館には物語性がなければ人は集まらない、見に来ない」という。たしかに呉には「物語」がある。軍港呉は、そもそも「日本」を象徴する戦艦「大和」建造の地であり、帝国日本の終焉にさきがけて「大和」は特攻出撃するが、その造船をはじめとする各種技術は、新生日本の復興、経済・工業大国化に寄与したというストーリーだ。
 横須賀にも物語性はあるのか。鎖国政策をとっていた日本が、幕末の列強の艦船来航や開国要求により海防体制の強化に目覚め、ペルーの浦賀来航を機に遂に開国する。明治維新後の日本は、富国強兵という国策のもと近代化・国産化を急ぎ、日清・日露の戦役を経て列強に仲間入りをする。その過程において果たした明治海軍の役割は、まさに日本海海戦とその旗艦三笠に象徴される。
 明治17年横浜から横須賀に海軍鎮守府が移設され、軍港の建設、海軍の拡張・充実に伴いさまざまな施設が建設される。徳川幕府時代、フランスからヴェルニー以下の技術者を招いて建設された横須賀製鉄所は、海軍の造船所・海軍工廠として軍艦の国産化に邁進する。戦後は、一部民間造船所に払い下げられるが、現在も米海軍修理施設として使用されている。
 また、近代化された軍艦や兵器の取り扱いには高練度の将兵が不可欠であるが、それら航海、機関、砲術等各種「術科」の教育機関(術科学校)が相継いで横須賀地区に創設される。潜水艦を除く艦艇のすべての術科学校が集中し、日本海軍将兵のプロフェッショナリズムは横須賀において実現されたといっても過言ではない。海軍将兵の多くは、必ず一度は教育を受ける横須賀に集まり、横須賀から全国に赴任して行った。このような横須賀をして、田中宏己防大名誉教授は「海軍のマザーランド」と呼んだが、文字どおり海軍がプロ化する母体であったのである。
 大正時代、軍艦にとって代わるべく登場してきたのが航空機だが、これに真っ先に取り組んだのが横須賀である。陸軍の所沢と並んで横須賀の追浜地区がその中心として重要な役割を果たし、初めて海軍航空隊、海軍航空技術廠等が設置され、新型航空機の研究開発分野で牽引的役割を果たす。太平洋戦争の開戦時、破竹の連勝をもたらした海軍航空隊のパイロットを養成したのは横鎮隷下の追浜航空隊及び霞ケ浦航空隊であり、航空分野の教育も横須賀の独壇場であった。
 太平洋戦争後、海軍の後継組織として海上自衛隊が発足し、「米海軍に学ぶ」という大方針の下、米海軍による基幹要員の訓練や艦艇の貸与が行われ、旧海軍施設を活用して幹部学校・術科学校等教育機関のすべてが横須賀で創設され、横須賀は再びマザーランドの役割を果たす。また、現在も旧横須賀軍港の主要施設は在日米海軍基地として使用されており、「基地横須賀」は日米安保上の要衝としての役割を担っている。
 「軍港横須賀」には、古くは江戸時代の海防拠点としての浦賀奉行所はじめ、明治以降の「海軍文明」に係る遺跡・遺構が市内随所にあり、軍港を東京湾要塞地帯に含めて防備に当たった陸軍関連の遺跡・遺構も多い。太平洋戦争後、米軍の進駐や軍港都市転換法による民間企業等の進出により大きく変貌したが、旧海軍工廠・海軍航空技術廠施設のようにほぼ原形のまま現在も使用されているものもあり、無尽蔵の「物語」に発展する可能性が秘められている。
 余談ながら、鎮守府開庁の翌年開業し、多くの海軍軍人に海軍料亭として愛された料亭「小松」は今夏開業130周年を迎えたが、「小松」もまた海軍・横須賀とともに歩みを重ねてきたのである。

海防・海軍関係遺跡群と“三笠ミュージアム”構想
 博物館の命は、その収蔵、展示する史料であり、それによって博物館の価値が決まるといわれる。横須賀市が「新横須賀市史」編纂事業の一環として資料調査を行ったところ、戦災にあった呉や佐世保に比べ、はるかに多い資料の存在が確認された。また、戦後進駐し横須賀に基地を置いた在日米海軍関係の貴重な資料も相当数収集された。
 今年は横須賀製鉄所創設150周年に当たることから、横須賀市では「記念イヤー」として多彩なイベントが計画されている。横須賀市自然・人文博物館には約千点の横須賀製鉄所等の貴重な資料が収蔵され、ヴェルニー記念館も建設されているが、製鉄所の造船技術監督だったティボディエ邸の再建についても、今後の在り方が模索されている。
 また、海上自衛隊の第2術科学校には、戦後の海自創設時の資料も含め数千点もの海軍関係史料が収蔵されている。
 呉では博物館の物語性の象徴的展示品として、巨費を投じて10分の1戦艦「大和」を製造したが、横須賀にはすでに記念艦「三笠」という我が国唯一の実物展示品がある。世界の三大記念艦の1つとして、三笠は最近若年層を含めて年間来艦者総数20万人を数え、展示内容も年々充実してきている。しかし、古くて狭い艦内での収蔵能力は十分ではなく、展示スペースにも限度があり、保有する約2千点の資料の中にはいまだ眠ったままのものも多数あると聞く。
 こうした資料を1ヶ所に集約すれば保存と利用に役立つだけでなく、質の高い博物館の実現にも大きく貢献することになろう。三笠の実艦展示を中核として、その付近(例えば市立三笠公園内)に市内に点在する海防・海軍遺跡群(米海軍・海自関係分も含む)を整理統合して横須賀軍港物語を構成し、説明・展示する体制が出来れば、英国の記念艦「ヴィクトリー」号と海軍博物館との関係のような理想的なものになろう。

おわりに~財源確保等の問題
 この種事業の実現には、建設費等相当額の財源の確保が大きな問題となる。呉市の場合と同様、事業の推進は横須賀市が中心となっても、本来は国が担うべき性格のものであり、財源も補助金・助成金等の形で国が相応の負担をするのが筋である。(大和ミュージアムの市の負担は約45%)
 因みに、文部科学省(文化庁)は、ここ数年地方創生に資する予算事業として「日本遺産魅力発信推進事業」を計画している。人口減少傾向著しい横須賀市の地域活性化にも繋がり、まさに本事業はこの趣旨に沿うものであり、横須賀市には、地方創生法に基づく「地方版総合戦略」への反映も念頭に、早急かつ本格的な「軍港資料館」の基本構想・調査研究への着手が望まれる。
 この際、呉市民の任意団体「大和を語る会」が中心となり、毎年シンポジュウムを行う等広く全国の政財界・学界に呼びかけて“大和ミュージアム”を推進した事例が参考となろう。「開国史研究会」や「横須賀に軍港資料館を作る市民の会」が活発に研究会を開催したり、「陸奥の会」のような戦艦陸奥の主砲の横須賀里帰り事業の実現に向けた活動を担うグループがあり、横須賀市にも本事業を推進する潜在力がある。
 平成26年12月、横須賀市議会に設置した(仮称)軍港資料館等検討委員会が、最終報告書をまとめた。その提言の方向性を踏まえ、横須賀市内に旧海軍、米海軍、海上自衛隊と横須賀市(旧軍港)とのかかわりを対象とした横須賀海軍(軍港)遺跡群・博物館“三笠ミュージアム”を整備する事業が実現されることを、かつてお世話になった元市民の一人として提案したい。(了)

参考資料:「小笠原臣也回顧録 私の人生公路」(広島大学文書館編)
     「新横須賀市史 別編軍事」(横須賀市)
     「海軍のマザーランド 横須賀」(田中宏己講演メモ)
     「市長施政方針(27.2.17)」(横須賀市公式HP)
     「(仮称)軍港資料館等検討委員会・最終報告(26.12.8)」((仮称)軍港資料館等検討委員会)

三笠公園全景(ウキペディアから)

110年目に翻る三笠艦上のZ旗(2015.5.27)


日本海海戦110周年記念式典(2015.5.27)

ペリー提督上陸記念碑(久里浜)


ヴェルニー公園内のヴェルニー・小栗像(横須賀駅前)

ヴェルニー公園内の日本海軍の碑(横須賀駅前)