第三話 大東亜戦争間に独立を果たした国・・これをどう評価すべきか?

山下 輝男


 大東亜戦争が聖戦であったかどうかは、論の別れる所ではあるが、戦争目的の一つが、アジア諸国の欧米植民地からの解放であったのは第二話の通りである。
 然らば、日本が進出した東南アジア戦域における実態はどうだったのか?日本軍は、欧米に代わる植民地占領軍であったのか、それとも解放軍として独立の支援を行ったのか?
 当時、アジアにおける実質的な独立国家はタイ王国のみであり、他は米英蘭仏の領土・植民地・保護国・属領であった。

① ビルマ
 大本営陸軍部は、直属の特務機関「南機関」を設立して、ビルマ独立運動家を訓練し、武装蜂起を計画した。S16年12月、アウン・サンとその同志は南機関の支援を得てビルマ独立義勇軍を創設し、日本軍とビルマ独立義勇軍はラングーンを陥れた。日本軍は、那須大佐を長とする軍政部を設置した。1942(S17)年8月には、バー・モウを首班とするビルマ中央行政府が設立され、翌年8月ビルマ王国が独立、日本は直ちに承認した。


② フィリピン
「フィリピン第二共和国」(ラウレル大統領)が成立(S18年10月14日)し、日本の軍政は終了した。


③「自由インド仮政府」(首班チャンドラ・ボース)が樹立(S18年10月21日)

④「ベトナム帝国」(皇帝バオ・ダイ)が独立(S20年3月9日)

⑤引き続き、「ラオス王国」が独立(S20年4月8日)

⑥「インドネシア」(スカルノ大統領)が独立を宣言(S20年8月17日)

⑦1945(S20)年、9月2日にはベトナム共和国が独立を宣言している。


 日本は大東亜省を1942(S17)年11月1日に創設、所謂大東亜諸国を別格として分離、日本の対アジア・太平洋地域政策を担わせる構想であった。
 1943(S18)年11月6日大東亜会議を東京で開催し、日本、中華民国(汪兆銘行政院長)、満州国(張景恵総理)、比(ホセ・ラウレル大統領)、ビルマ(バー・モウ総理)、タイ(ワンワイタヤーコーン親王)、インド(チャンドラ・ボース氏)が参加した。大東亜宣言を採択し、発表された。


(大東亜会議 Wikipediaから)

 1945(S20)年8月15日、日本は終戦の諸勅が発せられた。
 注目すべきは、終戦詔勅の次の部分だ。
「(略) 朕は帝国と共に終始し東亜の解放に協力せる諸盟邦に対し、遺憾の意を表せざるを得ず。(以下略)」
 斯様に、アジア諸国の開放が不十分であったことを陳謝しているのである。
 以上の事実を見ても、日本が真剣にアジア解放に尽力したのは明らかである。偽善でもない、見せ掛けでもないと考えるべきだろう。
 例え、不十分であったとしても、結果的に相当の国家が植民地から解放され独立を果たした意義は大きいと云わねばならない。

(第三話 了)