第六話 通州事件

山下 輝男


 通州事件とは、盧溝橋事件から幾何も経たない1937年(昭和12年)7月29日に中国の通州において冀東(きとう)防共自治政府保安隊(中国人部隊)が日本軍部隊・特務機関及び日本人居留民を襲撃し、大量虐殺した事件である。
① 事件の概要
 盧溝橋事件の約 3 週間後(昭和 12 年 7 月 29 日)、冀東(きとう)防共自治政 府(日本の傀儡政権)保安隊千数百名が、日本軍留守部隊約 110 名と婦女子を含む日本人居留民約 400 名を襲撃し、約 230 名が虐殺された。偶々というか、通州駐屯の日本軍主力が南苑攻撃の為に町を離れていた、その隙を狙っての計画的な襲撃であった。
 事件の原因として、日本軍機が通州の保安隊兵舎を誤爆したことに対する報復である との説が一般的であったが、近年は叛乱首謀者である帳慶餘(第一総隊長)の回想記に より中国第 29 軍との間に密約があり、且つ通州特務機関長を欺き、居留民保護と称して 通州城内に集合させ城門を閉めて暴虐の限りを尽くしたとの説が有力になっている。
(写真は余りにも惨たらしいので省略)


② 非戦闘員に対する鬼畜の所業(地獄絵図)
 東京裁判において、弁護団は、通州事件を提訴しようとしたが、その申し出はウェッブ裁判長によって却下された。通州事件の目撃者(菅嶋連隊長、桂歩兵中隊長代理、桜井小隊長)による口述書は受理された。その残虐な所業の一端を記す。
● 一家ことごとく首と両手を切断
● 強姦、裸体で陰部露出のまま刺射殺、陰部に銃剣突刺や箒の押しこみ
● 数珠繋ぎにされ、手足を縛られた儘強姦、斬首
● 男は目玉をくりぬかれ、上半身は、蜂の巣状
● 路上放置された屍体 腹部の骨露出、内臓散乱
● 鼻部に針金を通された子供や片腕を切られた老婆、腹部を銃剣で刺された妊婦
● 池に、首を縄で縛り両手を併せて八番線を貫通させ一家六名数珠繋ぎの死体

 と言うような余りにも残虐でとても人間のなせる所業ではない。鬼畜以下である。 支那には伝統的に、この様なおぞましい殺し方があるようだ。中国のスケールの大きい歴史小説には、ロマンを覚えるが、彼らの残虐性にはとてもついていけない。彼らの性向は、近現代においても変わらぬようだ。農耕民族たる我等と根本的に異なるようだ。日本人に対する憎しみや恨みが大きかったとは言え、ここまで出来るものではない。明らかな戦争犯罪であり、断罪されて然るべきだ。


③ 通州事件の解決
 南京戦終了間もない昭和 12 年(1937)12 月 24 日、冀東政府と日本政府の間で、中国側の正式陳謝と将来の再発防止を保障し、被害者に対する弔意賠償金を支払うこと及び 犠牲者の慰霊塔建立の敷地提供で決着が図られた。平成 13 年 8 月 24 日付の北京日報によれば、通州事件の慰霊碑と見られる石碑が発見されたようである。


④ 影響
 通州事件は日本を逆上させ、暴支膺懲を加速し増幅させた。報復を恐れた在日華僑の多くは、帰国したという。


(第六話 了)