第八話 マ元帥の議会証言

山下 輝男


 朝鮮戦争の最中、ハリー・トルーマン大統領に連合国軍総司令官を解任されたマッカーサー元帥は、1951(S26)年5月3日に、アメリカ上院軍事・外交合同委員会の聴聞会に召喚された。主な議題は「マッカーサーの解任の是非」と「極東の軍事情勢」についてであるが、日本についての質疑も行われ、元帥は特筆すべき証言をした。

 質問者より、朝鮮戦争における中華人民共和国(赤化中国)に対しての海空封鎖戦略についての意見を問われ、太平洋戦争での経験を交えながら答えた証言中に以下の部分がある。
 『・・日本は産品がほとんど何もありません、蚕を除いて。日本には綿がない、羊毛がない、石油製品がない、スズがない、ゴムがない、その他多くの物がない、が、その全てがアジア地域にはあった。日本は恐れていました。もし、それらの供給が断ち切られたら、日本では1000万人から1200万人の失業者が生じる。それゆえ、日本が戦争に突入した目的は、主として安全保障(security)によるものでした。原材料、すなわち、日本の製造業に必要な原材料、これを提供する国々である、マレー、インドネシア、フィリピンなどは、事前準備と奇襲の優位により日本が占領していました。日本の一般的な戦略方針は、太平洋上の島々を外郭陣地として確保し、我々がその全てを奪い返すには多大の損失が生じると思わせることによって、日本が占領地から原材料を確保することを我々に黙認させる、というものでした。これに対して、我々は全く新規の戦略を編み出しました。日本軍がある陣地を保持していても、我々はこれを飛び越していきました。我々は日本軍の背後へと忍び寄り、忍び寄り、忍び寄り、常に日本とそれらの国々、占領地を結ぶ補給線に接近しました。』

 質問者の意図に明確に応えてはいないが、証言通りならば、日本は侵略ではなく、自衛のために戦争したことになる。これは「侵略国家・日本を打ち負かした正義の戦争」という先の大戦の前提を根底から覆すどころか、東京裁判(極東国際軍事裁判)まで正当性を失ってしまう。もっと言えば、5年8カ月にわたり日本を占領統治し「民主化」と「非軍事化」を成し遂げたというマッカーサーの業績までも否定しかねない。
 この発言は共和党の期待を裏切り、激しい怒りを買った。マッカーサー人気はこの後急速にしぼみ、大統領の夢は潰えた。
 元帥の真意が奈辺にあったかは明確ではないが、元帥が「過去100年に米国が太平洋地域で犯した最大の政治的過ちは共産勢力を中国で増大させたことだ。次の100年で代償を払わなければならないだろう」「米国は戦う相手を間違った。真の敵は日本ではなくソ連や中国共産党だった」と発言していることと重ねてみると、元帥は日本の地政学的な重要性に気づいたに違いない。原爆を「虐殺」と表現してもいる。
 残念乍ら、元帥の“日本人は12歳の少年”発言で元帥への敬意は一気に萎んだ。
 それはさておき、マ元帥のこの発言をどう解すべきか?正に、「大東亜戦争を日本の自衛戦争として認識していた証拠」であると理解し得る。戦争の動機は、大部分がsecurity(安全保障)の必要に迫られてのことだったと断言している点で意義深い。
 本証言は、サンフランシスコ平和条約が発効する前でもあり、重要なこの部分は報道されなかったようだ。自己規制が働いたのか、忖度があったのか、掲載を否とする圧力があったのか?

(第八話 了)