第十二話 日米対立の遠因の一つは満鉄!

山下 輝男


 日露戦争において日本に対して好意的であった米国そしてル大統領は、日本の鮮やかな勝利を見て日本を恐れ始めたと云われる。米国の対日観に微妙な変化が表れ始めた。
 先ず指摘すべきは、日英同盟の廃止だろう。20年を超えて日英双方に益し、二度の大戦争をも乗り越えた日英同盟であり、双方に破棄すべき積極的理由はなかったが、人種差別撤廃提案(第七話参照)否決が禍根ともなり、米国の思惑もあって四ヶ国条約への拡大弱体化(?)が為された。国家百年の大計を毀損したと云えよう。
 日米対立の根本背景には、満州における特殊権益を主張する日本の大陸政策と支那大陸に並々ならぬ関心を寄せて門戸開放主義を主張する米国の極東政策との抗争であったと云える。多くの米国人宣教師が中国に渡り、パール・バックの「大地」はノーベル文学賞を受賞、映画化もされ、米国人に深い感銘を与えた。米国には、支那大陸の権益に対する渇望と中国への同情心等があった。
 日米抗争は満州の鉄道争覇という面と日本移民排斥問題として展開してゆくが、満州における鉄道争覇についてみてみよう。
 米国の鉄道王E・Hハリマンの満鉄買収計画は、米国~太平洋~日本~満州~シベリア~欧州~大西洋を結ぶ壮大な世界一周交通路の建設である。機を見るに敏なハリマンは、ポーツマス講和会議開始とともに来日して、やがて日本が獲得するであろう南満州鉄道を日米で共同管理する案を提案した。
 桂首相はじめ元老、政界、財界に熱心に説明、朝野を挙げて歓迎した様子が当時の新聞に記述されている。最も熱心なのが井上馨であった。戦後経営の財政負担への懸念や露の復讐への恐怖にあったようだ。
 ハリマンの説得は功を奏し、朝野の大方の賛同を得た。そして、時の総理である桂太郎との間に、満鉄共同管理に関する予備協定(明治38年10月12日)を取り交わし、意気揚々と帰国した。
 ハリマンは鉄道王であり、日露戦争の日本の公債を金融王シッフと共に数百万ドル引き受けた抜け目のない人物との評もある。
 ポーツマス会議から帰国した小村寿太郎外相は、横浜港で出迎えのランチ内で報告を受け激怒した。『何だか心配でならないから、病気をおして帰ってきたが、帰ってみるとこの有様だ。辛うじて得た南満州鉄道を、アメリカ資本の利益の前に献上することは、何という無謀だ。名は日米合弁でも資金もアメリカ、技師もアメリカに与えんとするものではないか。よし、これは万難を排しても、断固反対してぶち壊して見せる-』 と述べたと云われている。
 それから、小村は桂首相はじめ賛成した面々を順々に説得して回り、遂に廟議を覆したのである。
 小村の主張は二点
①清国との交渉以前に斯かる契約を締結すべき法的根拠なし
②10万同胞の流血と20億の財弊を犠牲にして贖い得た満鉄を売却、自由競争の修羅場とするは国民の忍ぶ能わざるところ
「日露の戦いで日本は何を得たか、満州では満鉄のみではないか」と閣議で述べた。
幸いなことにハリマン協定は仮契約であり、破棄し得る余地があった。
 小村の果断によって阻止し得た満鉄買収計画であったが、これが即ち、支那大陸を巡る日米抗争の嚆矢である。今なお、支那大陸に対する米国の密やかな欲求は脈々として流れている?

(第十二話 了)