第十六話 プレス・コードの影響は今猶!

山下 輝男


 プレス・コード(Press Code for Japan)とは、大東亜戦争終結後の連合国軍占領下の日本において、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)によって行われた、新聞などの報道機関を統制するために発せられた規則である。これにより検閲が実行された。検閲は、民間検閲支隊(CCD 、長フ-バー大佐、主力は降伏文書調印の翌日に日本上陸、米国の並々ならぬ意思を感じる。)により実施され、その陣容は、1948年(昭和23)には、スタッフ370名、日本人嘱託5700名が居たとされる。新聞記事の紙面すべてがチェックされ、その数は新聞記事だけで一日約5000本以上であった。

①「日本における民間検閲基本計画」(1945年(昭和20)4月20日付)
・この対日計画は、対独計画に比すれば著しく厳格(strict)
・一切の民間通信を検閲の対象とし、戦域軍司令官認可機関への情報提供を原則
・主眼:日本その他敵国体制の破壊、日本の非武装化と再軍備の阻止、地下軍事・準軍事及び政治組織の探索、
 秩序紊乱の阻止、略奪物の探索と回復、降伏文書に定められた軍事・経済条項の履行強制
・海外関係者との通信の阻止等
・検閲規則を布告するよう提議
・検閲方針:言論の自由は、GHQ及び連合国批判にならずにまた大東亜戦争の被害に言及しない制限付きで奨励
・新聞・出版・放送局の業務停止を命じることがある。


② 検閲指針(1946年(昭和21)11月末には纏められていた。)
この指針の「削除と発行禁止のカテゴリー」として30項目を例示
・SCAP(連合国軍最高司令官もしくは総司令部)に対する批判
・極東国際軍事裁判批判
・GHQが日本国憲法を起草したことに対する批判
・検閲制度への言及
・米・ソ・英・朝鮮人・中国等の批判
・満州における日本人取り扱いについての批判
・連合国の戦前の政策に対する批判
・占領軍軍隊に対する批判等々


③ 日本出版法の発布
言論の自由を確立する目的


④ 郵便・電信電話の検閲


⑤ 削除・発禁処分の事例
戦前・戦中の欧米の植民地支配についての研究書など7769冊廃棄等

 終戦と同時に、日本には言論の自由が与えられた筈だが、現実には秘匿されたプレス・コードがあり、そのコードに日本のマスメディアは捉われ、それに否応なく従わざるを得なかった。それが、自己規制、忖度となり、長年の間には当たり前になり、正しい価値判断であると思い込まされてきた。
 GHQの作戦は見事に成功したと云えよう。
 数年にわたる洗脳工作は完璧な迄に日本人の改造を齎した。数年という時間が長いのどうかは解らないが、人間は弱いものだと痛感する。特に日本人は長い物には巻かれろとの意識が強いのだろうか。お上には絶対服従するのを良しとする風潮があるのだろうか。事実を見極め、自らの頭で考えてこそ、集団心理に毒されない、個々のアイデンティティが確立できる筈だ。
(詳細は小生の拙論JSN http://www.jpsn.org/opinion/word/11743/ 参照)


(第十六話 了)