第十七話 南京大虐殺に係る論点

山下 輝男


 南京大虐殺とは、支那事変初期の 1937年(昭和 12 年)に、日本軍が中華民国の首都 南京市を占領した際に、無辜の罪なき中国人を30万人余も虐殺したとされる事件である。中国では南京大屠殺と呼び、欧米では Nanking Atrocities あるいは Rape of Nanking と呼ぶ。中国共産党プロパガンダ、最大のヒット作とも。
 日本では単に南京虐殺、南京事件とも呼ばれる。日中間の歴史認識が大きく異なる一大テーマである。日本人の多くは30万人と言うのは白髪三千丈の類で事実ではないだろうが、かなりの数の虐殺が行われたのは事実に相違ないと思っているのではないかと推測される。このこと自体が、既に彼の国の術中に嵌っていると言うべきだろう。かかる現況に鑑み、問題点を整理し、如何に考えるべきかの一助とするのは価値あることだろう。論点を提示する。


論点 1:虐殺数 30 万人の妥当性
在南京外国人の安全区委員会の認識では、その数は 20 万人であった。城内の安全区以外には、一般市民は殆ど居なかった。辻褄合わせの証言集め、水増し、捏造多数


論点2:軍事行動と無関係な無辜の住民に対する殺害の有無
国際安全区委員会が 61 通の書簡に収められた 425 件の日本軍非行の中には、非行でも 何でもない事件もあり、伝聞、噂話、憶測が大部分


論点3:組織的な殺戮の有無
中支那方面軍司令官以下の命令が不可欠であるが、当然ながらその様な命令等が存在する筈がない。


論点4:掃討(掃蕩)作戦の是非及び実態
掃討作戦は、軍事作戦上不可欠であり、国際法上問題はない。所謂「便衣兵」は陸戦の法規慣例に関する条約の背信行為に該当、抵抗・逃亡者の射殺許容。


論点5:強姦・略奪の有無
城内の掃討作戦において軍紀に違反して処罰を受けた者は確かに皆無ではなかったが、安全委員会が纏めた日本兵による略奪事件は伝聞も含め197件のみ


論点6:各種証言等の検証
欧米人の目撃証言の実態:多くが伝聞、特派員や記者が撮影した映像は平穏な風景、東中野修道氏らの検証チームによって南京虐殺の証拠写真は何れも否定、
日本人ジャーナリストも否定証言、従軍兵士の証言には疑義大


論点7:日本軍高官の証言・記録等に関する検証 虐殺肯定派が最も引用するのが、日本外務省東亜局長であった
石射猪太郎氏の日記だが、彼は安全区委員会からの被害報告を根拠としているのである。

論点8:虐殺範囲の拡大:旗色が悪くなるや、南京城内外と逐次に範囲を拡大


論点9:捕虜殺害に関し日本軍は捕虜殺害の方針ではなく、銃器を取り上げて釈放するというのが基本的な考え方であった。


論点10:当時の国際認識はどうであったか 当時の国民党政府、国際連盟等等々国際社会では一切それらに係る話題はなかった。



従って、巷間言われるような南京大虐殺は無かったことは自明である(勿論殺人や略奪・強姦が 皆無だったとは言わないが・・・、)少なくとも組織的計画的な大虐殺はなかった。そろそろ冷静な検証が必要だろう。
(詳細は、小生のHP http://yamashita2.webcrow.jp/oriori-75.pdf 参照)

(第十七話 了)