第二十二話 原爆投下:日本政府の抗議と東京原爆裁判

山下 輝男


 例年8月になると必ず、広島長崎に対する原爆投下が話題になり、唯一の被爆国として云々とマスコミで取り上げられ、平和祈念式典に首相が参列して挨拶をしている。
「広島平和記念公園」にある「広島平和都市記念碑」(通称 原爆死没者慰霊碑)に刻まれた「安らかに眠ってください。過ちは繰り返しませぬから」が問題視されることも多い。日本が過ちを犯したのか、過ちを犯したら原爆は許容できるのか? 然も日本が悪いかのような碑文に違和感を覚える者も多かろう。

1 原爆投下時(1945年)の戦時国際戦争法規について
 大東亜戦争時に成文化されていた戦時国際法は、「陸戦の法規慣例に関する条約(ハ  
ーグ陸戦条約)」と、「ジュネーブ傷病者条約(ジュネーブ条約)」の2つである。これらの法では、非戦闘員の殺傷、非軍事目標・無防備都市への攻撃、不必要に残虐な兵器の使用、捕虜の虐待等が禁止されていた。
 ハーグ陸戦条約では、23条1項では「毒、または毒を施した兵器の使用」を禁じている。また、同条5項では「不必要な苦痛を与える兵器、投射物、その他の物質を使用すること」を禁じている。しかし「不必要な苦痛」の明確な定義がないため、曖昧なものとなっている。
 留意すべきは、『原子爆弾の使用を禁止する』との明文規定がないことであり、それが後々の原爆投下正当論の重要な根拠となっていると推定される。
 米国は、ジュネーブ四条約を1955年に批准しているが、追加議定書については批准、加入、継承のいずれもしていない。


2 日本政府の抗議
 日本政府は、1945(昭和20)年8月10日、広島、長崎への原爆投下に関して
『(略) 米国が今回使用したる本件爆弾は其の性能の無差別且残虐性に於て従来斯る性能を有するが故に使用を禁止せられ居る毒瓦斯其の他の兵器を遥に凌駕し居れり。米国は国際法及人道の根本原則を無視して既に広範囲に亘り帝国の諸都市に対して無差別爆撃を実施し来り多数の老幼婦女子を殺傷し神社、仏閣、学校、病院、一般民家等を倒壊又は焼失せしめたり。・・・・(中略)・・帝国政府は茲に自らの名に於て且又全人類及文明の名に於て米国政府を糾弾すると共に即時斯る非人道的兵器の使用を放棄すべきことを厳重に要求す。』
とスイスを通じて米国政府に通知した。
 東京空襲をはじめとする日本各都市への無差別爆撃も戦時国際法規違反である。


3 東京原爆裁判(所謂下田事件)
 1955(昭和30)年4月、広島の下田隆一氏等が、国を相手に東京地裁に損害賠償とアメリカの原爆投下を国際法違反とすることを求めて訴訟を提起した。東京地方裁判所は、1963(昭和38)年12月7日、「広島、長崎両市に対する原子爆弾による爆撃は、無防守都市に対する無差別爆撃として、当時の国際法から見て、違法な戦闘行為であると解するのが相当である。」また「原子爆弾のもたらす苦痛は、毒、毒ガス以上のものといっても過言ではなく、このような残虐な爆弾を投下した行為は、不必要な苦痛を与えてはならないという戦争法の基本原則に違反しているということができよう。」と断じた判決を下した。首肯できる人も多かろう。


(第二十二話 了)