第四十二話 国民徴用令の朝鮮半島への適用等

山下 輝男


 本稿執筆時点(2019/8/14)での日韓対立(?)のテーマは、所謂徴用工に斯かる件である。本問題が既に解決済みなのか否かを巡る紛争である。徴用工に斯かる事実関係を確認しておきたい。



1 国民徴用令の発布
 国民徴用令は、国家総動員法に基づいて、1939年(昭和14年)に制定された日本の勅令である。一部地域では白紙などと呼ばれた。
・国家総動員法第4条の規定に基く国民の徴用
・国家総動員法第6条の規定に基く被徴用者の使用、賃金、給料、その他従業条件に関する命令の二つについて規定した。
 1945年(昭和20年)、国民勤労動員令公布によって廃止された。


2 朝鮮における施行
 日本統治時代の朝鮮では実施を遅らせて民間企業による自由募集、1942年1月からは官斡旋(朝鮮労務協会が実務)となり、1944年(昭和19年)8月8日、「国民徴用令の適用を免除されていた朝鮮人にも実施する」とした閣議決定がなされる(小磯内閣)。1944年9月より女子を除いて実施され、1945年8月の終戦までの11ヶ月間実施される。日本本土への朝鮮人徴用労務者の派遣は1945年3月の下関-釜山間の連絡船の運航が困難になるまでの7ヵ月間であった。


3 論点の1:強制連行だったのか?
 韓国の言う「強制連行」は、国民徴用令に基づいて昭和14年に策定された「朝鮮人内地移送計画」により日本に集団渡航した(総数667684人又は635000余人)戦時の労務動員を指すとする説もある。
 制度的には、募集、(官)斡旋、徴用の3つの段階があり、少なくとも募集や斡旋を強制と呼ぶことは出来ない。徴用のみは、法的強制力もあった。
 当時、朝鮮人も帝国臣民であり、朝鮮人を含めた戦時下の国民に等しく課せられた国民としての義務であったとの歴史的事実を認識すべきだ。因みに日本人は昭和17年から徴用が開始され、延べ六百万人を超えていた。募集であっても政治的社会的に強制されたとの論を展開する輩もいる。
 尚、この時期に動員以外で日本への渡航者が多数存在していたことを忘れるべきではない。日本への期待感が強かったのだろう。


4 論点の2:強制労働(過酷な労働条件等)だったのか?
 結論的には、厚遇されていた。朝鮮の親元への送金(30円~50円程度、当時の大卒初任給が75円)もしていた。確かに厳しい労働条件もあり、慣れない労働でもあったろうし、トラブルがあったのは事実だが、それをもって全体に敷衍するのは無理があると云わねばならない。
 日韓請求権協定により「完全かつ最終的に解決された」動員問題である筈が、遂には日韓併合自体が違法であったとして国際条約を無視する国際常識を無視した彼の国の対応には大いなる疑問がある。

(第四十二話 了)