第五十六話 南進か、北進か、ちぐはぐだ!(第三十四話、第二十四話関連)

山下 輝男


 1941(S16)年4月、日ソ中立条約が調印され、その余韻も冷めやらぬ6月22日、独がソ連侵攻作戦(バルバロッサ作戦)を開始した。この独ソ戦勃発に、北進すべきか、それとも南進すべきかを巡って、我が国の議論が沸騰した。
 独の勝利を確信して、ソ連を独と挟撃するか、それとも、6月25日に連絡懇談会で決められた「南方施策促進ニ関スル件」に基づいて南方に打って出るかの日本の戦略の方向性を定める重大な議論である。
 独ソ開戦を踏まえて検討・決定された国策が、「情勢ノ推移ニ伴フ帝国国策要綱」であり、7月2日の御前会議で正式決定された。
 その要点は、先ず南方進出の態勢強化として南進優先、独ソ戦有利進展の場合北方問題解決というもので、所謂「好機南進、熟柿北方」と云われている。対米戦を辞せずの文言も盛り込まれた。
 この国策とその具体的行動には以下のような問題がある。

① 政府、陸軍、海軍の夫々の思惑はどうだったのか?
 南部仏印進駐を強く主張した永野軍令部総長、当初は仏印進駐に強く反対だった松岡外相は北進を主張、南進も北進も反対だった近衛首相、陸軍は“仏印進駐は早くやれ”というなどバラバラで、意思統一は土台無理だったのか。

② 陸海軍の戦略方向性は一致していたか?抑々南北二正面を考慮するなど、国力上不可能であることは十分認識していた筈だ。

③海軍に南進の意図はあったか? 南進策が対米戦を惹起するは必定となれば、その決意が海軍にあった?そのような決意はなかったのでは?「対米戦を辞せず」との文言は、海軍の要望で挿入されたと云うが、本音であったとは考えられぬ。

④ 陸軍は熟柿北方問題解決と云うが、実現可能性はあったのか?満州への戦力集中は何時やる心算だったのか?戦力集中が整わぬ場合、独との連携した作戦は、到底実行不可能で、それを解決せんとしたのが、「関特演」である。

「要綱」決定に基づき、7月7日に「関特演」(「関東軍特種演習」で、特殊は誤り)の大動員令を下命して、関東軍はその現有兵力の3倍近い74万の大兵力となった。南進優先と云いながら満州に戦力集中させる、国策がちぐはぐだ。結果的に関東軍から兵力を抽出して南方に転用したのだから。

⑤ 以上を要するに、重大な決意なき国策決定であり、陸軍、海軍、政府の妥協した政治的作文に過ぎぬと指摘されてもいる。
 慎重論や理性的議論は霧散し、積極策が議論をリードし採用されるのは、世の常とは云え、悲しいことだ。国家的リーダーには、洞察力の他沈着・冷静な姿勢が望まれる。国内世論やマスコミに迎合することなく国家の行く末を見通して誤りなき道を選択する責任がある。それは現在も同じだ。
 それにしても、信頼するに足らざるナチスヒットラーに傾倒した外交官や陸軍首脳には過半の責任がある。
if論 北進策を採ったならば
日ソ中立条約によって、東方の脅威を解消できたソ連は戦力を首都防衛に集中させて踏み止まったが、日本が北進して二正面作戦を強要していたら歴史はどう変わったのだろうか?日本がウラジオとシベリア沿岸部を占領していたのではと論じたジャーナリストも居るのだが・・。

(第五十六話 了)