第六十話 技術力の差は何故生じたのか?

山下 輝男


 『日本は、物量では米に敗けたが、技術力では決して負けていなかった。』と悔し紛れに良く言われるのだが、技術力の差は本当に無かっただろうか?

1 日本の先進的な技術
・潜水艦の兵器格納技術(零式小型水上偵察機収容の伊十五型潜水艦、潜水空母伊四百型潜水艦)、・酸素魚雷、・91式徹甲弾等は先見の明があったとされる。
・八木アンテナ(八木氏が持っていたレーダー技術の特許を期限切れとしてしまい、それを米軍に利用されてしまったとは!)
・バルパス・バウ(船の造波抵抗を打ち消すために、喫水線下の船首に設けた球状の突起。球状船首、船首バルブともいう)





2 日米の差は
(1)レーダー技術  日本は方位のみだが、米軍は方位・ 距離・高度測定可能、日本はレーダーの重要性に気付かず、遅れを取った。夜戦重視故に不要?

(2)近接信管(VT) 
米軍は、真珠湾後の1942(S17)年3月開発着手、翌年1月には実戦投入
VT信管により命中率を飛躍的に向上(15m以内爆発)ガ島、マリアナ沖海戦でも使用


(3)品質管理の差
・日本も大出力のエンジンを開発し搭載するも、設計通りの性能を出せず。(艦爆「彗星」、陸軍の「飛燕」、二千馬力級エンジン 製造上の不具合続出etc.)
 米軍は、大型航空機や戦場機動力の増大に積極的に活用
 軽戦車から次第に大型化へ移行、口径、装甲も強化
・真空管も(米軍が鹵獲した電子機器に米国製の真空管?)
・安心できるベアリングが製造できなかった日本とも。


(4)大量生産技術と職人芸
 日本は、謂わば、「職人芸に頼った手工業的生産方式」であったが、米国は、大量生産技術(製品・部品の規格化、専用機械の導入、作業の標準化、流れ作業化)という大量生産技術を導入したので、日米間の差は時と共に拡大したのは当然だった。
・三八式歩兵銃の部品互換性の欠如 ⇔M1ライフルは互換性 →大量生産可能
 三八式小銃は当時の日本の技術水準に合わせ、構造はごく単純化されていたが、規格化が進んでいなかった当時の日本では最終組み立てでは熟練工による調整が必要だったという。小銃の部品互換性は後継の九九式小銃で実現した。)
・同じ非熟練工であるにも拘らず、航空機生産力で日米の差は益々懸隔


(5)設計思想の差
零戦(零式艦上戦闘機)は、防弾性能を抑え、運動性能を重視
米軍機は、防弾性能を重視した設計、落下傘・救命キットの装備 
結果的にベテラン搭乗員の損失と航空機生産力の差で、逆転


(6)OR手法の開発  対潜水艦作戦にOR手法を取り入れ攻撃精度向上

(7)暗号解読技術(エニグマ)に掛ける執念:暗号戦に敗北した日本(第四十三話関連)
 資源と人材を大量投入した米国と貧弱な日本


 発想力・アイディアとその積極的な採用、システマティックな米国と個人に依存する日本の根本的な差異があるような気がする。技術に関心がなかったのか?あったとしてもそれを実用化し得ない工業力だったのか?だから、精神至上主義に走らざるを得なかったのか?旧陸海軍の体質?日本の体質?個人の能力が高いとシステム化できない?

(第六十話 了)