第六十四話 装備の設計思想に見る陸海の差

山下 輝男



 「帝国陸軍が何故政治化していったのか?」をテーマに一話を認めんと、色々調べているうちに、興味深い記事に出会った。他の資料による裏付・確認が出来なかったが、当該記事に「海軍との差異の実態」の項の要点のみを記して参考に供したい。
(陸軍悪玉論 Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%B8%E8%BB%8D%E6%82%AA%E7%8E%89%E8%AB%96

海軍との差異の実態
① 陸軍は海軍よりも人命を軽視し、精神論を振りかざす前時代的な軍隊であるとの戦後のごく一般的な印象の反面、装備品や運用や教育には次のような差異が存在していた。

② 航空機 海軍:零戦や一式陸攻が殆ど防弾装備なし
陸軍:一式戦「隼」・二式戦「鍾馗」や九七式重爆・一〇〇式重爆「呑龍」は量産当初から防漏燃料タンク(英語版)といった防弾装備を装備

③ 航空機人員養成
     海軍:搭乗員を特別扱い
     陸軍:手が空いている際には地上要員と共に機体の整備に当たらせる習慣

④ 海上輸送:海軍から鼠輸送など戦術輸送戦への海軍艦艇の投入拒否の事態に遭い、独自開発するも、特攻兵器としての運用は最後まで俎上に登る事なし

⑤ 資源輸送など戦略物資輸送にも陸海の考え方の差異があった。

⑥ 海軍は各種の特攻を主導し、桜花や震洋、伏龍といった特攻兵器の開発に執心した。一方、陸軍は特攻作戦自体には消極的であった。

⑦ 電子装備:陸軍の方が上層部の理解が篤く、戦前から開発を積極的に行っていた反面、海軍は「闇夜の提灯」としてこうした電子装備を全く軽視しており、ミッドウェー海戦までは殆ど開発が進んでいなかった。開戦当時には既開発ほぼ終了の陸軍の対空電探は、同時期の海軍の電探よりも探知距離が長かった。等々


⑧ 八木・宇田アンテナの「再発見」という不名誉な事実こそあるものの、陸軍はこれらのレーダーを活用した早期警戒・要撃体制の整備により、大戦後半に至っても旧式の一式戦「隼」を中心とした部隊で連合軍と互角かそれ以上のキルレシオを維持し続けた(超短波警戒機乙#陸軍航空部隊の早期警戒)。海軍が「零戦の強化には全く役に立たない」と評した水メタノール噴射装置についても一式戦を中心に積極的な採用を行い、航空優勢維持の要因の一つともなった。                 

⑨ 陸軍はソナーや水中聴音機についても戦前より海軍の潜水艦よりも遙かに深深度まで潜航可能な西村式潜水艇を用いての研究

⑩ 初年兵教育においては、陸軍では(表向きにはだが)体罰が禁止されていた。一応、ビンタなどの私刑は日常的に行われていたが、怪我をさせると無いはずの私的制裁の存在が否定できなくなるため、セミやウグイスの真似をさせたりして精神的な苦痛を与えたりするなど、様々な「しごき」があった。一方、海軍では陸軍と異なり「しごき」や肉体的制裁が公然と認められていた。


 これらが、綯い交ぜになって、軍が解体された後の戦後では戦時中の旧陸海軍の行動のスタンスの違いが海軍を好意的に、陸軍を批判の矢面に立たせる論調が展開された。しかし、それらは、必ずしも陸軍、海軍の持っていた組織上の問題点を正確に反映したものとは言えず、多分に後付けの理屈で糊塗された戦後の人間達のもつ印象論に近いものも含まれている。」以上引用等終り
 小生が陸なるが故に、陸の良いと云われる面のみを取り上げているとの批判はあろう。

(第六十四話 了)