第七十二話 切なくもあり悲しくもあり、特攻兵器

山下 輝男


 特攻兵器とは、戦死を前提とした特攻を目的として発明、もしくは既存の兵器を改装した兵器である。特攻兵器には「必死」前提の兵器のみではなく、「決死」の兵器の中にも事実上の特攻兵器が存在すると云われる。

1 陸海軍の特攻兵器開発経緯 
 日本の陸海軍では、劣勢となった大東亜戦争末期に戦局を打開するため、体当たり攻撃、自爆攻撃を水中、空中で行う特攻兵器が開発された。
 陸軍では、1944年春、四式重爆撃機と99式双発軽爆撃機を改修して特攻兵器にすることを決定、1944年5月、体当たり爆弾桜弾の開発のため、特別研究班を設置
 サイパン陥落後、開発が促進され、四式重爆撃機「飛龍」と九九式双発軽爆撃機の体当たり機への改修に着手する。1944年9月5日、陸海民の科学技術の一体化を図るため、陸海技術運用委員会が設置され、研究の一つに「桜弾」も含まれていた。
 1945年1月20日、航空特攻兵器「剣」の試作研究、1945年(昭和20年)2月、「夕号」の試作研究が開始された。
 海軍は、1943年、既に一部で特攻兵器に関する声が上がっていた(城大佐、黒島連合艦隊参謀等) 特攻兵器の開発は1944年2月のマーシャルの陥落、トラック島空襲をきっかけとして、人間魚雷の試作命令(1944年2月26日)から始まるが、結局実現はしなかった。
 1944年4月4日、黒島亀人軍令部二部長が「作戦上急速実現を要望する兵力」を提出する。体当たり戦闘機、装甲爆破艇(震洋)、大威力魚雷(回天)の特攻兵器を含んだ提案であった。軍令部はそれを検討した後、震洋、回天、海龍の水中特攻兵器の緊急実験を海軍省側に要望した。艦政本部は仮名称を付して担当主務部を定め、特殊緊急実験を開始する。海軍省に奇襲兵器促進班を設けた。
 爾後、「回天」の採用確定、「桜花」の試作研究決定、「海軍省特攻部発足」
「1945年7月、ラムジェットを搭載の特攻機の「梅花」の試作研究」等と続く。


2 専用兵器 (改修兵器は割愛)
(1)水中 回天(人間魚雷) 海龍(特殊潜航艇) 伏龍(人間機雷)
(2)水上 震洋(爆装特攻艇)  マルレ(四式肉薄攻撃艇)
(3)空中 桜花 梅花 剣 神龍 桜弾(体当たり爆弾)タ号



 究極の人命軽視の兵器、統率の外道だと批判・非難は易いが、已むに已まれぬ切なさ、悲しさをも感じる自分がいるのも事実だ。

(第七十二話 了)