第八十二話 奇想天外な風船爆弾(気球爆弾)

山下 輝男


 第二次大戦に使用された兵器で到達距離が最も長くて且つ大陸間を越えた兵器と云えば、日本陸軍の「ふ号兵器」(当時の呼称:気球爆弾)(風船爆弾は戦後の通称)である。驚くのは、その発想性である。一見簡単なように見えて、その実、意外に奥深い兵器である。


1 開発経緯
 昭和8年頃、「自由気球に爆弾を懸吊」との着想やデパートのアドバルーンから、「風船爆弾」等が構想された。1942(S17)年8月、大本営陸軍部は「世界戦争完遂ノ為ノ決戦兵器ノ考案」を陸軍省に要望するが、その中に「特殊気球(フ号装置)ノ能力増大」という項目があり、同年秋頃、太平洋の偏西風を利用して気球をはなち、アメリカ大陸本土を攻撃するとの計画が中央気象台を中心として陸・海軍に持ち込まれ、別個に開発がはじまった。
 陸軍は、1943(S18)年8月、研究命令を発出し、11月には最初の試作気球が完成した。翌年2月から3月にかけて、千葉一宮海岸で大規模な実験をおこなった。気球連隊と編成が下令され、10月末までに風船爆弾攻撃準備を完了を命ぜられ、1944(S19)年11月に「ふ号兵器」が実用化された。
 尚、参謀総長の上奏に対して、作戦の実施は裁可されるも、細菌の搭載は不裁可に。
 昭和天皇の人間性が如実に表れている。
 なお日本海軍の風船爆弾は「八号兵器」と呼称し、潜水艦に搭載してアメリカ大陸沿岸部まで進出、放球するという方式である。改装潜水艦二隻はサイパン奪回作戦に転用され、作戦失敗、海軍の製造済み風船爆弾と資料は陸軍に移譲された。


2 作戦開始
 1944(S19)年10月25日攻撃開始命令 予定:11月1日、作戦目的:心理的動揺
 11月3日未明以降、千葉県一宮・茨城県大津・福島県勿来の各海岸の基地から、1945(S20)年3月迄の間約9300発が放球された。
 千葉の気球連隊が母体の『ふ』号作戦気球連隊が編制、長は大佐、司令部は茨城県大津、放球3個大隊 総員約2000名


3 製造・仕様等
 材質:楮製の和紙(小川和紙その他)、接着剤:蒟蒻糊(米軍も材質の解明できず)、5層製とし表面に苛性ソーダ液塗布、気球内に水素ガス充填

•気球の直径:10.0 m、・吊り紐の全長:15.0 m、・ガスバルブ直径:40cm
•総重量:205kg、・搭載爆弾量:15kg×1 / 5kg×4、
•飛行高度:標準10,000m 最大12,000m ・飛行能力:70時間
 無誘導であったが、自動的に高度を維持する航法装置を考案 上昇下降を50時間二昼夜して落下する計画、作業は動員女学生、


4 戦果
 到達数:約1000発、最遠到達地:デトロイト
 不発弾で爆死(1945年5月5日)した例(女性教師と生徒5人)
 焼夷弾は小規模の山火事を起こすも、冬の山林は積雪あり燃えあがり辛く大なる戦果なし、但し心理的効果は大きかった。また生物兵器搭載を危惧していた。米政府は、厳重な報道管制を敷いたと云う。日本ではその効果1件確認したのみ

*発想・着想の具現化力に感服。無誘導又は不正確な誘導兵器は怖い。

(第八十二話 了)