第九十一話 初の陸海合同作戦計画だったが、・・捷号作戦

山下 輝男


 絶対国防圏の中枢マリアナの陥落の影響もあり、東条内閣は退陣し小磯(米内)内閣が発足(S19/7/22)し、最高戦争指導会議を設けたが実態には変化なく、且つ日本の敗勢は愈々覆い難く、8月19日「今後採るべき戦争指導の大綱」が決定された。これに応じて、大本営陸軍部と海軍部が協力して「陸海軍ジ後ノ作戦指導ノ大綱」策定した。これが「捷号作戦」である。

1 計画概要
 画期的な陸海合同の作戦計画は、次の四方面を主決戦正面とし、陸・海の戦力を集中して来攻する米軍主力を撃破して、その意図を破砕すると云うものであった。比島(捷一号)、南西諸島・台湾(捷二号)、小笠原・本土(捷三号)、千島・北海道(捷四号)、概ね8月以降の決戦を予期した。決戦兵力の中核は航空戦力であり、その運用・配備・担任等々に関して陸海軍中央協定が結ばれた。が、航空関係の指揮関係の一本化まではならなかった。陸軍側が躊躇した。
 公算の最も高い比島への陸軍兵力の集中は、船舶輸送力の不足、米軍による被害も急増し、遅れた。航空基地の整備も鋭意進められたが、船舶輸送がネックで大幅に遅れ、完成したものも前進飛行場的なもので掩体なく対空火器ないという状況であった。更には通信組織、情報収集部隊の展開も未完という有様であった。等々、作戦準備は大幅に遅れていた。


2 捷一号作戦
(1)作戦発動前に航空戦力の消耗
 捷号作戦発動前に航空戦力を消耗させられ、特に10月12日からの台湾沖航空戦で日本は300機以上を失った。捷号作戦の基本的構想では、決戦まで航空撃滅戦を回避して戦力温存だった筈だが・・大誤報(第六十五話参照)が、作戦に大影響?
(2)捷一号作戦発動
 台湾沖航空戦の大誤報に国内が湧いている時、米軍レイテ湾上陸の報に接した大本営は「捷一号」作戦の発動を命じた。然しながら、事前撃滅されたため十分な航空戦力を集中し得ず、上陸前に敵主力船団撃破するとの企図は空しく頓挫した。陸軍南方軍は台湾沖の大戦果を信じており既定計画を変更してレイテ地上決戦を具申した。大本営は、陸・海合同研究により、「栗田艦隊のレイテ湾突入とレイテ地上戦への変更」を内定し、陸海空の総合決戦を行おうとした。大部隊の方針変更は難しく、反対した山下大将は寺内総司令官から作戦遂行を言明された。
 航空攻撃も十分な戦果を上げ得ず、栗田艦隊の謎の反転そして再突入も各個撃破され失敗した。爾後も散発的に敵上陸部隊に航空攻撃を加えるも、十分な戦果なく、陸軍も組織的戦力を失い、山下大将は、作戦中止意見を述べるも南方軍、大本営ともに攻撃続行意思が固かった。11月23日から第二次航空総攻撃を行うも失敗した。
 正式な作戦中止は翌年1月25日だが、持久作戦以外に方途はなかった。


* 当初の構想と異なる形での作戦実施となり、陸・海・空共に各個撃破されてしまった。日本軍の苦手な統合作戦、しかも防勢作戦では特に難しいのだろう。陸上決戦は成立し得る状況だったのかも疑問とされる。航空戦力温存の方針であったが、戦闘を強いられ逐次に消耗させられた。基地防衛・防護能力の欠如が原因だが、基地の配置にも工夫が必要だったとの指摘もある。海・空戦は陸戦に比較して、靭強性なく戦力の急激な消耗を来す。何れにしても作戦準備の遅れは致命的である。陸軍と海軍が協力せんとする姿勢は諒とするも時既に遅しだ。普段からやっていないと巧く出来ないだろう。大誤報が作戦に悪影響を与えたか?

(第九十一話 了)