第九十五話 帝国陸軍は何故政治化したのか?

山下 輝男


 軍人勅諭(1822(M15)*注1)の「忠節」の項において「政論に惑わず政治に拘わらず」と軍人の政治への不関与を命じたにも拘らず、特に昭和期の陸軍は次第に政治化し、政治に関与し或いは介入し、時に国政を壟断したと非難される。
 何故、陸軍は政治化してしまったのか、その背景を観察することも益なきことではなかろう。色々な本も読み、つらつら考えたことは多岐にわたり俄かには整理できないので、参考事項を記すこととしたい。

(注1:竹橋事件、自由民権運動、西南の役等による軍内の動揺を抑え、精神的支柱を確立する目的で発布した「軍人訓誠」を素として、西周が起草、福地源一郎・井上毅・山縣有朋が加筆修正した。1882年(明治15年)1月4日に明治天皇が陸海軍の軍人に下賜した勅諭である。正式には『陸海軍軍人に賜はりたる敕諭』という。)

1 陸軍の特性
 陸軍は、人が財産であるのは今も昔も同じであり、将校は、下士官・兵と直接向き合い、兵士の育った環境や生活状況をよく承知しており、それらから政治に対する不信感が醸成・増幅していった。劣悪化する社会状況への憂慮が根本にあるようだ。


2 総力戦時代における国家の態勢に不満
 第一世界大戦以降、戦争は国家の総力戦になり、その観点から国を見た時あらゆる面で態勢整備が遅れており、陸軍は焦慮を感じていた。


3 日清・日露戦争等で沢山の血を流した陸軍としては、血の重さや苦労して手に入れた権益に対する執着心があり、その侵害には強く反発

4 政争に明け暮れて、社稷を思わない政治、政治家に対する不満の横溢

5 エリートなるが故の自らがやらねばとの独善

6 革新風潮に染まり、影響を受けて、関心を持ち、各種会合や勉強会等への積極的参加

7 統帥権独立と軍部大臣(現役)武官制を悪用して政治に影響力を及ぼした。
 最も、統帥権については政治的対立を軍に持ち込まない為のシステムだったとの指摘もあるが、悪用された。


8 軍事専門家として、軍の意向を無視又は反する事項には云うべきことを云うべきであるとの意識。

9 明治期は、政治家には軍事的識能もあり、軍人も政治的センスがあり、政軍関係はスムースだったが、そのような政軍の利害・対立を調整・裁定すべき最高指導層の不在

10 大正デモクラシーの昂揚もあり、軍人も政治に無関心では居られなくなった。

11 国内混乱時における軍の役割即ち秩序維持機能に目覚め、何かを為さねばならぬと云う独善的正義

12 安全保障は全てに優先すべきであり、それを貫徹するのは軍の使命

13 自信をつけた陸軍は、次第に、国家や国民を領導するのは軍の使命であると思い込んだ。

14 正しきことは必ず受け入れて貰え、天聴にも達し得るはず。

15 軍人の悲しき性か、結果を直ちに求める弊、迂遠な手段よりは直接的な手段に走る傾向

16 あるべき政軍関係に対する無知、そして無関心又は未教育

* 他にもいろいろな観点があろう。参考にして頂ければ幸甚です。何れにしても、ある
べき政・軍関係を構築する必要がある。政治優先の徹底と政治家の軍事的識能涵養が肝要だ。また、勅諭の精神は今猶その真実性を失ってはいない。

(第九十五話 了)