(28) 「米国の新国防戦略が日本に突きつけているもの」

元自衛官 宇佐静男

 オバマ米国大統領は1月5日、新たな国防戦略指針を発表した。国防費を削減しつつ、台頭する中国に対応する新戦略であり、我が国の安全保障にとっても極めて重要な意味を持つ。
 アフガンやイラクでの戦争終結を踏まえ、「米国は 10 年に及んだ戦争後の戦略的転換期にある」とし、米軍の規模を縮小しながらもアジア太平洋地域を重視する「選択と集中」を柱としている。オバマ大統領は、自ら「アジア太平洋地域での軍事的なプレゼンスを強化する」と力強く語った。
 米国は 1997 年、「4 年毎の戦略見直し(QDR)」を公表して以降、台頭する中国に「関与」戦略で対応してきた。対話を通じて国際基準や国際規範を守る「責任ある利害関係者」になるよう誘導するというものである。
 米国はこれまでの外交を振り返り、やはり対話だけでは中国は変わらないと反省し、今回、「力」を前面に打ち出す戦略に転換した。とはいえ新戦略は、もちろん中国を武力で叩き潰そうとするものではない。また冷戦時のように、中国を「封じ込め」て関係を断とうとするものでもない。
 アジア諸国と連携して中国を抑制し、軍事と外交を併用して「不透明な軍拡を進めず、責任ある利害関係者として国際基準への統合」を期待するものである。中国が自ら変わるのを待つという防御的な持久戦略に変わりはない。
 近年、中国は経済力、軍事力の著しい向上に伴い、傍若無人化、無頼漢化の傾向を強めて来た。米国はこれまで対話によって、この傾向を抑制しようとしてきた。だが米国は対話の限界を思い知らされ、方針転換を余儀なくされた。
 2009 年第 15 回気候変動枠組条約会議COP15におけるオバマ、温家宝との実りのないやりとりや、「元」切り上げの非協力姿勢。不透明で急激な軍事力拡大や東・南シナ海での傍若無人な振る舞い。あるいは米海軍音響測定艦インペッカブルに対する南シナ海での妨害事件。改善されない人権問題やチベットに対する変わらぬ強圧姿勢など、対話だけで中国を普通の国に誘導するのは無理だと、ようやく自覚したのだ。
 中国の国防予算は今年も 11.2%という二桁の伸びを示した。23 年間続く不透明な軍拡路線を、更に加速する勢いである。胡錦涛政権の 10 年間でも、国防費は 4 倍に膨れ上がった。これに対し、オバマ大統領は「中国の台頭は米国経済、安全保障を脅かす可能性がある」と警戒感を示し、「地域での摩擦を避けるため、中国の軍事力増強はその意図を一層透明にしなければならない」と牽制した。
 米国の国益はアジア太平洋からインド洋、中東・中央アジアへ広がる円弧地域に集中している。海洋、宇宙、サイバー空間といったグローバル・コモンズ(国際公共財)の安定は自由で開放的な国際システムの前提条件であり、海洋国家としての米国の国益に直結している。これは日本の国益とも一致する。
 他方、中国は海洋、宇宙、サイバー空間といった境界が不確定なものは、「早く支配した者勝ち」といった動きを見せる。まさにグローバル・コモンズを脅かす存在であり、十分に警戒が必要だ。
 新戦略では、中国とイランを名指しした上で「サイバー攻撃やミサイル開発などの非対称的手段で米国の前方展開能力に抗しようとしている」と指摘。対応措置として、ステルス爆撃機の開発やミサイル防衛などを打ち出した。国際社会の非難を尻目に、核開発を強硬に推進するイランと中国を同列に置いて警戒感を示している。
 米国のアジア重視の戦略転換は日本にとって歓迎すべきことである。「米国は太平洋で中国に対し聊かも譲歩しない」とニューヨーク・タイムズも述べる。
 だが問題は、意図はあっても能力はあるのかということである。米国は 10 年余にわたる「テロとの戦い」で疲弊し、衰弱しつつある。巨額な財政赤字を有し、公的債務残高はGDPの 70%に上る。今や、米国民の 1/15 は極貧生活者といわれる。もはや国防予算の大幅な削減は避けられない。2012 年予算審議で与野党対立した結果、10 年間で約 80 兆円もの国防予算を削減することになった。
 米国はこれまで、第二次大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、冷戦の終結といった脅威が低下した時期に国防費を削減した。今回は、中国という脅威が増す中で行う初めての軍縮である。世界の警察官としての役割は全般的に後退せざるを得ないだろう。中国の傍若無人化、無頼漢化を抑えられるのは米国のみである。だが、もはや米国だけでは中国は手に余るのが現実なのだ。
 中国は米軍に対し「接近拒否、領域拒否」戦略を目標に、着実に軍備を充実して来た。自らの作戦行動に邪魔な米軍を寄せ付けない。日本、韓国などに前方展開する米軍を自由に行動させない。特に米海軍に対しては、行動の自由を阻止し、台湾や東・南シナ海での紛争に軍事的介入させないという戦略である。
 これに対し「米国はアジア太平洋に接近するため、必要な投資を続ける」とし、シーレーン(海上交通路)防衛に向けた決意を示した。だが、これには膨大な予算が必要であり、容易ではない。米軍規模を削減しつつ関与戦略を続けるには、日、韓、豪、比、タイといった同盟国やインドなどの友好国のネットワーク拡大・強化で中国に対応せざるを得ない。
 南シナ海は日本の輸入原油の 80%以上が通る。南シナ海が支配されると、日本の生命線が脅かされることになる。まさに他人事ではない。
 中国は今年になって、尖閣諸島を「核心的利益」と表明した。尖閣を台湾や新疆ウィグル地区と同等の扱いに格上げし、日本へ譲歩を迫る強硬姿勢に転じた。東シナ海が支配されると、尖閣はおろか沖縄の安全も危うい。最近、中国は尖閣諸島のみならず、沖縄の領有権も声高に主張するようになってきた。日本は衰弱しつつある米国を支え、協力して中国に対する関与戦略を推進し、中国の無頼漢化、傍若無人化を抑えなければならない。
 対中国戦略では、地理的にも日米同盟は最も重要な同盟である。朝鮮半島、台湾、東シナ海の「要石」はやはり沖縄であり、グアムと並び、アジア重視の米国にとって不可欠な拠点であることは変わらない。
 日米同盟に基づき、余裕が無くなった米軍の役割を自衛隊が穴埋めするのは当然である。米軍支援ではなく日本防衛そのものなのだから。
 だが、日本も米国と同等以上の財政上の問題を抱え、大幅な防衛支出は困難な状況にある。日本は 900 兆円を超える借金を抱え、防衛費も 10 年連続減少している。大震災もあって、大幅な防衛費増は望めない。
 だとしたら、大幅なコスト増なしで抑止力を向上させ、日米同盟強化を図ることに知恵を絞らねばなるまい。実は、まだまだやるべきことは沢山ある。
 先ずは普天間問題の早期解決だ。沖縄の米海兵隊は何といっても対中国の大きな抑止力だ。市街地が密集する危険な普天間基地を辺野古地区へ速やかに移動させ、米海兵隊の前方展開を安定したものにしなければならない。細事に拘泥し、決断もできず、もたもたしている内に米国が嫌気を出し、沖縄から撤退してしまうといった愚は絶対に避けなければならない。
 日本周辺海域の守りを磐石にし、米国の負担を軽減することも重要だ。周辺海域すら自ら防衛できないなら独立国とは言えない。平時から海上自衛隊と海上保安庁が連携を強化して、周辺海域には間髪を入れず対応できる態勢が必要だ。現行法制では、「海上警備行動」が発令されなければ海自は身動きがとれない。この欠落を埋めるため、「領域警備法」を制定すれば周辺海域の守りは大幅に向上する。
 自衛隊戦力を南西にシフトし、南西諸島の防衛強化も重要だ。南西地域防衛の日米共同作戦計画を策定し、日米共同訓練を充実させれば、中国も簡単には手を出せなくなる。
 集団的自衛権の見直しも不可欠だ。現在、平時において、公海上で米海軍艦艇がミサイル攻撃を受けても、海自イージス艦は近くにいても助けることができない。もし実際にこんなことが起きれば、日米同盟は一瞬にして崩れるに違いない。こういう事態を防ぐためにも、集団的自衛権の見直しが急がれる。
 「ここぞという絶妙の瞬間に間違いなく崩れると確信できる弱い日米同盟が、中国の安全保障の利益にかなう」と中国高官は語った。「絶妙の瞬間」に簡単に崩れないよう、集団的自衛権の見直しは喫緊の課題なのだ。
 非核三原則の見直しも効果的だ。「持ち込み」を認めるだけで、核抑止は大幅に改善される。武器輸出三原則の更なる見直しも必要だ。東南アジア諸国への兵器供与や輸出を通じて防衛協力を強化し、東南アジア諸国との連携を深めることができれば、南シナ海の安定度は大きく増すに違いない。
 これらの施策は、意思さえあれば今すぐにでもできる。一銭の金もかからず、大幅な抑止力向上につながる。財政上、大幅な防衛費増が困難であるからこそ、やらねばならない防衛政策なのだ。
 中国の台頭と米国の衰退は決して対岸の火事ではない。日本の安全保障に直結する。これまでのように安全はワシントンに任せ、自分は金儲けに専念するといった甘えはもう許されない。知恵を絞り、汗をかき、努力することが求められている。流血事態になってから後悔しても遅い。米国の新国防戦略は日本人に対し国防への覚醒を突きつけているのだ。

宗教法人念法眞教機関紙「鶯乃声」 2012年5月号より転載