(30) 北朝鮮ミサイルの失敗と金正恩体制

元自衛官 宇佐静男

 北朝鮮は 4 月 13 日午前、国際社会の警告にもかかわらず、平安北道鉄山郡東倉里から人工衛星打ち上げと称する弾道弾ミサイル「銀河 3 号」を発射した。
 発射からわずか 135 秒後、上空約 150km 地点で爆発。金日成主席生誕 100 周年を祝い、金正恩世襲王朝のオープニング祝賀イベントとして準備してきた弾道弾ミサイル発射は無残な失敗に終わった。
 今回のミサイル発射は、「弾道ミサイル技術を使ったいかなる発射」も禁じた国連安保理決議案 1874 号違反は明白である。国連安全保障理事会では中国、ロシアを含め、議長声明で北朝鮮を非難した。米国との間で取り付けていた食料支援公約も解消された。北朝鮮は直ちに反発。米朝合意破棄を宣言し、食料支援を交換条件とした核実験や長距離ミサイル発射の凍結を白紙に戻した。
 北朝鮮は、慢性的で深刻な食糧不足に見舞われている。これまで優先的に食料を配給されてきた軍隊でさえ満足ではないという。他方、今回の発射にかかった費用は約 8 億 5000 万ドル(約 680 億円)である。北朝鮮国民の1年分の食糧を購入できる金額だ。
 国民の窮亡状態にもかかわらずミサイル発射を強行したのは、金日成生誕 100周年記念行事を前に、北朝鮮の威力を示すと共に、後継者金正恩の権威を誇示し、スムースな体制移行へ繋げるのが狙いだった。
 金正恩の円滑な権力掌握は北朝鮮の最優先課題である。昨年 12 月、金正日総書記死去の直後、金正恩は軍の最高指揮官に就任した。金日成生誕 100 周年を目前に控えた 4 月 11 日、朝鮮労働党代表者会で労働党第1書記、党政治局常務委員、中央軍事委委員長に推戴され、続く 13 日の最高人民会議で国防委員会第1委員長に推戴された。
 金正日の突然の死を受け、慌ただしい就任劇ではあったが、軍、党、国家における最上位のポストを占め、金正恩の権力継承は表面上、一区切りついた。
 ただ、北朝鮮は独裁国家である。ポストに就けば権力掌握が完了かというと、そう簡単な話ではない。
 独裁者の権力を支えているのは軍隊である。北朝鮮は「先軍政治」を標榜している。何事にも軍が優先する軍国主義国家を率いるには、先ず軍幹部を心服させ、軍部を掌握するのが大前提となる。それには金王朝を継承する正統性と実力、そしてカリスマ性が要求される。
 父金正日の突然の死によって、経験、実績共に乏しい 20 代の金正恩にお鉢が回ってきた。だが、血統だけで権力基盤を固めるのは無理がある。最高指導者として実績をあげ、能力、胆力を見せつけなければならない。
 金正日でも、軍を頂点とする権力を掌握するのに 19 年かかった。金正恩は政権中枢に入ってようやく2年である。独裁権力を掌握するには短すぎる。
 金正恩は後継者として、①血統 ②中国のお墨付き ③核 の3つを父から譲られた。金王朝の「三種の神器」といえる。これらは後継者の必要条件だが、十分条件ではない。彼には軍隊経験もなければ、政治の実績も皆無である。血統という正統性はあっても、実戦経験はおろか軍隊経験もない 20 代の若者が、軍や党幹部を心服させる実力や器量なんぞ望むべくもない。
 国内経済は破綻状態で国民は食糧難に喘ぐ厳しい状況にある。加えて、既得権益を有する軍部、党指導部で、政権運営をめぐり凄まじい権力闘争がある。
 強大な軍を統帥し、党指導部を掌握するためには、厳しい国内情勢の中で、実績を出し、能力を示すことが急がれる。
 軍部は強い指導者を好むものだ。独裁者は軍を掌握するため、往々にして強硬な政策、荒唐無稽ともいえる策謀を企てる傾向がある。軍の歓心を買い、胆力を誇示するためだ。実力の裏づけがない金正恩が実績作りのため、誰もが驚く策謀を企て、胆力を演出しようと功を急ぐことは十分にありうる。
 金正日の場合もそうだった。金正日は 1974 年 2 月の朝鮮労働党中央委員会において、政治委員会委員(現:政治局委員)に選出され、金日成の後継者として推戴された。
 北朝鮮建国の立役者である金日成に比し、実力もカリスマ性にも劣る金正日は誰もが驚く強硬路線を自ら指令し、器量の演出を企てる。1976 年、板門店で2人の米軍将校が斧で撲殺されるというポプラ事件、1977 年から始まった横田めぐみさんをはじめとする非道な外国人拉致事件、1983 年のラングーン爆破テロ事件、1987 年の大韓航空爆破事件などである。全て金正日が親筆指令を発したと工作員は証言している。
 これらの実績を踏まえ、金正日は、1991 年 12 月、朝鮮人民軍最高司令官に推戴され、1993 年 4 月、ようやく軍の統帥権を握る国防委員会委員長に選出された。19 年もの歳月がかかっている。
 満足な準備もなく、独裁者に祭り上げられた若者が、実績作りのため、金正日以上の策謀を企て、胆力を演出しようと功を急ぐことは歴史のアナロジーとして十分に考えられる。いや既にそれは始まっている。
 2009 年、突如実施されたデノミネーションは国内経済を大混乱に陥れた。金正恩が功を焦って断行した結果だと言われている。失敗の責任回避のため、担当であった朴南基労働党計画財政部長の公開処刑を自ら命じたとの報道もある。
 一昨年の韓国哨戒艦「天安」沈没事件、韓国領延坪島への砲撃事件は、デノミネーションを決断した金正恩の失態をカバーするための策謀とも言われる。
 昨年4月には韓国への大規模サイバーテロもあった。これらは、今後続く無謀な「胆力の演出」の序章とも言えよう。そこで今回の弾道弾ミサイル発射の失敗である。外信記者に取材までさせて演出効果の拡大を狙った「祝砲」劇であったが、見事に裏目に出た。
 北朝鮮は 1998 年と 2009 年にもミサイルを発射した。この時も衛星軌道への投入に失敗したが、両者共「成功した」と強弁した。外信記者に取材までさせた今回は、さすがに失敗を認めざるを得なかった。演出効果を期待した分、金正恩への痛手は大きくなった。
 このままでは、金正恩に対する不信感が生まれ、軍や国民の面従腹背をもたらす可能性もある。今後、ミサイル発射関係者を大々的に粛清するだろう。それだけでは済まされない。失態をカバーするため、更なる無謀な策謀を企てる可能性がある。兆候は既に現れている。
 4 月 23 日、北朝鮮は韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領と同政権を壊滅させるための「特別行動」を間もなく開始すると通告した。この「特別行動」については、具体的内容は明らかにしていない。北朝鮮の部隊が「前例のない特異な手段とわれわれ独自のやり方で」実行し、作戦は 3~4 分で終わると予告した。なんとも不気味な予告であるが、通告したことは、必ず実行するはずだ。
 でなければ更に金正恩に傷がつく。
 情報によると地下核実験も準備中だという。核は父の遺産である「三種の神器」の一つである。神格化された父から譲られたものを手放すという選択肢は今の金正恩にはない。核実験も国際社会の反対を押し切って、近々実施されるはずだ。追加ミサイルの発射や他の挑発行動もあるだろう。
 今後、何が起こっても不思議でない。常識が通用しない北朝鮮が、どのような挑発行動を起こすか予測は難しい。独裁国家北朝鮮は、国際社会での普遍的判断基準や常識では推し量れないことを前提に考えねばならない。
 深刻なのは、北朝鮮が核とミサイルを保有しているという事実である。ある国際政治学者は「独裁国家が強力な破壊力を持つ軍事技術を有した場合、それを使わなかった歴史的事例を見つけることができない」と言う。
 北朝鮮は、軍事力以外に有効な外交手段を持たない。これまで「核とミサイル」を背景に、巧妙な瀬戸際外交により、それなりの収穫を得てきた。金正日の死去によって、瀬戸際政策の行方は不透明となった。経験が浅く、政権基盤の弱い 20 代の独裁者が、複雑な国際情勢の下で的確な決断を下せるとは思えない。金正日のような巧妙な「寸止め」は効かず、暴走に至ることも想定しておかねばならない。
 韓国当局者は、事が起きたら「3 日間で制圧できるが、双方の死者は数十万に達しかねない」という。北朝鮮軍を倒すのはわけないが、韓国が受ける被害も耐え難いほど大きい。
 金正恩を暴走させないためには、如何なる挑発行動を実施した場合でも、米韓同盟と日米同盟が即座に北の行動を無力化できるよう準備をしておくことが重要である。この準備が挑発行動を抑止する唯一の処方箋だ。
 一つ注意しておかねばならない。米国の北朝鮮に対する脅威認識は、我々と一枚岩ではないことである。日本と違って米本土には、現在のところミサイルは届かない。米国にとっては、北朝鮮の核は差し迫った脅威ではなく、その切迫度は日本ほど高くないのだ。米国の核の傘の信頼性向上のため、如何に米国を巻き込むか。この知恵が今日本には求められている。非核三原則の「二原則化」も必要であろう。
 「同盟は紙ではない、連帯感だ」と識者は語る。鳩山政権で崩れた日米の連帯感を再生するため、積極的な政府間交流、戦略対話を通じて良好な人間関係の再構築を図る。そして普天間問題や米軍再編問題など、日米関係の懸案を速やかに解決させ、日米同盟の深化、緊密化を図る。これらは喫緊の課題である。
 安全保障に「想定外」はない。今、真剣に北朝鮮問題に向き合わねば、取り返しのつかない事態を招来する可能性は極めて高いのだ。

宗教法人念法眞教機関紙「鶯乃声」 2012年7月号より転載