(35) 二流国家に転落してもいいのか

元自衛官 宇佐静男

「日本は一流国家であり続けたいと望むのか、それとも二流国家へと衰退することに甘んじるのか。もし日本人、そして日本政府が二流国家でもよいと考えるのであれば、この報告書には関心を持たないだろう」
 挑戦的な言い回しが記された「アーミテージ・レポート」が 8 月 15 日公表された。
「アーミテージ・レポート」は米国の知日派の研究グループが超党派で議論し、リチャード・アーミテージとジョゼフ・ナイが議長となって取りまとめた政策提言であり、今回で3回目となる。これまでの2回のレポートは日米両政府に強い影響力を与えてきた。「日米関係のバイブル」と言われる所以である。
 1回目のレポートは、2000 年 10 月に出された。「米国と日本:成熟したパートナーシップにむけて」と題したこの論文は、冷戦後の日米同盟漂流状態に危機感を抱いた知日派が、日米同盟を立て直すために提言したものである。
 大統領選挙に合わせたタイミングで出され、レポート作成に携わった研究者が選挙後、政権の主要ポストに抜擢されたこともあり、ブッシュ政権の対日政策の青写真となった。
 その後、ブッシュ、小泉政権で日米関係はV字回復し黄金期を迎える。良好な日米関係を基盤とし、次に続く 10 年は日米が連携してアジアを正しく導こうとする政策提言が第2回「アーミテージ・レポート」(2007 年 2 月)だった。
 この理念は日本の国内事情によって潰えた。2009 年 9 月、民主党は 300 議席を越える絶対安定多数を獲得し、政権交代が実現した。だが、鳩山首相の未熟な外交姿勢に加え、普天間移設問題の失敗等で日米関係は再び最悪状態に陥る。
 日米同盟の弱体化を見透かしたように、ロシアは北方領土で、中国は南シナ海、東シナ海で、韓国は竹島で、それぞれ傍若無人な行動をとり始める。今回の挑発的な中国の尖閣対応も日米同盟弱体化が誘因となっている。
 台頭する中国を抑制するには、緊密な日米同盟が欠かせない。だが日本の国内政治の混迷により、アジア太平洋の安定に不可欠な日米同盟が「危機に瀕している」と警鐘を鳴らし、力強く対等な同盟を復活すべしというのが今回のレポートである。
 日本は、少子高齢化、財政状況の悪化、不安定な政治、頻繁なリーダー交代、若者の悲観主義と内向化などマイナス要因は多い。だが経済力は未だ世界3位であり、潜在力も高い。ソフトパワーや国際的信頼度も高く、ナショナルブランドは世界一である。
 更なる市場開放、女性進出、移民政策などにより経済成長は取り戻せる。日本はアジアのリーダーだったし、これからもリーダーたりうる。一流国として留まれるかどうかは、指導者次第、日本人の気持ち次第だ。レポートは、檄を飛ばす。
 特徴的なのは、エネルギー安全保障が冒頭に取り上げられたことである。これまでエネルギー問題が取り上げられたことはなかったが、今回、日米同盟を単なる軍事同盟でなく、エネルギー安全保障を加えた「日米エネルギー同盟」にまで拡充することを提案している。
 福島原発事故後の日本の「脱原発」の動きについては懸念を示す。脱原発では経済成長低下は避けられず二流国家への転落は不可避である。野田内閣の大飯原発再稼動を支持し、一流国家であり続けるために原発継続が必要と訴える。
 原発事故によって及び腰になるのではなく、むしろ福島での貴重な教訓を踏まえ、世界一の技術をもって、原子炉の安全設計や確実な規制のあり方などで、国際社会での主導的な役割を日本が果たすべきと主張する。
 日本の原子力技術は日米原子力協定(1955 年)に基づいて米国が提供し、1988年の新協定では日本側の自由度が大幅に認められた。非核国としては唯一、核燃料サイクルが許容されている。
 資源豊富な米国は、原子力産業空洞化が進み、日立や東芝など日本企業抜きで原発は建てられなくなった。ドイツなどが脱原発に進む一方、ロシア、中国、インドなどは原子力開発を強力に推進している。この状況は米国にとっては懸念材料である。平和国家日本が原発輸出国でなければ困るのだ。
 米国の懸念を尻目に、この9月、政府は「1930 年代には原発稼動をゼロ」という方向性を示した。これは充分な検討が為されたとは言いがたく、拙速に過ぎた。次の選挙を意識し大衆受けすることだけを考えたポピュリズムである。
 まさに政権与党としての大局を見失った無責任な決定と言わざるを得ない。
 原発事故に対する国民の不信は強い。だからといって原発を止めれば国民の安全と安心が確かなものになるとはいえない。原発ゼロにより、化石燃料の輸入は増え、自然エネルギーの急拡大に伴うコスト増は産業の競争力を失い、二流国家に転落するであろうことは、アーミテージ・レポートで指摘されるまでもない。
 電力受給は逼迫し、現在 1 万 6900 円(10 年実績)の電力料金は 3 万 2243 円(2030 年)に値上げが不可避という。経産省の推計では、GDPは 2.3~15.3兆円押し下げられ、就業者数は 46 万人減少し、貿易収支は 1.1~2.8 兆円悪化する。中小企業のほとんどは経営がなりたたなくなり、産業空洞化は自明である。失業者も増え、自殺者も倍増するだろう。むしろ安全と安心は失われるのだ。
 原発も核燃料サイクルも止め、世界に先駆けて実施してきた高速増殖炉原型炉「もんじゅ」も止めれば、日本はエネルギーに係るバーゲニングパワーを全く持たなくなる。資源のない日本は足元を見られ、益々高い化石燃料を買わされ、国家の衰退を加速していくことになる。
 再生可能エネルギー(太陽光、風力、地熱)は価格的にも、安定性から見ても、原子力の代替にはなりえない。「20 年代の早い時期に電力の2割以上」、「30 年代の早い時期に4割程度」と政府はいう。だが、太陽光発電は 1200 万戸(現在 60 万戸)の住宅に取り付けなければならない。風力発電には東京都の 2.2倍の面積がいるという。実行可能性は夢物語である。
 温暖化問題についても、二酸化炭素削減目標見直しは避けられない。省エネ性能に劣る住宅・ビルの新規賃貸を制限、あるいは中心市街地へのガソリン車乗り入れ規制などを実施してもなお、20 年度の時点での目標 25%は 7%へ下げざるを得ないという。欧州連合が 20%減、米国も 05 年度比で 17%減を目標としており、国際社会からの風当たりは強くなることは間違いない。
 今回の決定を「国民にとって不幸なシナリオ。先の分からないものを感覚的な判断に求めるべきでない」と有識者が語るように、「原発ゼロ」は大衆迎合主義の産物である。アーミテージ・レポートに指摘されるまでもなく、後戻りの出来ない二流国家への第一歩に違いない。
 このレポートのもう一つの核心部分は日米同盟の再構築である。鳩山政権での「日米中正三角形論」「普天間代替基地、最低でも県外」といった愚策により、日米同盟は再び「漂流」した。日米同盟弱体化が東アジアの不安定性をもたらしたのは先述したとおりである。
 大震災での「トモダチ作戦」は日本人に日米同盟のありがたさを改めて実感させてくれ、「漂流」状態にあった同盟を見直す時間を与えてくれた。
 強固な日米同盟こそがアジアの安定を確保し、日本の平和と安全を維持するものであることを思い知った今、再び日米同盟を強固なものにしなければならない。
 レポートの行間には日本に対する大きな期待が滲み出る。日本も財政問題を抱え、防衛費を大幅に伸ばすことはできない。だが、日米同盟を強化するための施策として、金がかからずやるべき事はまだまだ多く残っている。
 日米相互運用性の更なる向上、共同技術開発の推進、拡大抑止戦略の認識統一、武器輸出 3 原則の緩和、集団的自衛権の容認などが指摘される。これらは日本の指導者が決心さえすれば、負担増なく実施できるものばかりだ。
 またイランによるホルムズ海峡封鎖が起これば、日本は単独でも掃海艇派遣すべきとも述べる。シーレーン防衛は日本自身の国益そのものであり、自国で出来る範囲で最大限の国際貢献をすべきとの指摘は的を得ている。
 中国の接近拒否/領域拒否(A2AD)戦略に対しては日米の「エア・シーバトル構想」と「動的防衛力」をもって対峙し、南シナ海の平和と安定のために、日米共同で監視活動をするといった重要な提言は真剣に検討すべきだろう。
 レポートは「日本は一流国家でいたくないのか」と問いかける。「決めるのは日本人自身だが、そのつもりがあるなら一緒にやろう」と手を差し出す。同時に「日本は決定的な岐路に立って」おり、「アジア太平洋地域でダイナミックな変化が起きているとき、日本は二度と同じ機会を手にすることはできない」と警告する。
 近年、「危機」や「困難」に対し、問題を「先送り」し「決められない」政治が続く。これはまさに二流国への転落の兆候である。転落を防ぐには優れた指導者が必要である。決心できる指導者を選ぶことで日本は一流国家としての地位を維持することが出来ると語りかける。
 このレポートは、同盟における対等なパートナーとしての役割を果せという日本再生へのカンフル剤である。日本への直言であるから耳に痛い。だが、耳に痛いことを直言できるのが真の同盟国である。
 今後、日本がこの直球をどう受け取るか。「一流国家」として踏みとどまるには、具体的な行動が示せるかどうかが問われている。

宗教法人念法眞教機関紙「鶯乃声」 2012年12月号より転載