(38) 聖徳太子の深謀遠慮と気概に学べ

元自衛官 宇佐静男

「日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙無しや」
 607 年(推古 15 年)、推古天皇の摂政だった聖徳太子が隋の煬帝に遣わした有名な国書の一部である。これを見た煬帝は、日本が対等な立場を主張したことに立腹し、「無礼な蕃夷の書は、今後自分に見せるな」と命じたという。
 当時、中国を統一した隋という大帝国が出現し、日本は遣隋使を送って中国から進んだ文化を学ぼうとした。
 しかしながら聖徳太子は、隋から学ぶことはあっても、国として中国と関係は対等でなければならず、間違っても主従関係の冊封体制に組み入れられてはならないと考えていた。
 国書には当然リスクがあった。隋は東洋随一の超大国である。煬帝が怒って、日本からの留学生を拒否すれば、中国から進んだ文化を学べなくなる。それどころか、大軍を差し向けられたりすると弱小国日本はひとたまりもない。
 リスクの高い国書を巡って、懸念を示す人もいたに違いない。だが聖徳太子にはある読みがあった。彼は朝鮮半島の高句麗の高僧であった恵慈などから国際情勢を正確に掴んでいたのだ。
 当時、隋は高句麗との戦争にてこずっていた。戦争を有利に運ぶためには、隋は日本を味方にしておきたいはずだ。遠くの国を味方につけ、近くの国を攻める「遠交近攻策」を採らざるをえない。だから隋は日本に来襲することはない。聖徳太子はこのように情勢を的確に判断していた。決して一か八かの博打ではなかった。
 この国書のお蔭で、日本は中国の子分に甘んじることはなくなった。聖徳太子以降、日本は一度も中華圏に組み込まれることはなく、自立した独立国として歩むことになる。
 長々と聖徳太子のことを書いたのは、外交というものは、正確に情勢を判断し、ギリギリのところで踏ん張りながら国益を追求しなければならないということを述べるためである。
 今、日中間では尖閣諸島の領有権を巡り、緊張状態が続いている。昨年 9 月11 日の尖閣国有化以降、中国公船による領海侵犯は後を絶たない。12 月には、中国官用機による領空侵犯があった。その後も防空識別圏に戦闘機が進出したり、中国海軍艦艇が海上自衛隊護衛艦に火器管制レーダーを照射するなど、中国側の挑発的活動は続いている。また今年1月には、中国人民解放軍の総参謀部が、「戦争の準備をせよ」と全軍に布告していたことが報道された。
 中国の恫喝や挑発を受け、日本国内では、「係争の存在を認めよ」「棚上げすべし」といった日本政府の立場とは異なる発言が目立つようになった。丹羽宇一郎前駐中国大使は、日本記者クラブで会見し、尖閣を巡る中国との関係について「外交上の係争はある。『ない』というのは理解不能だ」と述べ、「領土問題はない」とする日本政府の立場を変更するよう求めた。
 中国から招聘を受けた鳩山由紀夫元首相は、訪中先で尖閣諸島を日中間の「係争地」と発言した。習金平総書記宛ての安倍総理大臣親書を携えた公明党の山口那津男代表は訪中に臨み、「棚上げ論」に言及した。
「臨界点」を超えると戦争になると識者はいう。だが何が「臨界点」か、何故それが「臨界点」かについて、しっかり情勢判断をした上での発言かというとそうではない。ただ中国の恫喝に怯えているに過ぎない。
 聖徳太子が情勢を冷静に見極めたように、相手の状況を洞察し、「臨界点」が奈辺にあるかを察知し、その上で行動する深謀遠慮が求められている。まさに孫子の云う「敵を知り、己を知らば、百戦危うからず」である。展望なき妥協は最も戒めなければならない。
 情勢判断の結論を先に言おう。中国は尖閣領有権問題で軍事的行動を起こすことできない。
 これまで南シナ海では、中国は次のように領有権を奪取してきた。先ず漁船団に違法操業をさせ、文民を大挙上陸させて主権碑などを設置する。そして民間人保護の大義名分の下、軍事力を行使して支配権を獲得する。
 この南シナ海パターンは尖閣には適用できない。人員を上陸させるには、補給物資輸送が継続できなければならない。補給物資が滞ると旧日本軍の「ガダルカナル島攻略」のように干上がってしまう。補給路を確保するためには制空権、制海権を獲得しておかねばならない。
 中国空軍は現在、第 4 世代戦闘機は航空自衛隊の 2 倍以上保有する。だが、航続距離、管制能力共に劣り、洋上での航空作戦能力は未だ成熟の域に達していない。東シナ海上空での制空権確保は航空自衛隊だけを相手にしても難しい。
 日米同盟を考慮に入れるとほとんど不可能だ。
 米国は尖閣諸島が日本の施政下にあり、日米安保の適用対象であること確認する条項を 2013 年度国防権限法に追加した。日米共同作戦ともなれば制空権、制海権の獲得は不可能なことを知り尽くしているのは中国自身である。
 中国は国内事情によっても軍事力行使は制約されている。中国の目下の最優先課題は経済成長である。これを失うと共産党独裁の正統性をも失うことになる。共産党一党独裁の維持は、中国では何より優先される。胡錦濤から反日強硬派の習近平に政権が代わっても、この方針は変わらない。
 欧州債務危機の煽りを受け、経済成長も政府目標である前年比 7.5%を下回と予想されている。経済成長率が 7%を切ると共産党政権の正統性を失う危険水域に入るという。中国経済はグローバル経済に依存しており、軍事行動は経済成長にマイナスに響く。軍事力行使は何としても避けたいのが実情である。
 近年、中国では国民の不満が鬱積している。ジニ係数 0.61 が示すように所得格差は驚くほど拡大し、公務員の腐敗は蔓延っている。暴動・デモの件数は年間 20 万件、一日平均 548 件といわれる。治安維持予算が国防予算を上回っていることからも事態の深刻さが分かる。
 国民の不満が鬱積している時の軍事力行使はリスクが高い。完璧な勝利であれば共産党独裁政権への求心力は高まるだろう。だが、少しの失敗でも、命取りになる可能性がある。不満は一気に暴動となり、燎原の火のように全国に広がるだろう。
 過去 20 数年間で国防費は 30 数倍に拡大され、強化した軍事力を背景に対外強硬路線を主張する者がいることも確かである。軍事の論理と経済の論理との相克はあるが、米国を敵に回し、経済を犠牲にしてまで尖閣で軍事力を行使するほど、中国首脳は冷静さを失ってはいない。
 では、中国が軍事力を行使するとしたらどのような場合であろうか。一つは、中国共産党の一党独裁が崩れそうになった場合である。「国内矛盾は国外へ特化せよ」というのは独裁者の常道である。だがこの場合、米国との戦争を視野に入れねばならず、自殺行為に近い。
 二つ目は、日米同盟が機能せず、しかも軍事力を行使しても国際社会から非難を受けないような事態である。日本が先に手を出さない限り、これはあり得ない。いずれにしろ、両者とも今のところは考えにくい。
 軍事力をもって尖閣領有権問題を解決できないことを中国政府はよく知っている。だからこそ、「不戦屈敵」、つまり武力を伴わない戦争である「三戦(心理戦、世論戦、法律戦)」に全力を傾注している。軍事力を直接的でなく間接的に使い、経済、政治、外交を組み合わせて総合的な脅しをかけるわけだ。
 対日暴動、日本製品不買運動、通関手続きの意図的遅延、人的交流や友好行事中止、露骨な公船による領海侵犯、海軍艦艇による周辺航行、火器管制レーダー照射、戦闘機の防空識別圏侵入などは「心理戦」なのだ。これらにオロオロして「棚上げ論」を持ち出すようでは、既に「心理戦」に負けている。危機を煽るだけのメディアも「心理戦」に荷担していることを忘れてはならない。
 国連での対日非難演説にみられるように、今後は更なる国際社会での宣伝攻勢、つまり「世論戦」を強めてくることが予想される。尖閣領有権主張の理論的根拠を詰めて「法律戦」にも臨んでくるだろう。
 中国の挑発行動は始まったばかりである。この緊張状態は長期に及ぶ可能性がある。未だこれからという時、相手が仕掛ける「心理戦」に翻弄され、「領土係争を認めるべきだ」「国有化以前の状態に棚上げすべきである」といった安易な主張が出てくることは憂慮すべきことである。中国外交には「相手国の徹底した抵抗と国際社会の非難には敏感に反応」するという特徴がある。我が国が今為すべきことは、「領土問題は存在せず」との見解を堅持し耐えることである。
 海保の実効支配を強化すると共に、日米同盟の緊密化を図り、防衛力を強化して尖閣周辺の軍事バランスを崩さないことが何より求められている。同時に、脅しや嫌がらせなどの「心理戦」に屈しないことである。併せて国際社会に対し日本の領有権の根拠を堂々かつ理路整然と主張し続け、「世論戦」「法律戦」にも負けないことが重要なのだ。
 日本人に今求められているのは、的確な情勢判断と堅確な意思、つまり「聖徳太子の深謀遠慮と気概」なのである。

宗教法人念法眞教機関紙「鶯乃声」 2013年3月号より転載