(27) 「寸土を失うものは、全土を失う」

元自衛官 宇佐静男

 1月17日、中国共産党機関紙「人民日報」は、尖閣諸島に対する日本政府の方針に対し、「公然と中国の核心的利益を損なう振る舞いだ」と非難する評論を掲載した。
 日本政府は2007年に制定した海洋基本法に基づいて離島管理に取組み、09年以降、日本の排他的経済水域内の無人島に対し、名付け作業を順次進めてきた。今回、尖閣諸島にある四つの無人島に名称を付ける方針に中国政府が抗議したわけだ。尖閣諸島は日本固有の領土であり、政府の対応は当然であり、非難されるいわれはない。
 尖閣諸島に「核心的利益」の用語を用いたのは初めてだ。「核心的利益」とは、もともと台湾問題に関して、米国へ牽制、警告するために用いられた政治的用語である。
 2004年11月、チリでのAPECで、胡錦涛主席がブッシュ大統領に対し、台湾に関し「国家主権と領土保全を守るのは中国の核心的利益」と述べたことで注目された。
 2009年7月、戴秉国国務委員がワシントンで「核心的利益」について①基本的制度と安全の維持 ②国家主権と領土保全 ③経済社会の持続的、安定的発展、と定義し武力を行使してでも絶対に譲歩しないと述べた。
 台湾やチベットなどに用いた「核心的利益」が、近年、南シナ海にも拡大使用され、今回、尖閣諸島にも拡大された。中国は、日本に圧力をかけ、命名の動きにブレーキをかける狙いがあるのだろう。尖閣諸島が台湾、チベット、南シナ海と同列になった事実を我々は覚悟を持って受け止めなければならない。
 中国は一途の方針の下、長い時間をかけて既成事実を積み重ね、手段を厭わず自らの利益を獲得してきた。尖閣諸島も例外ではない。
 尖閣諸島は、1884年、福岡県八女市の実業家古賀辰四郎氏によって発見された。現地調査の結果、無人で他国より支配されていないことを確認し、日本政府は、1895年(明治28年)に領土に編入した。
 無償貸与された古賀辰四郎氏によって島の開拓が始まり、1909年には99世帯248人が暮らし、アホウドリの羽毛採取、海鳥の剥製や鰹節製造などを行なっていた。1940年まで、住民が建設した船着場や古賀氏が開設した鰹節工場などがあった。
 中国が領有権を主張し始めたのは、1968年(昭和43年)に尖閣諸島付近の海底調査で石油や天然ガスなど地下資源埋蔵の可能性が確認されてからである。それまで、尖閣諸島の領有権は全く問題にしていなかった。
 1970年12月30日、中国外交部は突如次のように声明を出す。
 「中華人民共和国外交部は、おごそかに次のように声明するものである。釣魚島、黄尾嶼、赤尾嶼、南小島、北小島などの島嶼は台湾の付属島嶼である。これらの島嶼は台湾と同様、昔から中国領土の不可分の一部である」
 1972年7月、竹入義勝衆議院議員と周恩来国務院総理との会談の中で、周恩来は「尖閣列島の問題に関心はなかった」とした上で、「石油の問題で歴史学者が問題にした」と述べている。尖閣諸島領有権主張は、付近に眠る石油資源が目当てだったことを認めている。
 だが、ここからが長期戦略で臨む中国らしく、着々と布石を打ち始める。日中平和友好条約交渉時、中国は尖閣諸島の領有権を主張する。日本は当然、領土問題は存在しないとして門前払した。
 1978年4月、突如約100隻の中国漁船が尖閣諸島に接近し、領海内違法操業を行った。外交問題をあえて浮上させ、領有権問題の存在を国際社会にアピールしたわけだ。
 条約締結直前の1978年8月、鄧小平は園田直外務大臣との会見で尖閣問題を取り上げ、「我々の世代で解決方法を探し出せなくても、次の世代、次のその次の世代が解決方法を探し出せるだろう」と述べた。これに対し、中国のしたたかな外交を理解しない日本は、朝野を上げて「さすがは、懐の深い鄧小平だ」と賞賛した。
 「解決方法を探し出せるだろう」ということは「領土問題」が存在するということである。日本が鄧小平を賞賛した時点で、日中間に領土問題が存在することを認めてしまったのだ。老獪な鄧小平に日本は赤子の手を捻るようにやられてしまった。
 1970年から80年代にかけて、中国は南沙諸島、西沙諸島を実効支配し、南シナ海の支配権を獲得していった。中国が領有権を奪ってきたやり方には、一つのパターンがある。
 第1段階は、領有権を主張し巧みな外交交渉に努める。第2段階は、調査船など公船による海洋調査や資源開発等を実施する。第3段階は、周辺海域で海軍艦艇を活動させ、軍事的プレゼンスを増大させる。最終段階の第4段階として、漁民に違法操業をさせたり文民を上陸させて主権碑等を設置させたりする。そして漁民、民間人保護の大義名分の下、最後は武力を背景に支配権を獲得する。尖閣諸島も決して例外ではない。事態は既に第3段階あたりまで進んでいる。
 昨年8月、中国漁業監視船2隻が、尖閣諸島の領海を侵犯した。退去を求めると、漁業監視船は「周辺諸島は中国固有の領土である」「中国管轄海域で正当な公務を行っている」と応答したという。漁業監視船は政府の船、つまり公船である。公船による同海域の領海侵犯は初めてであった。日本国内の反応は鈍いが、この意味は重い。
 一昨年9月の中国漁船の巡視船衝突事件よりかなり重大な主権侵害である。漁業監視船は農業省の所属ではあるが、海軍の退役艦を改造した公船である。公船による領海内での監視活動は、国連海洋法条約による「無害通航」違反である。拿捕するか、拒否すれば撃沈も認められる。事実上中国海軍である漁業監視船は、支配権獲得の尖兵なのだ。日本の鈍い反応を見透かした中国は、更に次の段階に移行するであろう。
 国際社会は生き馬の目を抜くような厳しい社会である。相手が弱いと見透かせば、チャンスとばかりに、懸案を一挙に片付けようと大胆に出てくる。
 中国漁船衝突事件では、日本側が船長を起訴しないまま、処分保留で幕引きを図ろうとした。「日中関係に配慮」したら中国も鉾を収めるだろうとのナイーブな考えは、不幸な計算違いだったことは、その後の結果を見れば明らかだ。日本の軟弱さを見透かした中国は、益々傍若無人に振舞うようになった。決意の固さを示すべきところを、おざなりに対応したツケは今、重くのしかかっている。
 昨年の東日本大震災では、日本に対する国際的な暖かい支援の輪が拡がった。一方、弱った日本を瀬踏みするかのように、中国の大艦隊が先島諸島を堂々と通り抜け、日本近海で軍事演習を行った。第3段階の行動である。日中中間線付近においては、中国ヘリによる海自艦艇への威嚇接近飛行もあった。
 東日本大震災4日後の「東方日報」には中国の本音が出ている。
「魚釣島(尖閣諸島)を奪還するには、コストとリスクを最小限にしなければならない。日本が強い時には手出しができない。日本が弱っても手を出せないならば、魚釣島はいつ奪還できるのか。日本が大災害で混乱しているこの機会が絶好のチャンスである」
 最近、中国軍機が沖縄・尖閣諸島に接近し、航空自衛隊がF15戦闘機を緊急発進させる回数が増えている。中国は沖縄の日本帰属も認めていない。実際、中国系の新聞や雑誌などには「中華人民共和国琉球自治区」といった文字が多く見られるようになった。
 ある中国専門家は次のように語る。「中国政府はすでに『尖閣諸島は中国領だ』と公言している。人民解放軍の中には、日本への侵攻計画を呼びかける高級幹部もいる。『琉球自治区』の動きは民間を装っているが、今後、世界中の中華民族と連携して圧力をかけてくる可能性もある。日本の政治家やマスコミはもっと警戒すべきだ」と。
 胡錦濤主席は無人島の名称確定を理由に、日中友好7団体代表団との会談を拒否した。日本は脅しに動揺してはならない。決意を試すリトマス紙を突きつけられているのだ。毅然として筋を通すことが最も大切である。
 力の空白に躊躇なく入り込むのは「力の信奉者」の常道である。日米同盟を緊密化させ、日米の力を背景に毅然と振る舞うことが重要だ。今やるべきは、日米が連携して中国の海洋活動に目を光らせ、国際社会のルール順守を中国に迫ることなのだ。
 中国漁船衝突事件後、 米国 は対日 防衛義務を定めた米安全保障条約第 5条の尖閣諸 島適用を明言した 。我々 はこれに 安心 している場合でな。事が起きたら先ず 日本 の防 衛行動がなければ、第 5条の「共通の危険へ対処」はできない 。何より、尖閣諸島を 守る日本人の覚悟が求められてい。
 安全保障の基本は「考えたくないことを考える」ことである。尖閣諸島のような小島の争いで血を流すような事態は誰も考えたくない。しかし、あえて考え、準備をし、覚悟することによってこそ、流血事態を避けることができるのだ。
 先人は「寸土を失うものは、全土を失う」と言った。尖閣諸島を失うと、やがて日本はチベットのような中国の属国に成り下がるだろう。「たかが尖閣、されど尖閣」なのだ。

宗教法人念法眞教機関紙「鶯乃声」 2012年4月号より転載