(24) 国の守りに「想定外」があってはならない

元自衛官 宇佐静男

 早や師走の季節が来た。今年を振り返ると、何といっても百年に一度といわれる東日本大震災、それに続く大津波、福島原発事故が痛ましく思い出される。
 この未曾有の災害で犠牲になられた方々に対し、あらためて心から追悼の誠を捧げたい。
 我々は耐え難い犠牲を乗り越え、力強く復興し、次の世代に繁栄した美しい日本を遺す責務がある。国の繁栄には国の安全、安定が大前提である。日本の独立と主権を守り、自由で平和な社会を保持することは、繁栄の絶対的条件なのだ。
 国の守りの第一歩は、我が国を取り巻く情勢を直視することから始まる。周辺諸国の動向を過小評価することも、過大評価することがあってもならない。冷静に分析評価し、起こりうることを想定し、準備しておくことが必要だ。国の守りに「想定外」があってはならないのだ。
 日本人は得てして、見たくない現実には目を背けようとする傾向がある。それでは、危険が迫ると穴に首を突っ込むダチョウと同じであり、自らで安全を確保することは難しい。
 来年は今年以上に、厳しい国際情勢が予想される。他方、頼みの米国はテロとの戦いで疲弊し、国力の衰弱が著しい。今後10年間で国防予算を約35兆円も削減する計画だという。もはや米国におんぶに抱っこでは日本の安全は成り立たなくなることも想定しておかねばなるまい。今後は、自らで国際情勢を見据え、自らで判断し、自ら安全を確保する姿勢と気概が求められる。
 我が国周辺には三つの核武装国家と、二つの共産党独裁国家が存在する。北方領土、竹島、そして尖閣諸島の三箇所で領土係争を続けている。油断があれば、あっという間に領土主権や権益、そして富を奪われかねない厳しい環境にある。
 昨年、朝鮮半島では、北朝鮮による韓国海軍哨戒艦「天安」撃沈事件や韓国領延坪島への砲撃事件などが起こった。また尖閣諸島付近では中国漁船による海上保安庁巡視船への衝突事件があった。今や国民も忘れ去ったかのようだが、尖閣諸島周辺だけでなく、東シナ海、朝鮮半島、台湾海峡などでは依然、厳しい緊張が続いている。
 今年、東日本大震災が発生し日本に対する国際的な暖かい支援の輪が拡がった。だが一方で、弱った日本を瀬踏みするかのように、中国の大艦隊が先島諸島を堂々と通り抜け、日本近海で軍事演習を行った。日中中間線付近においては、中国ヘリによる海自艦艇への威嚇接近飛行もあった。ロシアは北方領土周辺で軍事演習を実施し、ロシア軍機の日本領空接近飛行などが繰り返された。
 民主党政権になってから、外交は全くの停滞状態にある。この外交弱体化を見透かすかのように、北方領土にメドベージェフ大統領をはじめロシア政府要人が続々と訪問。韓国も多くの要人が竹島を訪問し、領有権の既成事実化を推し進めた。韓国国内では、対馬も韓国領土だと主張する声が出てくる始末だ。
 中国は漁船衝突事件以降、尖閣諸島の領有権を声高に主張するようになった。漁船のみならず、尖閣周辺で中国監視船が活動を活発化させている。また日本の排他的経済水域内で、中国調査船が無断調査活動をこれ見よがしに繰り返している。中国政府は尖閣のみならず、沖縄も中国領土だと主張している。我々は、こういった不都合な事実から決して目を背けてはならない。
  国際社会は生き馬の目を抜くような厳しい社会である。相手が弱いと見るや、強面に出てくる。日本が疲弊すると、ここぞとばかりに大胆に出てくる。足元を見透かし、今がチャンスとばかりに、これまでの懸案を一挙に片付けようとする。それが国際社会の現実である。
 来年は世界的に選挙の年といわれる。米国、台湾、韓国、ロシアなど、指導者の選挙が一斉に実施される。年が明けると、台湾総統選挙がある。春にはロシア大統領選挙、秋には米国大統領選挙が行われる。年末には韓国の大統領選挙が行われる予定だ。中国では政治指導部交代があり、習金平が新総書記に就任するといわれている。
 政権交代時は国内外に不安定さを生じやすい。ただでさえ不安定な日本の周辺環境は、益々厳しさが増すことを想定しておかねばならない。選挙では民心を得る為に、対外的に強硬スローガンを打ち出しがちになる。日本と領土係争を抱える三つの国は全て政権交代を迎える。当然、日本が狙い撃ちにされる可能性は想定しておかねばなるまい。
 加えて来年は、北朝鮮問題が厄介である。北朝鮮は来年、金日成生誕100年、金正日生誕70年を向かえ、「強盛大国の大門を開く」と宣言している。強制大国とは「政治・思想強国 軍事強国 科学技術強国 経済強国」の実現をいう。だが北朝鮮は失政や凶作により深刻な食糧不足に陥っているのが実情だ。
 これまで食料を優先的に配分されてきた軍隊でさえ、食糧不足が深刻との情報がある。食糧危機は当然、民衆の不満を生み、金王朝の正統性を危うくする。何かを切欠として飢えに苦しむ民衆の不満が一気に爆発することも考えられる。
 今年は世界各地で民衆が立ち上がり、長年続いた独裁政権を倒した年だった。チュニジアに始まったジャスミン革命は瞬く間に中東に広がった。エジプトのムバラク政権が、リビヤではカダフィー政権が民衆によって倒された。シリアのアサド政権も足元が揺らいでいる。
 金正日もジャスミン革命は見ているはずだ。北朝鮮は金王朝を存続させるためには、何を犠牲にすることも厭わない。独裁国家は、国内が不穏になれば、往々にして外に敵を作ることによって国内の不満をかわそうとする。金王朝の存続の為には、なりふり構わないだろう。問題が深刻なのは、北朝鮮が核兵器を保有していることだ。
 「独裁国家が強力な破壊力を持つ軍事技術を有した場合、それを使わなかった歴史的事例を見つけることができない」と高名な国際政治学者が語る。我々は真剣にこの脅威に向き合わなければならない時を迎えている。「想定していなかった」では済まされないのだ。
 もう一つ問題がある。金正日から後継者への権力移行である。金正日は2008年に脳卒中で倒れ、現在も四肢に障害が残っている。また膵臓癌との説もあり、最近は記憶力の減退も著しいといわれる。もはや時間の猶予はない。スムースで早急な権力移行は北朝鮮の最優先課題である。
 後継者は軍を頂点とする権力を掌握しなければならない。これには正統性と実力の裏付け、そしてカリスマ性が要求される。後継者とされる金正恩にあるのは血縁という正統性だけである。軍隊経験もなく、軍を心服させるほどの実力や器量なんぞ望むべくもない。
 権力掌握に時間をかける余裕はない、となると軍の歓心を買うため、荒唐無稽ともいえる策謀を企て、実力を演出しようとすることが考えられる。既にその兆候は出ているという。哨戒艦「天安」撃沈事件や延坪島砲撃事件、あるいは今年4月に行われた韓国へのサイバーテロがそうだ。
 北朝鮮は1983年の「ラングーン爆破テロ事件」、1987年の大韓航空爆破事件の他、拉致、偽札、覚せい剤等、何でもありの「ならず者国家」である。権力移行時期、何が起こっても不思議ではない。
 中国も目が離せない。中国も同じく共産党独裁国家である。来年、胡錦濤から習金平に政権が移行予定だ。権力移行に係わる問題は北朝鮮と同様である。
 習金平は、これまで党の書記として各県に派遣された内政統治型のリーダーである。革命に参加したこともなく、軍隊の経験もない。彼が人民解放軍を掌握するのは容易ではない。コントロールすべき軍によって、逆にコントロールされるような事態も想定しておかねばならない。
 人民解放軍は近年、国境が確定していない分野、つまり「海洋、宇宙、サイバー空間」に力強く侵出し始めた。これらの分野は、早く出た方が勝ち、つまり早い者勝ちである。人民解放軍の行動如何によるが、関係諸国と摩擦を引き起こし、場合によっては戦火を交えることも充分想定される。
 来年はこういった厳しい情勢を迎える。だが、政府やマスコミの感度は驚くほど低い。野田首相は重要政策のビジョンを策定する「国家戦略会議」を発足させた。「経済」「財政」「エネルギー」など盛り沢山の政策は入っているが、驚くことに肝心の「国防」が入っていない。
 国家戦略という名の会議で「国防」が議論されないのは世界でも日本くらいだろう。まるで家まで周辺の火事が迫っているのに、家の中で遊びに夢中になっている子供のようだ。
 政府の能天気ぶりは国民にも責任がある。国民一人一人が国の守りを真剣に考え、「こんな状態でいいのか」と声高に政府の尻を叩くことが求められる。
 国の守りは、事が起きてから「想定外でした」では済まないのだ。情勢を直視し、あらゆることを「想定」し、状況がどう転んでも対応できるように準備しておく、この国防戦略が求められる。来年は日本人一人一人に国を守る覚悟が問われる年になりそうだ。

宗教法人念法眞教機関紙「鶯乃声」 2011年12月号より転載