(23) 靖国問題は原点に戻るべき

元自衛官 宇佐静男

 人間は誰もが平和を望む。だが平和は、宣言や祈願して、あるいは千羽鶴を折って維持できるようなものではない。平和を享受するには代償がいる。税金を払い、汗をかき、時には尊い血を流し、努力して確保するものだ。平和は与えられるものではなく、獲得するものなのだ。
 戦後66年、日本は一番大切な国防をワシントンに頼り、金儲けに専念してきた。その結果、国家意識は希薄になり、平和は努力なくても得られると錯覚するに至った。祖国の平和と繁栄の為、文字通り血の滲む御苦労をされた先人に対する感謝の心を失ったのは、当然の帰結である。
 家族と祖国を護るため、命を懸けた祖父達に感謝の誠を捧げ、追悼するのは国民の義務である。国を守護するために亡くなった戦没者を慰霊追悼し、顕彰することのない国家が繁栄したためしはない。衰退一途の日本の現状は、この箴言を実証しているようだ。
 民主党政権が発足して以降、昨年、今年と総理大臣はおろか、閣僚も靖国神社に参拝しなくなった。国に殉じた戦没者を祀っている靖国神社に指導者が参拝しない日本は異常である。だが、マスコミはじめ大半の国民はこの異常さに気がつかなくなった。
 国に殉じた先人に、国民の代表が感謝し、平和を誓うのは世界の常識である。米国ではアーリントン国立墓地に、韓国ではソウル国立墓地(国立顕忠院)に、フランスでは凱旋門の無名戦士の墓に、それぞれ大統領が参拝する。外国の要人来訪時も、先ず参拝、献花するのが国際常識だ。
 靖国神社の前身である東京招魂社は、大村益次郎の発案のもと、明治天皇の命により、戊辰戦争の戦死者を祀るために明治2年(1869年)に創建された。明治12年(1879年)に靖国神社と改称され、これまで約250万の英霊が祀られている。戦友と別れる際、「靖国で会おう」と誓い合い、日本人の心の拠り所となってきた。
 平成18年(2006年)小泉純一郎首相は、現職総理としては中曽根康弘以来21年ぶりに8月15日の靖国参拝を行った。それ以降、首相の靖国参拝は途絶えて久しい。中国を始めとする近隣諸国によって、靖国参拝が外交カードにされたのが大きな原因である。
 昭和60年(1985年)頃までは、首相が毎年、靖国神社に参拝していた。戦後に限定すると、28人中14人の首相が66年間で計67回参拝している。
 昭和26年(1951年)10月、秋季例大祭に吉田茂首相以下、閣僚、衆参両院議長が揃って、戦後初めて公式参拝し、サンフランシスコ講和条約調印によって日本が再び独立できた旨を英霊に報告した。
 昭和60年(1985年)、中国は突然、靖国参拝を許さないと言い始めた。中国は、極東国際軍事裁判でのA級戦犯が合祀されていることを理由に、首相の公式参拝を激しく非難し反発を繰り返すようになった。だが、これは明らかに不自然である。
 A級戦犯14人が国家の犠牲者「昭和殉難者」として合祀されたのは昭和53年(1978年)10月17日 である。翌年、春の例大祭前(4月19日)にそれが報じられたが、中国は全く問題視しなかった。
 A級戦犯合祀報道の2日後、キリスト教徒の大平正芳首相が春季例大祭に参拝した。翌5月、時事通信の取材に応じた中国の最高責任者である鄧小平は、靖国参拝にもA級戦犯にも触れていない。大平首相はこの年の12月、中国を訪問したが、熱烈に歓迎された。昭和55年(1980年)の終戦記念日には、鈴木善幸首相と共に閣僚が大挙して参拝したが全く問題にならなかった。
 問題にしたのは日本国内だ。国内ではメディアをはじめ左翼勢力が、靖国への公式参拝を政教分離や歴史認識などから問題視した。マスメディアは卑劣にも中国に御注進する。注進された中国は靖国問題が外交カードとして使えることを自覚したのだ。
 昭和60年(1985年)8月14日、中曽根内閣はメディアの反発に応える形で、政府統一見解を出した。正式な神式ではなく、省略した拝礼によるものならば、公式参拝は政教分離には反しないとの見解である。
 翌日、閣僚を引き連れ、玉串料を公費から支出する首相公式参拝に踏み切った。メディアはこれを大々的に報ずると共に、中国に対し注進した。中国、韓国は日本国内の騒ぎに呼応する形で、靖国参拝を非難し始めたのだ。
 一連の騒ぎを受け、中曽根首相は、昭和60年(1985)年8月15日を最後に首相在任中の参拝を止めてしまった。官房長官談話によれば、公式参拝が日本による戦争の惨禍を蒙った近隣諸国民の日本に対する不信を招くためとしている。まさに非難に屈した形となった。
 中曽根首相は「靖国参拝により中国共産党内の政争で胡耀邦総書記の進退に影響が出てはまずいと考えた」と述べたが、中国に外交カードを提供してしまった罪は重い。
 当時、ソ連ではゴルバチョフ書記長が登場し、「新思考外交」で軍縮政策を提言するなど、中国にとってソ連は脅威でなくなった。この機に乗じ、中国はアジア覇権拡大を目指した。このためには、日本を叩いておく必要がある。日本に叩頭させる手段として、靖国という外交カードを手にしたわけだ。
 中国研究専門家であるペンシルベニア大学名誉教授のアーサー・ウォルドロン氏は次のように言う。
 「中国共産党にとっては真の狙いは、日本の指導者に靖国参拝を止めさせることよりも、日本の指導層全体を叱責し、調教することなのだ。自国の要求を日本に受け入れさせることが長期の戦略目標なのだ」
 この思惑が理解できない日本の指導者は靖国参拝を止めてしまった。愚かにも靖国参拝さえ止めれば中国の難癖は終わると判断した。だが終わるはずはない。鳩山、菅政権と靖国参拝を中止したが、尖閣問題は起きたではないか。中国にとって靖国は一つの外交カードにすぎないのだ。教授はこう述べる。
 「靖国は大きな将棋の中の駒の一つにすぎず、日本がそこで譲歩すれば、後に別の対日要求が出てくる。最終目標は中国が日本に対し覇権的な地歩を固めることなのだ」
 南カリフォルニア大学のダニエル・リンチ教授も次のように述べる。
 「中国は近代の新アジア朝貢システムでの日本の象徴的な土下座を求めている。アジアでの覇権を争いうる唯一のライバル日本を永遠に不道徳な国としてレッテルを貼っておこうとしている」
 中国は日本に対し優位に立ち、日本を管理できる支配権確立を目指している。靖国での譲歩は、中国の思う壺だった。
 日本人は早急に靖国参拝の原点に回帰すべきである。次の歴史的事実は原点を教えてくれる。
 昭和20年(1945年)、日本を占領したGHQは、靖国神社を焼き払いドッグレース場を建設しようとした。この時、ローマ教皇庁代表であり上智大学学長でもあったブルーノ・ビッター神父はマッカーサーに対し次のように語った。
 「いかなる国家も、国家のために死んだ戦士に対して、敬意を払う権利と義務がある。それは戦勝国か、敗戦国かを問わず、平等の真理でなければならない」「我々は、信仰の自由が完全に認められ、いかなる宗教を信仰する者であろうと、国家のために死んだものは、すべて靖国神社にその霊が祀られるよう、進言するものである」
 マッカーサーはビッター神父の真意を理解した。彼の進言により靖国神社は焼き払いを免れた。彼の言はまさに靖国参拝の原点である。現代の日本人はこの原点に目覚めるべきだ。
 靖国問題を外交カードにしてしまった情勢認識の稚拙さは、大いに反省すべきだ。だが、問題は今後どうするかである。
 「国のために命を亡くした英霊をお参りするのは当たり前の事。外国が口を差し挟むべきことではない」という原点に復帰することだ。このまま外圧による参拝中止が続けば、確実に日本人の精神は荒廃していく。時間が経てば経つほど、日本人のモラルは低下し、国家意識のメルトダウンは続く。
 靖国公式参拝を早急に再開することだ。しばらくは内外の強烈な反発があるだろう。だが靖国参拝は、日本人の心の問題であり、相互内政不干渉たるべしと臨むことだ。指導者が毅然とし、粛々と靖国参拝を続けば、外交カードの効力は低減する。効力がなくなれば、反発は消滅するはずだ。
 毅然として臨むには、日本人自身が歴史を正しく認識しなければならない。先の大戦では日本だけが一方的に悪かったと断罪された。戦争は、一方の当事者が全面的に悪く、もう一方に全く責任がないということはありえない。
 これまで、日本では自虐史観が横行し、他国の歴史認識を飲まされてきた。戦後66年、もうそろそろ日本から見た歴史観を堂々と主張すべき時だろう。
 時あたかも、野田佳彦新首相が誕生した。野田氏は今年8月15日の記者会見で、「首相の靖国神社参拝は問題なし」という見解を強調した。
 民主党が野党だった2005年、野田氏は「靖国にはA級戦犯が合祀されているから日本の首相は参拝してはならないという論理は破綻している」と主張した。「サンフランシスコ講和条約や4回にわたる国会決議ですべての戦犯の名誉は法的に回復された」とも述べた。
 野田総理は在任中に、自説どおり、靖国神社を堂々と公式参拝すべきだ。当然、国内外から非難の声が上がるだろう。日本国民は動揺せず、毅然として野田首相の背中を支えるべきだ。総理になったからといって信念を曲げ、腰砕けになってはならない。祖国の為に散った先人を追悼し、感謝の誠を捧げることを忘れた国家に将来は無いのだ。

宗教法人念法眞教機関紙「鶯乃声」 2011年11月号より転載