(22) 中国の傍若無人化をどう防ぐか

元自衛官 宇佐静男

 1990年代から急速な経済成長を続けた中国は、低迷する日本を抜き、GDPで世界第2位の座についた。他方、米国は長引くテロとの戦いによって疲弊しつつあり、日米の低迷は中国の台頭を一層際立たせている。
 軍事力も、経済成長を背景に、22年間、国防費を連続して2ケタ(2010年のみ9.8%)以上伸ばすという驚異的な大軍拡を続けた結果、対外的な軍事作戦能力は著しく向上しつつある。
 中国は「力の信奉者」である。相手が強いと下手に出、弱いと力をむき出しに強面に出る。かつて、鄧小平は「韜光養晦」を主張した。「頭を下げて低姿勢で外交はやるべき」との方針である。李鵬首相は「屈辱に耐え、実力を隠し、時を待つ」とも述べた。1990年代、米国との実力差が歴然だったからだ。
 最近の中国は、威勢のいい攻撃性の高い声が続々登場するようになった。声だけではない。東シナ海や南シナ海での海上活動もずいぶん傍若無人になった。日本政府も今年の防衛白書で「高圧的」と表現した。力を付けた今、もう「韜光養晦」は卒業だと言わんばかりだ。
 中国国防大学の朱成虎少将は、米軍の中台紛争介入について、「米軍が中国領土を通常兵器で攻撃した場合、核兵器で反撃せざるを得ない」「西安以東の都市を犠牲にしても戦う」と述べた。また核先制不使用の原則は「中国と非核国家との衝突の際に適用されるもの」と述べ、暗に米国に対しては核を先制使用する可能性を仄めかした。
 中国共産党の機関紙「学習時報」には次のような記事が載った。
 「将来、中国海軍の戦略的展開の範囲は、東シナ海、南シナ海に留まるべきでなく、太平洋北西部海域に延伸されるべきである。その海域で敵国艦隊と対等に競い、制海権を奪取するよう努力すべき」
 最近の南シナ海での活動を見ていると、中国勢力圏の拡大を狙い、南シナ海を裏庭化するような振る舞いが目立つ。
 2009年3月、情報収集に当たっていた米海軍音響測定艦インペッカブルが、海南島南方の公海上で、5隻の中国海軍艦艇に取り囲まれ、航行を妨害された。6月には、フィリピン西方の公海上で米海軍駆逐艦ジョン・S・マケインが曳航していたソーナーに中国潜水艦が衝突した。
 中国との領有権問題を抱える東南アジア諸国へも威圧的だ。昨年6月、中国がベトナム沖でベトナム漁船を拿捕する事案が発生した。同月、インドネシア領ナトゥナ諸島で、違法操業する中国漁船をインドネシア海軍が拿捕したところ、中国漁業監視船は中国漁船を釈放しなければ攻撃すると警告。インドネシア海軍も応戦体制を整え、一触即発の事態になった。
 今年3月には、中国艦艇が南沙諸島付近で、フィリピンの資源探査船に停止命令を出して妨害。5月にはフィリピンとの係争地域で建造物を建設する動きを見せた。同月、中国監視船がベトナムの石油探査船の探査ケーブルを切断。6月にも再度ケーブル切断事件が起きた。
 ベトナムのタイン国防大臣は「忍耐強く対処しているが、再発は決して望まない」としつつも、「中国はいつも平和的解決の重要性を口にするが、実行が伴わない」と厳しく非難した。
 フィリピンのガズミン国防大臣は、中国の行動が平素の融和的な外交的言辞と大きくかけ離れており、「我が国が管轄する海域の健全な環境を破壊している」と強く批判した。
 中国と領土係争を抱えるベトナム、マレーシア、フィリピン、インドネシアの軍事力は弱体であり、中国との軍事力格差は大きい。力の信奉者である中国への抗議は「蛙の面にションベン」であり、譲る気配は微塵も見せない。それどころか、次のように主張する。
 「南シナ海の問題を外交と経済手段だけに頼るのは非現実的である。実際に軍事的手段で解決するかは別にして、強大な軍事力を後ろ盾にしないと、領土のみならず、民族の生存権利さえ失ってしまいかねない」
 中国海軍は監視船を260隻から2020年には520隻以上の2倍に増やす。監視用飛行機は9機から15機へ、周辺海域の監視要員は9千人から1万5千人に増強し、海域での監視を強める計画である。
 東南アジア諸国は米国との関係強化によって中国の動きを牽制しようとしている。だが中国は、米国と一戦をも辞さない強硬姿勢である。
 「南シナ海問題は中国人民の心臓の上にかざした刃であり、武力で挑発するのならば、矛盾は激化し、中国人民はその刃を振り払うしか方法はない」
 東シナ海も例外ではない。多数の中国艦艇が宮古島を通り抜けて、進出するのが常態化しつつある。近年、警戒監視にあたる海上自衛隊艦艇にヘリを異常接近させるなど、示威行動を繰り返している。南シナ海に比して行動が控えめなのは、日米同盟の力が、未だ中国を上回っているからだ。
 今後、台頭する中国にどう向かうか。戦争でねじ伏せる訳にはいかない。中国が自ら、軍事的無頼漢になるのを抑え、国際社会で責任ある国になるよう誘導するしか方法はない。これが関与政策である。
 関与政策は冷戦時の「封じ込め」政策とは違う。封じ込め政策は、西側諸国とソ連との関係を経済的にも政治的にも断ち、封じ込めようとした。関与政策は、関係を維持しつつ、相互繁栄が叶えられるよう、中国を導く政策である。
 関与政策を実施するには関与する側に力が必要である。また関与政策は長い年月がかかる。その間、中国が独善的になったり、邪な誘惑に駆られることを抑え、状況がどう転んでも対応できる備え(ヘッジ戦略)が必要である。
 中国の力に対抗できるのは、米国だけだ。だが、米国は今、足元が覚束ない。巨額な財政赤字は米国の力を削いでいる。米連邦政府の公的債務残高は既にGDPの70%に膨らんだ。大英帝国が崩壊する過程に酷似すると、警鐘を鳴らす歴史家もいる。
 この7月、債務上限問題で議会が紛糾した。土壇場で決着したが、今後10年間で、約200兆円もの財政赤字を削減することになった。削減は、当然国防予算にも及ぶ。2001年の同時テロ以降、増え続けた国防費は、2012年度、初めて5%削減された。今後5年間で6.5兆円削減する方針である。
 オバマ大統領は2025年までに安全保障関連予算を35兆円削減する計画だ。景気が更に悪化すれば、国防費の追加削減や、同盟国への負担が求められる可能性もある。
 米国は過去、第一次、第二次大戦後、ベトナム戦争後、そして冷戦後の計四回、軍縮を行ってきた。いずれも脅威が減少した中で実施された。今回は中国の脅威が増す中で、国防費削減を行わねばならない。
 ゲーツ長官は6月、最後の外遊となったシンガポールでの会合で、「財政赤字が増えようと、アジアへの軍事介入の予算は減らさない」「日韓豪の同盟を強化する。中国の接近拒否、領域拒否は許さない」と述べた。
 米国が関与政策への強い意志を持つことは、アジアの平和と安定に欠かせない。問題は、財政赤字を抱えて、どこまで実行できるかだ。
 中国の台頭は最早、米国でも一国では手に余る。中国の傍若無人さを阻止することに共通の国益を有する国が協力し、連携することが欠かせない。日本、豪州、韓国は米国との同盟を強化し、協力して関与政策を遂行しなければならないのだ。
 米国は、ASEANやインドとも連携を強化する意向である。米軍はASEANには部隊を駐留させていないが、今後、共同演習などを増やし、プレゼンス強化を図るだろう。インドと連携し、多国間安保体制を作ることも重要となる。
 ベトナムの動きは、米中軍事バランスに大きな意味を持つ。中国との領土係争を抱え、力で劣るベトナムは米国へ接近し始めている。ベトナム首脳は、冷戦時代にソ連が使っていたカムラン湾を外国の軍隊に使用させると発言した。米軍の誘致を視野に入れているのだろう。
 では日本がやるべきことは何か。何より米国がアジアから出ていかぬようにしなければならない。米国が日本から撤収すれば、韓国や東南アジアにもドミノが広まる。そうなれば、軍事バランスは中国側に傾き、中国の影響力は更に強まる。関与政策どころでなく、アジアは早晩中国に飲み込まれるだろう。
 日米韓豪、ASEAN、インドと共に安全保障協力のネットワークを築くことも重要だ。衰弱しつつある米国を支援するため、負担の肩代わりも欠かせない。日本が離島防衛やミサイル防衛など、自国をしっかり守ることが米国の負担を軽減することにもなる。何より米国を中心とし、諸外国と協調して力の空白を作らないことである。
 浅薄な見識しか持たず、外交センスもない政治家が、政治主導の美名の下、日米同盟を弄ぶ時ではない。日本は国益を見据えた深慮遠謀、戦略的な対応が求められる。「最低でも県外」などと妄言を繰り返している場合ではないのだ。

宗教法人念法眞教機関紙「鶯乃声」 2011年10月号より転載