(19) 「左警戒右見張れ」

元自衛官 宇佐静男

 帝国海軍には「左警戒右見張れ」と言う言葉があった。一方に注目が集まる時こそ、全体に注意を払えという箴言である。例えば艦の左舷に敵を発見した場合、全員の注意がそこに集中してしまうと、右舷から接近する敵に気付かず、対応が遅れて撃沈されてしまう恐れがある。こういう時こそ全周に気を配り、警戒を怠りないようという戒めである。
 今の日本はどうだろう。3月に発生した東日本大震災以降、日本国民の眼は震災被害と原発事故に釘付けになっている。2万5千人を超える死者、行方不明者を出し、原発対応も含め10万人を超える人々が、避難所で不自由な生活を強いられている。福島原発事故は関係者の懸命な努力にもかかわらず、未だ予断を許さない危険な状況が続いている。国民の関心がそちらに向かうのは当然である。
 だが国の安全保障といった観点から見ると決して健全な状況ではない。国民は災害復興に最大限の関心を払いつつも、他方で常に冷静な眼をもち「左警戒右見張れ」の心構えを忘れてはならない。
 我が国周辺には3つの核武装国家があり、2つの共産主義国家がある。そして3つの国と領土問題を抱えているのだ。油断があればあっという間に領土主権や権益を奪われかねない厳しい環境にある。決して安閑としておれるような情勢ではない。
 百年に一度の未曾有の大災害が起こったからといって、厳しい安全保障環境が好転するわけではない。災害を理由に国の安全保障は待ってはくれないのだ。安全保障なくして国家の存続、繁栄はあり得ない。今、事が起きれば災害復興どころではなくなってしまう。
 特に朝鮮半島情勢にはしっかりと「見張り」が必要だ。北朝鮮は閉鎖的な独裁国家である。飢餓に苦しむ国民を尻目に軍事を優先する「先軍政治」を標榜している。何をしでかすか分からないということで、国際社会では「ならず者国家」と呼ばれている。
 拉致事件、偽札製造、覚せい剤密輸などの犯罪を国家が主導してきた。今、核開発が着々と進められ、ミサイル開発も推進している。ある国際学者は「独裁国家が強力な破壊力を持つ軍事技術を有した場合、それを使わなかった歴史的事例を見つけることができない」と述べる。核弾頭とミサイルが完成すれば、外交交渉において恫喝の手段として必ず利用するだろう。
 来年は金日成生誕100年、金正日生誕70年を迎える。北朝鮮は「2012年『強勢大国』の大門を開く」と宣言し、「政治・思想強国」「軍事強国」「科学技術強国」「経済強国」を目指すとしている。
 ところが北朝鮮は今、非常に不安定な時期を迎えている。独裁者である金正日総書記は2008年に脳卒中で倒れた。奇跡的な回復と言われたが現在も四肢に障害が残っているようだ。また膵臓癌との説もある。最近は記憶力の減退も著しく、痴呆症の症状が出ているとの報道もある。
 独裁者が心身ともに健康である場合、独裁政権の外交政策は冴えを見せる。北朝鮮はこれまで、チキンゲームを思わせる強硬路線で、ぎりぎり相手国を追い詰め、寸でのところで妥協したと見せかけ、大きな成果物をせしめてきた。いわゆる瀬戸際政策であり、北朝鮮はこれを繰り返してきた。
 典型は1994年の核疑惑である。1992年1月、北朝鮮は国際原子力機関(IAEA)の核査察協定に調印したが、3月には早くも核拡散防止条約(NPT)を脱退した。1994年3月にはIAEAまで脱退して査察拒否を表明し、核開発疑惑が更に強まった。危機感を覚えた米国は6月、ジミー・カーター元大統領を特使として派遣。カーターとの会談で、金日成は韓国大統領金泳三との南北首脳会談実施の提案を受け入れ、見返りとして米朝枠組み合意及び軽水炉と重油という成果物を難無く手に入れた。
 瀬戸際政策はチキンゲームに似て極めて危険である。一歩間違えば大惨事を引き起こしかねない。1962年、米国はキューバ危機の際、瀬戸際政策でソ連に対峙した。ケネディ大統領はキューバへの核ミサイル配備阻止のため、核戦争も辞さないという断固とした強硬姿勢で交渉にのぞんだ。結果的にはソ連側の譲歩(核ミサイルの撤去)を引き出したが、まかり間違えば核戦争に発展する危険性さえあった。この瀬戸際政策は、ケネディという決断力と洞察力に優れた指導者が、米国の卓越した情報能力を駆使してはじめて為し得た離れ業であった。
 独裁国家は独裁者に衰えが出始めると、往々にして国策を誤ることは歴史が証明している。ヒトラーしかり、毛沢東しかり。今、金正日は健康のみならず、記憶力も判断力も衰えつつある。瀬戸際政策は優れたリーダーが絶妙のタイミングを見計らって空手でいうところの「寸止め(すんどめ)」を効かすことが成功の条件である。心身ともに衰えた金正日が瀬戸際政策を続けても、これまでのように合理的な「寸止め」が効かないことが予想される。「寸止め」に失敗し独裁国家が暴走すると、取り返しのつかない事態を招きかねない。何しろ北朝鮮は核兵器を保有する無頼国家なのだ。
 もう一つの不安定要因に後継者問題がある。独裁者が交代するとき不安定化するのは独裁政権の本性であり宿命である。金正日に衰えが目立ち、余命いくばくもないといわれる状況にあって、後継者へのスムースな権力移行は北朝鮮にとっての最優先課題である。
 2010年9月、三男の金正恩が後継者として正式に決まった。だが独裁政権の権力移行はそう簡単ではない。後継者はすさまじい権力闘争に勝利しなくてはならない。
 軍を頂点とする権力の掌握には正統性と実力の裏付け、そしてカリスマ性が要求される。金正恩は血縁という金王朝の正統性はあっても、軍隊経験や実戦経験はない。軍や政権右派を心服させるほどの実力やカリスマ性なんぞ望むべくもない。
 北朝鮮は軍隊が支配する軍国主義国家である。軍を心服させ、掌握してこそ独裁者としての権力を掌握できる。実力も未知数でカリスマ性もない若者が権力基盤を固めるのは容易ではない。
 軍部は強い指導者を好むのが世の常である。後継者は軍の歓心を買い、軍を掌握するため、往々にして強がって見せようとする。時として荒唐無稽ともいえる策謀を企てることさえある。金正日の権力掌握過程を見てみれば一目瞭然である。
 金正日は1974年2月、朝鮮労働党中央委員会において、政治委員会委員(現:政治局委員)に選出され、金日成の後継者として推戴された。北朝鮮建国の立役者である父、金日成に比して実力もカリスマ性も劣る金正日は、誰もが驚く強硬路線を自ら指令し、強さをアピールしようとした。
 1977年から始まった横田めぐみさんをはじめとする非道な拉致事件、1983年の「ラングーン爆破テロ事件」、1987年の大韓航空爆破事件などは金正日が親筆指令を発したと元工作員が証言している。北朝鮮専門家によれば、これらは軍部を掌握する為の「強がり」の演出だったといわれている。
 数々の非道な強硬路線を実行に移し、金正日は1991年12月、朝鮮人民軍最高司令官に就任した。1993年4月には軍の統帥権を握る国防委員会委員長に選出され、19年かけてようやく軍を掌握するに至った。
  今後、金正恩が軍を掌握する過程で同様なことが起こりうることは充分予想される。いや、もう既に起こりつつあるのかもしれない。
  昨年3月26日、韓国海軍哨戒艦「天安」が北朝鮮の魚雷により撃沈された。北朝鮮はいつもながら関与を否定している。だが、韓国側の調査結果や証拠物件から見るに、ほぼ北朝鮮は黒に違いない。11月23日には南北軍事境界線から3キロ離れた韓国領「延坪島」(よんびょんど)に北朝鮮軍側から砲弾100発以上が打ち込まれた。今年4月には韓国の農協の電算システムをマヒさせるというサイバーテロが起こった。これらは金正恩の指令である可能性がある。
 今後、朝鮮半島は益々不安定な情勢を迎えるであろう。もはや朝鮮半島で何が起きても不思議ではない。朝鮮半島情勢は日本の安全保障に直結している。我が国はこれまでのように安穏としているわけにはいかない。
 安全保障に「想定外」はない。「想定外」を想定するのが安全保障の要諦である。今後、何が起きてもたじろぐことなく毅然として対応できるよう、国の守りを固めていかねばならない。この為には我が国の防衛力を整えると共に、日米同盟を活性化させ、弾道弾ミサイル防衛能力の向上など、核の恫喝にも耐えられる態勢を確立しておく必要がある。今、日本国民には「左警戒右見張れ」が求められているのである。(5月30日記)

宗教法人念法眞教機関紙「鶯乃声」 2011年7月号より転載