(18) 「下の句」に向き合う勇気を取り戻そう

元自衛官 宇佐静男

 「おもしろきこともなき世をおもしろく、すみなすものは心なりけり」
 高杉晋作の辞世の句である。幕末、彼は長州藩の尊王攘夷の志士として活躍し、奇兵隊などを創設。長州藩を倒幕の方向に動かした奇想天外な人物だった。彼は満二十七歳で明治維新を見ることなく病没した。死の床にあった高杉は、「おもしろきこともなき世をおもしろく」と上の句を詠んだところで力尽きた。看病していた野村望東尼が「すみなすものは心なりけり」と下の句をつけたと言う。
 光には影があるように、コインには裏と表があるように、また人間には男と女があるように、歌にも「上の句」と「下の句」があって初めて歌として完結する。この辞世の句も、野村望東尼が代わりに歌った「すみなすものは心なりけり」の「下の句」でようやく高杉晋作の生き様が完結した。
 最近の日本はどうもおかしい。「上の句」は主張するが「下の句」を口にしようとしない。だから無責任な言いっぱなしに終わることが多い。
 「公務員削減」を主張するが「だからサービスは低下してもいい」との「下の句」は言わない。「年金は納めない」と豪語する人がいる。だが「老後の面倒は自己責任で」とは決して言わない。「給食費未納」の親が「子供には食事を与えてもらわなくて結構」と「下の句」を言うのを聞いたことがない。
 高速道路料金は引き下げろ、高校授業料は無料化しろ、子供手当ては増額を、医療保険料は値下げしろなど「上の句」は喧しい。だが「だから代わりに○○を削減しよう」あるいは「増税しよう」という「下の句」には口を噤む。その結果が41兆円税収に対し、92兆4千億円の歳出という23年度予算である。公債依存度は47.9%にも上る。これはどう見ても異常である。まさに「子供の借金で酒を飲んだくれる親」そのものだ。
 こんな状態がいつまでも続くわけはないとみんな思っている。いつか倒れるのが分かっているのに、見てみぬ振りをする無責任さ。国民全体が駄々っ子以下の民度に成り下がったのだろうか。
 かつての日本では、権利の主張は控えめでも、義務は当然の事とし、責任は命を張ってでも果たす武士道の国だった。「下の句」を何より重んじた美しい日本が、何故「下の句」を言わない無責任な国になってしまったのだろう。
 原因は、「吉田ドクトリン」と戦後平和主義にあると思う。戦後日本は敗戦の瓦礫の中から一日も早く立ち上がること、つまり経済復興を第一の国家目標とした。このため国家の最も大切な国防をワシントンにまかせ、金儲けに専念した。
 幸運にも日本は、冷戦下で平和を享受し、深刻な国防の危機に遭遇することもなく、金儲けに専念できた。世界も驚くほど短期間で戦後復興を成し遂げたのだ。
 だが一方で、最も大切なことを忘れてしまった。国家というものが国民一人一人の責任と義務、そして努力によって成り立っていることを。「平和」や「自由」は与えられるものではなく、国民一人一人が努力して勝ち取るものという世界の常識を理解できなくなった。
 米国のケネディ大統領は、かつて次のように演説した。
 「自由の存続と達成を確たるものにするためには、我々はいかなる代償も厭わず、いかなる重責にも耐え、いかなる困難にも立ち向かい、いかなる友をも助け、いかなる敵にも立ちはだかるだろう」
 米国民はこの演説に奮い立った。だが、これを聞いて心を動かす日本人が今どれだけいるだろうか。
 「平和」は叫ぶが「平和」を実現するための「責任」「義務」という「下の句」には口を噤む。「自由と権利」は主張するが「責任と義務」という「下の句」は無視することが恥ではなくなった。
 戦後平和主義の悪影響も大きい。先の大戦によって途端の苦しみを味わったトラウマがマルクス思想と相まって、「国家」や「公」というものは、国民と敵対する存在であるとする風潮が蔓延した。「国家」や「公」に奉仕することは、戦前のように戦争への道を進むことになりかねない、だから「個人」や「私」を最優先すべしといった戦後平和主義の虚ろな空気が日本を支配した。
 国家は国民を守るべき共同体であるには違いない。だが、国民がその国家を支える義務を負わない無責任さが蔓延すれば、国家が「ゆすりたかり」の対象になるのは必然である。いつか破綻することが分かっていても、バラマキをなお要求し、負担や増税といった「下の句」は拒否する。「恥の文化」もどこかに吹き飛んでしまったようだ。
 成田空港建設に反対した人が、何の恥じらいもなく堂々と成田空港を利用する。日頃、日本国を悪し様に貶す「反日日本人」が日本国パスポートを持って臆面もなく海外に出かける。日教組の活動家の先生が自分の子供は私立の学校に入れる。「公立学校は荒れているから」と言って。
 先ごろ、リビヤで内乱が勃発した。英国は早々に英空軍機をリビヤに強行着陸させ、あっという間に在リビヤ英国人を全員救出した。いわゆる邦人救出作戦である。
 日本はどうだろう。航空自衛隊は世界中のいかなる場所でも、日本人を救うために邦人救出を行う能力と意思は持っている。だが法律上、邦人救出はできない。自衛隊は危ないところには行ってはならない、当事国の許可がなければ行けないなどの制約が課せられており、邦人輸送はできるが邦人救出はできないのだ。
 国会でこの法律が論議された時、反対したのは共産党、社会党である。「自衛隊が海外に行くのは反対」と主張した。だが「だから、いざという時は、日本人は救えません」との「下の句」は決して言わなかった。もちろん日本人を救う他の方策なんかあるわけがない。最後の手段が軍隊による邦人救出なのだから。この状況は依然変わっていない。無責任体制を放置した政治の怠慢である。世界広しと言えど、邦人救出作戦ができないのは日本だけである。
 十数年前の事になるが、米国ニューハンプシャー州に行った時、米国の友人の説明に感動したことがある。ニューハンプシャー州は、州の消費税がない。その代わり、その予算を捻出するために消防署を廃止したという。「州は消費税をとらない」という「上の句」に対し、「だから火事になっても自分で消火しろ」という「下の句」を住民投票で決めたと言う。「下の句」をしっかり自覚した上での州民の選択。さすがは民主主義の国だ。
 「下の句」は通常、耳に痛い。だから世論を気にする政治家は言及を避ける。これをポピュリズムと言う。典型的なのは四十数前の美濃部都政である。
 当時、高速道路建設をめぐって住民の反対運動が起こった。戦後平和主義者の代表たる美濃部革新都知事は、学者出身らしく西欧の諺を引用して反対運動に迎合した。
 「一人でも反対があれば、私は橋をかけない」という諺である。実はこれには「下の句」があった。「だから冬でも泳いで渡れ」という「下の句」が。だが、彼は耳に痛い「下の句」はあえて言わなかった。「高速道路は作らない。だから交通渋滞が起きても我慢しろ」と言わない無責任さが、世界でも最悪を争う首都交通事情を作ってしまった。万事この調子の美濃部都政は、バラマキと都職員数の増大により借金が膨れ上がり、退陣を余儀なくされた。
 「政治家は次の時代を考える。政治屋は次の選挙を考える」という。次の時代を考え、国民に対し耳の痛い「下の句」を言ってこそ、初めて政治家は政治屋でなくなる。その政治家を選ぶのは国民の責任である。
 日本は「失われた二十年」を経験した。これから脱する見通しは未だたっていない。追い討ちをかけるように三月十一日、東日本大震災は起こった。津波によって引き起こされた福島原子力発電所の事故は、世界が固唾を呑んで見守る深刻な状態が続いている。
 今後、日本の原子力政策が議論されるだろう。原子力発電に反対してきた人は、「だから、我々は原発に反対だった」と胸を張る。だが、今後の議論では「原発は廃止だ」と「上の句」だけをいうような無責任さは許されない。
 日本の電力の1/3は原発に頼っている。太陽光発電で代替だといったところで、実行可能性はない。山手線内を太陽光発電パネルで埋め尽くしても、原発一基分にしかならない。風力発電ならその3倍の土地がいるという。原発分の電力は太陽光や風力発電ではとても賄えない。
 化石燃料で代替しようとしても、CO2排出といった問題がある。中長期的には燃料価格高騰に伴う電気料金の大幅値上げは必至であろう。「原発は廃止だ」と「上の句」を主張するのであれば、「計画停電を覚悟しよう」「電気代の大幅値上がりは負担しよう」あるいは「CO2排出量が増えてもやむをえない」といった「下の句」を主張してこそ、責任ある議論ができる。
 今回の東日本大震災、千年に一回といわれる未曾有の大災害。このまま日本を沈没させてはならない。この惨状から立ち上がり、日本を再び復活させるには、我々一人一人が日本を支えているのだという当事者意識の復活が不可欠である。「下の句」まではっきり言う責任感を取り戻し、国民の衆知を集めて復興の青写真を作っていくことが何より必要である。
 日本の復興に必要なもの、それは「下の句」に向き合う勇気を取り戻すことなのである。

宗教法人念法眞教機関紙「鶯乃声」 2011年6月号より転載