(17) 頑張ろう日本、甦れ日本

元自衛官 宇佐静男

 3月11日午後、百年に一度といわれる未曾有の大災害が起きた。この災害で亡くなられた方、津波に全てを奪われ方、そして避難所で不自由な生活を余儀なくされている方々に対し、心からお悔やみとお見舞いを申し上げます。
 また、今なお身の危険を顧みず戦っている自衛官、警察官、消防官、原発作業員の方々、そして献身的な支援をされているボランティアの皆さんに対し、深く感謝と敬意を表します。
 大災害に遭われた被災者の方々は誠にお気の毒であるが、大惨事にもかかわらず、冷静さを保ち、礼儀正しい皆さんに対し、外国メディアがこぞって称賛の声を上げていることを是非お伝えしたい。
 米国メディアは次のように伝えていた。
 「これほどの被害に遭いながらも、なお日本人はパニックには陥らず、秩序を保ち、礼儀さえ保って、お互いを助け合っている」、「計画停電を行っても大きなトラブルが起きない。米国ではありえないことだ」
 日本人から見れば当然の状態であるが、米国では、まるで異様なことのように思われるらしい。
 CNNテレビでは、連日次のような報道が繰り返されていた。
 「被災地の住民たちは冷静で、自助努力と他者との調和を保ちながら、礼儀さえも守っています。共に助け合うという共同体の意識でしょうか、調和を大切にする日本社会の特徴でしょうか」、「略奪のような行為は驚くほど皆無なのです。皆が正直さや誠実さを維持して社会が機能しているという様子なのです」と絶賛している。
 2005年8月、米国ではハリケーンがルイジアナ州を襲った。住民の大多数はニューオリーンズから市外へと避難した。この時、市内にとどまった一部の人たちが付近の商店に押し入り、商品の数々を略奪した。その破壊や盗みの光景は全米に放映された。
 英国紙「エコノミスト」のリポートでも次のように礼賛している。
 「日本の被災者の間では社会的調和の保持が目立ちました。お互い助け合い、個人では違法な行動を決して取らないという暗黙の文化的合意と言えるでしょう」
 米国紙「ウォールストリート・ジャーナル」も、東京発の記事で「東京都民はストイックな冷静さを保っていた」、「略奪など決して起きない」と断言している。同社説では「この地震で自国を守った日本のパワーは、近代国家の業績として決して見落としてはならない」と総括した。
 地震当日の「帰宅難民」の様子も外国にとっては奇異に映ったらしい。「フィナンシャルタイム」は次のように書いた。
 「地震の当日は何万人もの人がオフィスに泊まり、何百万人の人が蟻の行列のように何キロも歩いて自宅に帰った」、「月曜になると、電車の運行が限られていたにもかかわらず、大勢の人が何とかして職場に戻って来ようとした」と述べ、「日本は国民以外に、ほとんど天然資源を持たない国だ。日本の奇跡を生み出したのは彼ら日本人である」と賛辞を送っている。
 反日の論調が一般的な中国でも、今度ばかりは日本人の沈着冷静な対応ぶりを報道した。
 「スーパーの入り口では市民は列に並び、商品の価格もそのままで商品が提供された。道路の信号機は壊れ、警察もいないが、交差点では互いに譲り合う光景が見られる。災難は人々の魂までも打ちのめしたわけではなかった」と述べ、中国にしては珍しく「中国ではあり得ない」という視点で報道した。
 この他にも、多くの外国メディアが次のように報道し、日本人の民度の高さに賛辞を送った。
 「一部地域では政府の対応が不十分にならざるを得なかったものの、救援活動は整然と行われている」、「愛する家族や家を失った人々が、辛抱強い自制心をもって事態に対応している」、「瓦礫の山の中でも、住民たちが礼儀正しいユーモアをもって、隣人や訪問者と接する様子がうかがえる」
 昨今、戦後教育の影響で日本のモラルは地に落ちたと言われる。だが、日本人はいざという時、内なる武士道的DNAを甦らせ、底力を見せることが再発見された。史上稀にみるほどの大惨事に遭った時、日本人が見せた冷静さや沈着ぶりに対し、我々は大いに自信を取り戻し、誇りを持っていいのではないだろうか。
 福島原発の事故に対し、身の危険を顧みず対処にあたった自衛官、警察官、消防官、そして原発作業員の勇気ある活動にも思わず目頭が熱くなるものを感じた。普段、自衛隊に対し手厳しいマスコミも「英雄的な献身と卓越した勇気」と賛辞を送っている。
 自衛隊はこの災害に約十万人を派遣した。総人員が二十数万程度なので、約半数かと思われる方もいるかも知れない。だが、十万人といえば、ほぼ全力対処である。
 自衛隊は災害派遣中でも我が国を守るために周辺を警戒監視し、いざというときにはスクランブル発進できるように二十四時間待機を続けている。また出動した部隊の留守を預かって、機材の整備や後方支援を担当している隊員達もいる。司令部や病院、あるいは教育部隊もある。大規模災害だからといって警戒監視やスクランブルを疎かにしたり、あるいは新人教育などを中止するわけにはいかない。災害派遣にはどうしても出動できない最小限の隊員達を除けば、ほぼ全員が出動しているのだ。十万人が少ないというなら、これまで防衛費を減らし、人員を削減してきた歴代政府に責任があるのであって、自衛隊を非難するのは筋違いもはなはだしい。
 ほぼ全力で対処にあたっているため、派遣された隊員達は、疲れても交代要員はいない。泥にまみれた作業服は着替えもない。昼夜を分かたない活動で疲労困憊だが、国民のために歯を食いしばって頑張っている。
 被災直後は2~3日分の携帯食料だけで、連絡の途絶した被災地に入って捜索活動、救出活動を始めた。瓦礫の中で黙々と捜索活動を続ける自衛官、被曝覚悟で福島原発の上空を飛び、温度測定や放射能測定に携わる自衛官、老人を背負って避難させる自衛官などを見るにつけ、本当に頭が下がる。
 地元の部隊から出動した多くの隊員達は妻や子を家に残して出動している。家族が被災しても、その面倒をみてやれないで隊員達。さぞかし後ろ髪を惹かれる思いに違いない。残された家族は主人が居なくて心細いだろう。だが、家族は「この国難に弱音は吐けない」と気丈に家を守っているという。
 隊員自身が津波の被害にあい、行方不明になった者もいる。あるいは親兄弟が被災し、未だ行方不明だという隊員もいる。そういう悲惨な境遇にあっても、不安と焦り、辛さ、悲しさはおくびにも出さず、自分のことはそっちのけで被災住民救助を最優先にし、黙々と働く隊員達。「現代防人」の神々しい姿である。日本人にはやはり武士道のDNAが根付いている。
 一方、司令塔たる官邸の右往左往ぶり、やってはならない「兵力の逐次投入」的な対応など、リーダーシップ欠如には目を覆うばかりだ。大災害を支持率浮揚のきっかけに利用しようとする浅ましいパーフォーマンスには反吐が出る思いである。その場凌ぎと責任逃れに終始し、怒鳴りまくるのが政治主導だと勘違いしている総理大臣、自分の決心事項にも係わらず統合幕僚長に責任を押し付けようとする防衛大臣、黙々と働く消防官の背後から「処罰するぞ」と言うような経済産業大臣等々、数え上げればきりがない。「国民一流、政治は三流」を実感した国民も多いだろう。
 国家危急存亡の折、無能な政権だからといって取り替えている時間的余裕はない。復興は待ったなしだ。頼りない政権を当てにしても始まらない。ならば、政権に期待することなく、国民が思いを一つにして先ずは日本復興に力を尽くすしかない。自主的な節電協力、募金、ボランティア活動など、できることはいろいろある。現場で泥まみれで働く自衛官、警察官、消防官達を激励したり、被災者のために祈ったりする事も大切なことだ。ここは日本国民の英知と献身的な努力で日本を復興させてみせよう。現場では自衛官はじめ多くの人たちが黙々と、そして献身的に日本復興の為に頑張っている。我々一人一人が自分のできる範囲で御国のために精一杯頑張り、日本を再び甦らせようではないか。
(3月28日記)

宗教法人念法眞教機関紙「鶯乃声」 2011年5月号より転載