(16) 「今なお続く驚くべき自虐教育の実態」

元自衛官 宇佐静男

 16世紀中頃から17世紀前半までの約80年間はスペインが最も繁栄した時期である。スペイン史上「黄金の世紀」と呼ばれている。1521年から1532年の間にアステカ文明、マヤ文明、インカ文明を滅ぼし、アメリカ大陸はあらかたスペインの植民地となった。1580年にはポルトガルをも併合し、ブラジルやアフリカ、インド洋に広がるその植民地をも含め、「太陽の沈まぬ帝国」(スペイン帝国)が誕生した。
 栄華を極めたこのスペインも19世紀後半には、植民地を失い一貧乏国に没落する。スペインが没落した原因はいくつかあるが、スペイン人が自国の誇りを失ったことが最大の原因だといわれている。
 スペインでは、かつて子供達に対し、自国はアステカ、インカ、マヤの三つの文明を滅ぼした悪い国だと自虐教育を続けた。その結果、スペインの子供達は自国の誇りを持つことができず、彼らが大人になるにつれ、誇りの喪失は国全体に蔓延した。これが没落の主因だというのだ。
 先日、ある記事を読んで驚いた。日本では昔のスペインと同様な、あるいはそれ以上の自虐教育が今でも行われている。
 現在、多くの高校が修学旅行先に韓国を訪れ、独立記念館を訪問するという。学校では、韓国で子供たちに残虐な展示物を見せて「日本人として率直に反省する」よう教育するというのだ。旅行前には事前学習まで行われ、訪問後に感想文を書かせるという念の入れようである。
 事前教育の感想文を幾つか紹介しよう。
 「事前学習を通して私の目の前につきつけられた韓国と日本の歴史は想像をこえたものでした。こんなにも日本がひどいことをしていたとは・・・」
 「修学旅行前は、先生方にいろいろなビデオを見せてもらって、それなりに韓国の文化や歴史を学びました。なかでも、一番私が印象に残ったビデオは日本人が韓国人にした、残虐な行為をしたビデオです」
  そして修学旅行後に書かせた感想文はこのようなものだ。
  「中に入って展示品を見ているうちに、私の方が日本の残忍さに泣きたくなるというより、むしょうにくやしくなった。日本人はどうしてこんなむごいことができたのだろうと私の方が日本を嫌いになってしまいそうだった」
  「一番心に焼きついて忘れられないのは、日本人による韓国人の虐殺です。あのような痛ましい姿は今まで見たことがありません。特に人形による再現は、全くひどいものでした。どうして人間はここまで残酷になれるのでしょう」
  「日本の戦争や併合などの行為が、韓国の発展を妨げたというのに、何の補償も責任も果たしていないことを知って、私は申し訳なさと同時にとても恥ずかしくなりました」
  「私は訪れる時までは、日本人であることを本当に誇りに思っていました。(中略)しかし韓国を訪れた私は、突然にその鼻をへし折られてしまいました。(中略)日本人に対して、羞恥心を感じてしまいました」
  感想文には日本の教科書批判まで書いている(書かされた?)ものもある。
  「独立記念館にたくさんの中学・高校の日本の歴史の教科書が並べてあった。その中に私は中学のころ使っていた教科書も今使っている教科書もあった。『お前の教科書はうそだ!』 と詰め寄られているようで息苦しさを感じた。私はもっとくわしく学びたいから是非教科書に日帝時代についてのせてほしい」
 これなどは「新しい教科書」の採択に反対する教師が子供に書くように仕向けたものであろうと思われるが、それにしても酷い自虐教育である。
 韓国の独立記念館に子供達を連れて行くのは正常な歴史教育とは言えない。スペインより酷い自虐教育であり反日教育そのものである。記念館の資料は必ずしも事実とは言えず、誇張されたものも多い。韓国人から見た歴史の記念館なのだ。
  20代の意識調査結果では「自国に誇りを感じる」と答えた日本の若者が54.2%だった。74カ国中、71位だそうだが、こういう自虐教育の実態を見ると、この数字にも合点がいく。
 どんな国でも、その歴史に光と影が在る。戦争もあり、人を殺すことだってある。だが時代の流れやその時の国際情勢などを抜きにして、歴史を切り取って事象だけを教育しても歴史を正しく理解することはできない。欧米列強による帝国主義や重商主義の流れを理解せずに、植民地支配の善悪を語っても意味はないのだ。
 そもそも現代の価値観で過去を裁くことほど愚かなことはない。まして残虐な場面だけを子供に見せるのは、歴史教育でもなんでもない。
 例えば、吉良邸に討ち入って、吉良上野介を殺すところだけを見せるとしよう。多分、「忠臣蔵」もただの「老人虐待殺人事件」となるに違いない。その前の歴史や文化、出来事、ストーリーがあるからこそ大石内蔵助は今なお伝説のヒーローなのだ。韓国の独立記念館に行って正否も不確かな虐待の蝋人形を見せるなんぞは、吉良上野介の首を刎ねるところだけを見せて、これが「忠臣蔵」だといっているようなものである。
 日本の韓国併合は諸外国の植民地統治に比べると、比較にならないほど善政だった。こういう事実は今、日本社会では堂々と言えない雰囲気にある。言論の自由、学問の自由が認められている日本にあって、極めて、異常な風潮であるが、真実は真実として誰かが勇気を持って語らなければならない。
 1910年併合から1945年までの間、朝鮮総督府が行った施策は、朝鮮半島全体を近代化し、朝鮮民族の生活レベルを大きく改善・向上させた。鉄道新規敷設(6,000km)、道路整備(2,300km)、港湾新設、上下水道整備などの生活基盤の整備、あるいは治水、水利、農地区画整理工事による耕地面積の倍増を図った農業の振興、また工業化の推進や学校教育の普及と教育制度の確立など著しく日本の統治は朝鮮民族の生活水準向上に貢献している。
 併合時には、100校(17,000名)しか普通学校(小学校)はなく、識字率は10%に止まっていたのに対し、1936年には1校/1面(村)が達成されて識字率は65%に改善された。1943年には普通学校は4,271校に達している。1924年には、大阪、名古屋、台湾にさきがけ、京城帝国大学を設立している。如何に韓国の教育水準向上に日本が肩入れしたかがわかる。
 こういう歴史の輝かしい側面も教えず、ただ一面的に残虐シーンだけを子供に見せるというのは教育ではない。日本人に誇りを失わせる日本弱体化政策に外ならない。
 歴史は国によって見方が違うものである。歴史は水滴のようなもので、見る角度によって、雲にも見えれば、霧にも見える。時には虹にも見える。国によって見え方が違って当然なのだ。だが他国が見る視点に日本が合わせる必要はない。韓国政府が自国民に教える視点で日本の子供達を教育する必要はさらさらないのだ。
 歴史教育は、子供達に対し先人が示した気概を伝え、国家との一体感や愛国心を育み、国家のために頑張ろうという志を育むための教育である。英国の義務教育でもアヘン戦争は教えていないように、歴史教育の目的に照らし、子供へは教えるべき歴史とそうでない歴史があって当然なのだ。
 「ある国を衰亡させるには、その国の先人達が気概を示した歴史を教えなければいい」と歴史家トインビーは語る。先人が気概を示した栄光の歴史については記憶を失わせ、誤った歴史やマイナスの歴史のみ子供に刷り込む歴史教育は日本民族の抹殺行為である。
 諸外国に比して、日本は素晴らしい文化、伝統、歴史を有する国である。朝鮮半島の統治に限ってみても、欧米諸国の植民地征服の歴史に比べれば、決して恥ずべきものではない。先人がこの国の為に示した気概を素直に、堂々と胸を張って教え、日本の文化、伝統をしっかりと伝えていくことが何より大切である。良識ある国民の力で、いいかげんに自虐教育を止めさせようではないか。

宗教法人念法眞教機関紙「鶯乃声」 2011年4月号より転載