(14) 中国という国

元自衛官 宇佐静男

 昨年9月、尖閣周辺海域で中国漁船と海上保安庁の巡視船が衝突する事件があった。その後の中国の常軌を逸したヒステリックな対応は記憶に新しい。日本大使に対する非礼な深夜の呼び出し、官製反日デモ、閣僚級交流停止、ガス田開発交渉延期、スポーツや旅行など民間交流停止、レアアース輸出停止、挙句の果てには日本ゼネコン社員の拘束等、なりふり構わず船長の無条件釈放を求めてきた。
 日本政府は当初、法的手続きに沿って粛々と処置する予定だったが、結局、脅しに耐え切れず、急遽船長を釈放し、腰砕けの醜態を全世界に晒してしまった。
 某民主党幹部は「中国は困った隣人だ」と述べたが、今更、政治家が何を言っていると呆れてしまった。政治家がこの程度の対中国認識では困ったものである。中国は経済成長著しく、昨年日本はGDP世界第2位の座を明け渡した。軍備についても20年前に比して20数倍の規模に拡大した。実力をつけた中国は今後、益々傍若無人に振る舞ってくるはずだ。中国という国の本質をしっかりと理解していなければ、早晩日本は中国に飲みこまれることになりかねない。
 大多数の日本人は中国の本質を誤認しているようだ。多くの日本人は中国に対し孔子、孟子、あるいは四書五経に代表される礼儀や信義を重んじるイメージを抱いているようだがそれは幻想に過ぎない。
 中国は「二人のカール」を愛する国だといわれる。その二人とは「資本論」、「共産党宣言」で有名なカール・マルクスと「戦争論」の著作で有名なカール・フォン・クラウゼウィッツである。
 中国はマルクスを信奉する共産主義国家であり、同時にクラウゼウィッツが主張する「戦争を政治の延長」とみる「力の信奉者」である。そもそも「困った隣人」と言う前に民主主義陣営とは全く異質の国であることを認識しておかねばならない。
 中国の人民解放軍は共産党の軍隊であり国民の軍隊ではない。これ自体、我々とは全く異質の国家であることが分かる。しかも共産党は政府の上位にあり、党が国策を決定し、政府は党の決定を執行する機関にすぎない。もちろん共産党以外の政党はなく、一党独裁国家である。
 党の最高軍事指導機関である中央軍事委員会が党の意思を決定し、事実上ここで国家意思が決定される。委員会の構成は二人の文民(胡錦濤主席、習近平副主席)と十名の軍人からなる。構成員の大半が軍人であるため、何事にも軍事が優先するのは当然である。中国は過去60年、自国の利益確保のため、一貫して武力行使をしてきた国である。(49~92で118回)「政権は銃口から生まれる」とは毛沢東がしばしば使った言葉であるが、物事を成就させるには、ありとあらゆる手段を使っても許されるという国なのだ。
 政府には軍隊の指揮権はない。民主主義国家の常識が通用しないのだ。これを前提に対中外交を考えねばならない。戦後日本は軍事を忌み嫌ったため、中国の政軍関係を理解できる人も少なく、往々にして対応を誤る。
 平成16年11月に起こった中国潜水艦の領海侵犯事件では、日本政府は外交部を通じて中国政府に抗議した。だがこれは誤りである。中国外交部は政府に所属するが、政府に外交決定権はないし、まして軍に対する発言権は皆無である。「外交部は軍の召使である」と軍の高官が言うように外交部は軍の行動を追認するしかない。従って外交部への抗議は「形式的なものであり日本政府は本気ではない」との誤ったメッセージを中国側に伝えてしまった可能性がある。抗議自体、中国海軍に伝わったかどうかも怪しい。日本が本気で抗議するのであれば、防衛大臣から人民解放軍総参謀長へ、もしくは中央軍事委員会主席たる胡錦濤へ抗議しなければ日本の真剣さは伝わらない。
 中国は「力の信奉者」であることも忘れてはならない。中国が愛する二人目の「カール」、つまりクラウゼウィッツは次のように言っている。
 「戦争が止まるときは両者の武力が均衡したときだけである。流血を厭うものはこれを厭わないものによって必ず征服される」また「戦争は血を流す外交であり、外交は血を流さない戦争」とも述べる。戦争は国益争奪の政治の延長に過ぎないのであって、結局は軍事力が大きくものをいう。
 かつて朱熔基首相は「強行になれるかどうかは実力次第」と言った。強い相手には立ち向かわないが、相手が非力と見れば容赦なく攻めてくる。毛沢東も16文字でその正体を表現した。「敵進我退、敵駐我攪、敵疲我打、敵退我追」(敵が進めば退却し、敵が止まれば攪乱し、敵が疲れれば攻撃し、敵が退却すれば追撃する)
 過去の事例でも明らかだ。1984年、ソ連航空部隊がベトナムのカムラン湾の航空基地から撤退するや中国はすかさず南沙群島西側に進出した。1992年には米海軍がフィリピンのスービック基地から撤退するやフィリピン領有のミスチーフ環礁を占拠した。あわせて領海法を制定し、南沙、西沙群島を自国領として明記した。力の空白に躊躇なく入り込むのは「力の信奉者」の常道である。
 1996年、初めて民主的に行われる台湾総統選挙妨害のため、台湾近海にミサイル四発を打ち込んで威嚇した。訓練中の出来事だと中国は発表したため、国際社会は「精密な誤射」だと揶揄した。この時、米国の行動は素早かった。空母二隻を近海に派遣したのだ。途端に事は収まった。米海軍の力を前に、かなわないと判断したからだ。
 中国の思考パターンは分かりやすいといえば、分かりやすい。相手が弱ければ強く出るし、強い相手であれば静かに時を待つ。かつて「屈辱に耐え、実力を隠し、時を待つ」と鄧小平は言った。今回の尖閣事案は「時を待って」実力をつけた中国が日米同盟の漂流する日本の弱みを突いてきたということだ。21年間で軍事力を22倍に軍拡し、自信を付けた中国は、今後その力をいたるところで誇示するだろう。国力が国境や領有権のみならず排他的経済水域を決めるというのが、中国の基本的なスタンスなのである。
 相手が弱いと見ると決して手を緩めない。日本政府は船長を釈放すると中国は軟化すると甘い期待を抱いたようだ。だが強圧的な対日姿勢は益々エスカレートした。中途半端に譲歩しても、中国は譲歩しない。それどころか中国は更なる譲歩を求めてくる。
 対中外交に関しては、日米同盟を緊密化させ、この力を背景に正当な主張には一歩も引かない気迫を見せることが必要である。どんなに理不尽に見えても、これが対中外交の現実である。
 中国は尖閣諸島はもちろん、沖縄の日本帰属も認めていない。だが、ほとんどの日本人はそれを知らない。またマスコミも何故かこれを報道しようとしない。かつて毛沢東はしばしば「沖縄はもともと中国領土である」と言っていた。最近、中国の政府系機関が正面切ってこれを主張し始めている。
 日本の主張する日中中間線も受け入れず、沖ノ鳥島も「岩」だと主張し日本の排他的経済水域も否定している。今後、同盟漂流が続き、日本が弱さを見透かされれば、力をむき出しにして正面突破を図ってくることは間違いないだろう。フィリピンのミスチーフ環礁を占拠した事実は他人事ではない。
 力関係を瀬踏みしながら相手が弱いと見るや、軍事力を背景に他国領域を自国のものにしてきた。チベット、新疆ウイグル自治区とその版図を広げたやり方を見れば明らかだ。隙あらば台湾、尖閣、沖縄へと触手を伸ばしてくるだろう。
 筆者は何も中国を敵視しろと主張しているわけではない。中国の本質を正しく理解し、その上で日本としての安全保障政策を構築すべしと主張しているだけである。
 尖閣事案の日本政府の狼狽振りは誠に見苦しい限りだった。安全保障に定見のない国、脅せば容易に下りる国とのマイナスイメージを全世界に投影してしまったことは大きなダメージであった。「中国は困った隣人だ」と嘆いたところで引っ越すわけにはいかない。中国の本質を把握し、行動を予測し、隙を見せぬ備えを万全にし、不測事態が起こったら右往左往することなく毅然と対応することが何より日本に求められているのだ。

宗教法人念法眞教機関紙「鶯乃声」 2011年1月号より転載