(10) このままでは日本人を救えない

元自衛官 宇佐静男

 北朝鮮は脳梗塞を患い一時は再起不能と噂された金正日の独裁政権が未だ続いている。独裁政権は独裁者が健全で正常な判断ができるときは外交手腕に冴えを見せるが、独裁者が高齢化し、あるいは健康を損うなどして正常な判断が覚束なくなったとき、自国のみならず周辺諸国に極めて危険な害悪を及ぼすのは歴史が証明している。日本でいうと朝鮮出兵を進めた晩年の豊臣秀吉がそうである。
 国民を飢餓に苦しめながらも核やミサイル開発に固執し、3月には韓国海軍哨戒艇「天安」を撃沈するなど示威行為を繰り返す。本件は国連安全保障理事会に付託されたが、北朝鮮は捏造だと全面的に否定した上で、いかなる制裁も全面戦争とみなすと過剰に反応している。金正日の衰弱振りは隠せず、後継者問題が取りざたされる中、今後、朝鮮半島に何が起こっても不思議ではない。

 朝鮮半島には3万人に及ぶ在韓邦人がいる。万が一朝鮮半島で事が起きた場合、日本政府は半島に取り残された邦人をどう救出するのか。
 国民の生命を守るのは国家の責務である。邦人が海外で苦境に陥った場合、最後の手段として軍隊を派遣してまで救出しようとするのは諸外国では常識である。
 1976年、テロリストにハイジャックされたイスラエル人105名を救出するため、イスラエルはエンテベ空港に軍を投入。銃撃の末、人質を救出している。
 1979年、イランアメリカ大使館人質事件において、米軍は人質保護のため軍隊を投入。この時の作戦は失敗に終り、結果的には人質救出はできなかったが、軍事行動を非難された米国政府は「米国民の救出を目的とした自衛権行使」と主張。
 1997年、アルバニアにおいて失政により治安が急速に悪化。この時、ドイツ政府は空軍を派遣し、銃撃戦の状況下でドイツ国民を救出している。
 日本の現行法制では、自衛隊は「邦人輸送」はできても「邦人救出」はできない。最悪の場合、為す術を持たず、外国軍隊に日本人も助けてくださいとお願いするしかない。言わば棄民体制の放置であり、主権国家の体をなしていない。
 在外邦人救出については、これまで幸いにも最悪の事態を免れてきたため、国民の関心は薄い。だが、こういう棄民とも言える体制に対しては国民はもっと声を上げるべきである。棄民体制を見て見ぬ振りをしておきながら、事が起きた場合、何故政府は我々を見捨てるのかと嘆くようでは無責任すぎる。
 過去、緊急の国外脱出を迫られた時が何度かあった。幸い事なきを得たが、その度に日本だけ救援機が来てくれなかったと在外邦人は不満の声を上げている。
 1985年のイラン・イラク戦争時、イランは上空を飛行する航空機は撃墜すると宣言。テヘランに邦人216人が残され一刻も早い脱出が求められた。日本政府は民間航空会社に臨時便の要請をしたが、労働組合により拒絶された。この時は親日のトルコ政府が派遣した勇気あるトルコ航空によって救出された。1890年、トルコのエルトゥールル号が和歌山沖で遭難した時、献身的な救助活動をしてくれた日本人への恩返しというトルコ人の善意に助けられたのだ。
 1997年、カンボジアにおいて軍が衝突、銃撃戦になった。この時は440人の邦人がタイ軍用機による救出されている。
 1998年、インドネシアで暴動が発生。5000人近い邦人は、日本政府がチャーターした民間航空機等により国外に退避できた。これまでは幸運に恵まれたが、今後とも幸運が続くとは限らない。
 自衛隊は国民を救うためなら、いつでもどこでも出動できる能力と意思は持っている。だが現行法制上、それはできない。自衛隊法にあるのは「在外邦人等の輸送」の条文である。「防衛大臣は、外務大臣から外国における災害、騒乱その他の緊急事態に際して生命又は身体の保護を要する邦人の輸送の依頼があつた場合において、当該輸送の安全について外務大臣と協議し、これが確保されていると認めるときは、当該邦人の輸送を行うことができる」とある。これで分かるように「安全が確保できない」状況では自衛隊を派遣できない。
 これは大いなる矛盾である。安全が確保されないから自衛隊が行くべきなのであり、安全が確保されているなら日本航空か全日空にお願いすればいい。イラン・イラク戦争のとき、労働組合の反対により民間航空機の派遣は拒否されたではないか。これでは危険な地域に取り残された日本人を救うことができない。
 朝鮮半島で事が起きたら、おそらく日本政府は在韓邦人を米軍の航空機や艦艇に乗せてもらうよう米政府にお願いすることになるだろう。ただ米軍は米国民を優先するのは当然であり、日本人は後回しになるのは目に見えている。米国民の避難民で一杯だと「席が満席になりました。日本人はすみません」となるのは充分予想される。
 何故、こんな情けない法律になったのか。やはり問題は憲法に行き着く。憲法上、武力行使の目的で自衛隊を他国の領域に派遣することは許されない。これは是としよう。だが、邦人救出は武力行使の目的ではない。まして派遣するのは武装を持たない輸送機であり、丸腰である。だが、現行法制では「危険な地域では自分を守るために武器を使用することがあるかもしれない。武力行使目的でなくても派遣された自衛隊が戦火に巻き込まれるおそれがある」とし、安全が確保されなければ輸送機でも自衛隊は派遣しないと決めたのである。
 毎度の事ながら「羹に懲りて膾を吹」いている。危険状況はケースバイケースであり、その都度、政府が状況を判断し自衛隊派遣の是非を決めればいい。憲法解釈上疑義があるのであれば、国民を守れるように憲法を改正するのが筋である。
 この法案審議の際、非武装中立という空想平和主義を標榜してきた社会党が連立政権の一角をなしていた。当初、社会党は「自衛隊の海外派兵に道を開く」として反対する姿勢をとった。その後、連立政権維持の立場から妥協案として「安全が確保されない場合は邦人輸送を実施しない」と主張し、「邦人救出」は「邦人輸送」へと骨抜きにされた。
 「居留民保護の美名による軍隊進出を許してはいけない。戦前の日本軍の海外出兵の大きな口実の一つが、居留民保護であった」との主張はもっともらしく聞こえるが、全くの時代錯誤である。自衛隊は旧軍とは違いシビリアンコントロールが徹底しているし、政府の決定なくして全く動けない制度になっている。
 自衛隊の存在を認めながら、手足を雁字搦めに縛り、活動できないように法整備をするのは自己矛盾である。軍や自衛隊はすぐに独走し、コントロールができなくなる悪い存在であるという自虐的な固定観念に呪縛されている人が未だ多くいるのは残念だ。日本の民主主義を何故もっと信用できないのだろうか。
 海外渡航する邦人が増加するつれ、海外において戦乱や大地震など緊急事態に邦人が捲き込まれるケースも多くなっている。現行法制は言わば「棄民体制」であり、主権国家の体を為していない。そんな国家に国民は愛国心を持てないだろう。また諸外国は日本を軽蔑の眼で見るに違いない。
 自衛官は命令さえあれば、日本人を救うためには身の危険を顧みず行動する。だが、法整備が整っていなければ行動はできない。それはシビリアンコントロールを遵守するからだ。
 阪神淡路大震災時、自衛隊は国民の災禍を目の当たりにしながら、命令がないため出動ができず、切歯扼腕しながら待機するしかなかった。この無駄な時間に5千人という尊い人命が失われた。こんなことを繰り返してはならない。
 誰も考えないことを考える、考えたくないことを考えるというのが安全保障の基本である。不測事態が発生してからでは遅い。ブザマな慌て振りを世界に晒すことのないよう、平時の今こそ、しっかりと考え、議論を尽くし、対応できる法整備をしておくことが求められている。

宗教法人念法眞教機関紙「鶯乃声」 2010年9月号より転載