(6) 「外国人参政権と国家意識」

元自衛官 宇佐静男

 日本は今、戦後最大の危機を迎えている。GHQが巧みに設定した日本弱体化政策が功を奏し日本人から国家意識が喪失しつつあるようだ。「友愛」「友好親善」の美名の下、非常に危険な法制化が今、強引に進められようとしている。にもかかわらず国民の危機意識はきわめて薄い。
 危険な法制化、それは外国人参政権、夫婦別姓、人権侵害救済法案の3法案である。健全な国家意識を保持し、心ある日本人はこの3法案を「国家解体法案」と呼ぶ。一旦法制化された暁には取り返しがつかない極めて危険な内容が含まれているからだ。紙幅の関係上、外国人参政権に絞って問題点を紹介してみたい。
 現在、永住外国人は91万人。うち特別永住者と呼ばれる在日韓国・朝鮮人が42万人、一般永住者である中国人が14万人。毎年約1万人増加している。また外国人登録をしている外国人は200万人。これも毎年約5万人増えつつある。最も多いのは中国人で66万人。これらの外国人に地方参政権を与えようとするのがこの法案である。
 そもそも国家は政治的な運命共同体である。国家と運命を共にするのは国民のみであり、外国人は逃げ帰ることができるが、日本人に逃げ帰るところは無い。国民とは最終的に自国の運命に責任を持つ人々であり、古代ギリシャでも国家の運命をわが事のように思う者を市民と呼んだ。国家の運命に責任を持つが故に、参政権が権利として与えられるのであり、我が国の運命に責任を持たない、それどころか今なお本国に忠誠を誓っている外国人を政治に参加させるのは明らかに間違っている。
 外国人参政権問題は民団(在日大韓民国民団)の政治スローガンで始まったが、「民団」の綱領では「韓国の国是と憲法の遵守」が明記されている。しかも韓国の憲法39条には国防義務が課せられている。もし日本と韓国の国益が衝突した場合、民団の人たちは命を張って韓国の為に尽くすことが憲法で規定されている。母国に忠誠を誓う人々に何故、日本の参政権を与えるのか。ギリシャの昔から参政権と国防義務は一体のものなのだ。
 国政ではなく地方参政権だから問題ないと賛成派はいう。大きなまやかしである。今や地方政治と国政は切り離せない。今年1月に実施された名護市長選を見ても分かる。1588票差で移転反対派の候補者が当選した。その結果、普天間基地の辺野古移転は極めて難しくなった。地方の市長選挙が日米同盟関係を揺るがし、国の安全保障政策全体に大きな影響を及ぼしている。
 国のエネルギー政策もそうだ。地方公共団体の合意なしで原子力発電所を新設することは今や不可能に近い。民間防衛である有事の国民保護法制もそうだ。国民保護には地方自治体の機能、役割が深くかかわっている。地方政治と国政は一体であり切り離せないのだ。
 法案推進派は永住外国人は少数だから選挙権行使をしても影響ないとも主張する。これも大きなミスリードである。日本の最西端の与那国島を例にとって具体的に考えてみよう。
 与那国島は人口約1750人の日本最西端の島、台湾から111キロの国境の島である。09年8月に実施された町長選挙では619票で当選している。06年9月の町議会選挙では定数6名中、1位当選が213票、6位の最下位が139票だった。議会の絶対多数2/3の4人を当選させるには700票もあれば十分である。一千人の外国人が住民登録すれば、この島の様相は一変する。
 中国は沖縄や与那国島などの日本帰属を認めておらず、未だ潜在的領有権を主張している。仮に沖縄、与那国島に大挙して在日中国人が住民登録すれば中国寄りの議会を作ることは簡単である。中国寄りの傀儡政権を作り、独立宣言をさせれば合法的に中国は与那国島を手に入れることができる。
 北京オリンピックの聖火リレーを思い起こしてもらいたい。中国大使館が長野県に5千人の中国人留学生を動員した。動員された留学生が中国国旗を片手に傍若無人な振る舞いをした姿は記憶に新しい。外国人参政権が法制化されれば、中国政府は必ず在日中国人を組織化するだろう。「独立宣言」も決して荒唐無稽な話ではない。「少数だから影響ない」は大きな間違いだ。
 外国人参政権は「世界の流れ」と賛成派は主張するがこれも真実の隠蔽だ。外国人への参政権付与を認めているのは、北欧、EU諸国のごくわずかだ。
 EU加盟国は「連合市民権」としての地方参政権を相互付与している。そもそもEUは外交・安全保障分野と司法・内務分野での協力枠組みを設け、ユーロの導入による通貨統合も進め、欧州議会の直接選挙や、欧州連合基本権憲章の採択など、長い年月をかけ欧州連合の市民権の概念の具現化を図ってきた。地勢的にも歴史的にも全く異なるEUと日本を同一視すること自体胡散臭いものを感じる。決して「世界の流れ」でもなんでもないのだ。
 法律論的にも疑問が残る。鳩山首相は国会で外国人参政権は合憲だと思うと述べたが、事実、憲法学者の間でも意見は二分されている。
 憲法15条1項には「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である」とあり、参政権は「国民固有の権利」とする学説からは明らかな憲法違反である。
 筆者は法律には素人であり、ここで憲法論議をするつもりは無い。だがマニフェストにも書かず、憲法違反の疑義もある法案を、国内で十分な議論も無いまま、民主党小沢幹事長が訪韓時に大統領に約束すること自体、何か不自然さ、胡散臭さを感じるのは筆者だけではあるまい。
 自国への責任の最終的な帰属を明示、表現するのが国籍である。参政権と国籍は分離できない。参政権を得たければやはり帰化するのが筋である。
 日本ほど帰化が容易な国はない。米国の場合、帰化の要件を満たした上で筆記試験と口頭試問がある。そして最終的には国家に対して忠誠を誓うことを要求される。米国の国籍法に「国民とは、国家に対して永久の忠誠義務を負うものをいう」とあるのだ。
 日本の場合、一定の要件さえ満たせば筆記試験、口頭試問もないし宣誓もない。クレジットカードを申し込むような軽さだ。これでも永住者の多くは種々の特権を有するため帰化を求めないという。これは大きな筋違いである。
 外国人参政権問題は安全保障問題そのものである。このままでは、「友愛」や「友好親善」の美名の下、後戻りのできない危険な法案が、国民の知らないところで、力ずくで採決されてしまう危険性がある。一度法制化されると国家解体への道を止められなくなる可能性が高い。
 こんなに危険な法案なのに何故かマスコミや国民は無関心である。日本人の国家意識が既にメルトダウンを起こしている証左なのかも知れない。
 歴史家トインビーは「我々は常に、自らの内にある『虚ろなもの』によって亡ぶ」と言った。この『虚ろなもの』は「国家意識の喪失」かも知れない。
 ベニスの歴史家ジョバンニ・ホテロも言う。「偉大な国家を滅ぼすものは、決して外面的な要因ではない。何よりも人間の心の中、そしてその反映たる社会の風潮によって滅びる」と。
 戦前を全否定し、偏った戦後平和主義を押し進めた結果、日本人は自らの歴史、伝統、文化を貶め、国家、国旗を拒否した。揚げ句の果ては祖先、両親への敬慕、子弟間の礼節まで含めたあらゆる伝統的価値観に背を向けた。国家意識は希薄化し、家父長制や純潔主義などの伝統文化は破壊され、共同体意識に根ざした良心も失い、利己主義に走った現代社会の風潮が今、日本という偉大な国家を滅亡に導こうとしているのではと深く憂慮する。
 外国人参政権だけでなく夫婦別姓、人権侵害救済法案も極めて危うい法案である。最も深刻なのは大半の日本人がこの危機を見て見ぬ振りをしているところだ。このかけがえのない祖国日本を思い、一人一人が我が事と捉え、これら一つ一つの法案を真剣に考え、声を上げることが我々に求められている。

宗教法人念法眞教機関紙「鶯乃声」 2010年4月号より転載