(4) 日中友好を考える

元自衛官 宇佐静男

 昨年12月10日、民主党小沢幹事長率いる国会議員約140人を含む600人の大訪中団が中国を訪問した。日中友好は大いに結構なことである。だが、約140人の国会議員が、一人あたり数秒間の持ち時間で、ベルトコンベアよろしく次々と胡錦濤国家主席と握手し、喜色満面で写真撮影に興じている映像を見た時、何とも言えぬ不安感を覚えた日本人は私だけではあるまい。嬉々として中国指導者に叩頭する国会議員の無防備、無警戒さ。対中国外交の何たるかを知らないナイーブさ。その笑顔の無邪気さに反比例して暗澹たる気分にさせられた。
 古来「外交とは血を流さない戦争であり、戦争は血を流す外交である」と言われる。国家とは国益実現のため、時には流血さえ厭わず他国と対峙する存在である。だからこそ「友好親善」とはいえ他国と接する場合、国益を片時も忘れず「次の一手」を考えながら真剣勝負で相対する。当然、相手も同様である。欧米には次の言葉がある。「棍棒を片手に、穏やかに話す」(“Speaking softly while carrying a big stick”)これが外交の本質なのだ。
 今回、国会議員は訪中前に中国について、少しは勉強し予備知識を持っていたのだろうか。中国に関する予備知識もなく、胡錦濤国家主席との選挙用ツーショットだけが訪中目的だったとしたら、日本の国会議員たる資格はない。
 中国について、注目すべきポイントは二つある。一つは一党独裁の国であること。もう一つは「二人のカール」を愛する国だということだ。
 中国が複数政党を認めない共産党独裁国家であることはよく知られている。だが共産党が政府より上位にあること、つまり政府は党が決めた政策の執行機関に過ぎないことを知る人は意外と少ない。また軍隊が共産党の下にあり政府のコントロール下にない事実は大半の議員は知らないだろう。中国は自国の利益確保のため、過去60年一貫して武力行使をしてきた国であり、民主主義国家とはとても似つかない政治体制の国である。こんなことは訪中前に最低限頭に入れておかねばならない。
 もう一つのポイント、「二人のカール」とはカール・マルクスとカール・フォン・クラウゼウィッツの二人である。カール・マルクスについては共産主義思想の産みの親であり説明不要だろう。カール・フォン・クラウゼウィッツはプロシャの軍人であり、対ナポレオン戦争の経験を元に、古典的名著『戦争論』を著したことで有名な人物である。彼の思想は、後世の軍人やレーニンを始めとする革命家にも影響を与えた。二人に共通しているのは力の信奉者、つまりパワーポリティクスの信奉者であることだ。
 中国外交政策の本質は「戦争が止まる時は両者の武力が均衡したときだけである。流血を厭うものはこれを厭わない者によって必ず征服される」とのクラウゼウィッツの言に集約される。毛沢東の時代から中国の指導者たちは一貫してパワーポリティクスの政策を採ってきた。朱鎔基元首相は「強行になれるかどうかは実力次第」と中国外交を語った。鄧小平は90年代、対米政策を「屈辱に耐え、実力を隠し、時を待つ」と表現した。共に、相手が弱ければ強く出るということを示唆している。
 冷戦で社会主義陣営が敗北して以降、中国は国防費を21年間連続して毎年二桁規模で伸ばしてきた。日本の防衛費が8年連続マイナスであるのと対照的だ。88年の国防費と比べて約22倍という大軍拡である。
 中国は21世紀の戦略目標を①経済発展 ②祖国統一 ③大国としてのふさわしい地位の回復の三つを挙げる。それらはいずれも強い軍事力による後ろ盾が欠かせない。
 経済発展のネックは資源であり、海底に眠るレアメタルや鉱物、石油等の資源に特に注目している。「2040年にはハワイまでは中国の海」をスローガンに、米太平洋軍司令官に太平洋分割を提案している。これも海底資源が狙いである。97年には国防法で軍隊による海洋権益擁護を規定した。
 我が国との排他的経済水域の境界を、日本の主張する「中間線」とは認めず、沖縄近海まで及ぶ「大陸棚説」を主張する。中間線付近での油田採掘に対する日本政府の抗議については馬耳東風だ。また「沖の鳥島」を「岩」と主張し、日本の領土とは認めず周辺の経済水域も認めない。尖閣周辺に油田埋蔵の情報が出てから、にわかに尖閣の帰属を主張するようになった。あまり知られていないが、中国は沖縄の帰属さえ認めていないのだ。
 何人の国会議員がこういった事実を知った上でなお喜色満面の握手に興じたのだろう。無邪気な国会議員が何百人いても、老練な中国にかかっては赤子の手をひねるようなものだ。
 パワーポリティクスの国、中国はこれまで「力の空白」には間髪を入れず食指を伸ばしてきた。73年、米軍がベトナムから撤退を開始するや、74年には西沙群島に進出し、84年にソ連が航空部隊をベトナムのカムラン湾から撤退させるや南沙群島西側に中国海軍を進出させる。92年に米空軍がフィリピンのクラーク基地を、米海軍がスービック基地を閉鎖するや、南沙群島東側を押えている。
 90年代後半には欧米がミャンマーの軍事政権を毛嫌いしている間に、ちゃっかり軍事政権を支援し、見返りにミャンマー領ココ島にレーダ基地を建設した。雲南省からイラワジ川を経てインド洋ベンガル湾へ至る要衝を確保した訳だ。スーダンでもそうだ。ダルフール地方の虐殺問題で国連が小田原評定している間に、スーダン政府に武器援助し、見返りに石油利権を得ている。
 裏を返せば、一党独裁の国であり、力の信奉者である中国の行動パターンは読みやすい。相手に力があれば止まる。力の空白があれば間髪を入れず軍を投入し既成事実を作る。パターンは明解である。
 96年台湾総統選挙時もそうだった。台湾初めての総統選挙ということで世界的に注目された。中国としては総統選挙が台湾独立の呼び水となっては困るので、軍事力で威嚇し選挙の中止を迫った。台湾近海に弾道弾ミサイル4発を打ち込んだのだ。中国政府は公式には「誤射」と発表したが、威嚇目的であることは公然の秘密だった。国際社会はこれを「正確な誤射」と揶揄した。
 これに対し、パワーポリティクスを理解する米国は、条約で台湾防衛義務を有することもあり、直ちに2隻の空母、「ニミッツ」、「インディペンデンス」を派遣し、力には力で対峙した。中国は2隻の空母の力の前にシャッポを脱ぎ、矛を納めた。米国の言い方もふるっている。「2隻の空母は、たまたまそこを通りかかった(”happen to be”)だけだ」と。パワーポリティクスを熟知する米国ならではの言動だった。
 私は中国を敵視せよと主張したい訳ではない。本来、国家とは最もエゴイストな存在であり、国益を追求するには手段を選ばぬ時もある。中国を知った上で、幻想を持たず「日中友好」を促進してもらいたいということなのだ。
 普天間問題で日米同盟は漂流を始めた。日米関係が離間し、沖縄に力の空白が生じたら、ほくそ笑むのは間違いなく中国である。「友愛」を主張し、日米中正三角形などと主張するのは老練な中国の思う壺である。パワーポリティクスの厳しい国際政治の実態を国会議員が忘れてもらっては困る。
 「外交は華麗な衣装を纏った軍事である」とナポレオンは喝破した。微笑みかける「友好」の陰には「棍棒」が隠されていることを忘れてはならず、「友愛」の陰にはその棍棒を打ち返す「剣」を用意していなければならない。19世紀の英国首相パーマストンは語った。「永遠の敵も、永遠の同盟もない。永遠にあるのは国益であり、国益を追求するのが我々の責務である」と。国会議員には「国益」を片時も忘れずにいてもらいたい。でなければ選良たる資格はない。

宗教法人念法眞教機関紙「鶯乃声」 2010年2月号より転載