(3)「弱さ」の自覚

元自衛官 宇佐静男

 大東亜戦争は日本の自衛の為の戦争だった。敵の総大将、マッカーサーでさえ議会証言しているから間違いないだろう。マッカーサーは、昭和26年5月3日にアメリカ合衆国議会上院の軍事外交合同委員会で次のように証言をした。”Their purpose, therefore, in going to war was largely dictated by security.”(「従って、彼らが戦争を始めた目的は、主として安全保障上の必要に迫られてのことだった」)
 日本のマスコミや論壇はこの証言を意図的に黙殺してきた。戦前の日本を全否定することにより自己の存在意義を保ってきた戦後平和主義者にとっては極めて都合の悪い事実なのだ。真実を語ってトップの座を更迭された「田母神事件」に対するマスコミや左翼陣営の常軌を逸したあわてぶり、狼狽振りを見てもよくわかる。
 戦前を全否定しても日本の将来の為にはならない。だが大東亜戦争が自衛戦争だからと言って、日本に全く責任がないと考えてもいけない。同様に日本の将来の為にならない。欧米諸国に陥れられ、追い込まれて已む無く自衛戦争に至ったとしても、そういう局面に追い込まれた政治、外交政策の咎は免れない。何が日本に判断を誤らせたのだろう。一言で言うと「弱さの自覚」の欠如だ。
 外交・安全保障政策を考えるとき「弱さの自覚」が重要である。「敵を知り、己を知らば百戦危うからず」と孫子は喝破した。自分の「弱さ」を知ることは安全保障の基本である。「身の丈を超える外交をしてはならない」ともいう。「弱さの自覚」があれば国は慎重になり、自ずとリアリズムの追求に向う。
 1941年大東亜戦争開戦時、日米双方には大きな国力差があった。米国はGNPで12倍、個人所得は18倍、製造業では53倍もあり、総合国力は日本の約30倍だった。この国力格差を、まさに「弱さ」を自覚していたら、もっと賢明な外交政策があったはずだ。リアリズム欠如の責は免れまい。
 日清戦争で眠れる獅子、大帝国清国に思わぬ快勝をした。10年後、臥薪嘗胆、やむを得ず日露戦争に踏み切った。「弱さを自覚」していた政府は米英両国を抱き込み、国際世論を味方につけ、しかもロシアを国内から崩壊させるべく革命分子を支援するなど、考え得ることを全て実施した。国民全員が必死の思いで戦争に臨んだのだ。
 結果、国力差からはとても勝ち目の無い強国ロシアに辛勝した。正確に言うと日本が勝ったのではない。ロシアが戦いを止めたのだ。この辛勝は国民に「驕り」を生んだ。勝利に驕った日本人は傲慢になり、増上慢になり「弱さの自覚」を喪失した。当時の「皇国無敵」という言葉がリアリズム欠如を如実に表している。「弱さの自覚」を忘れた日本はその後、国際社会から孤立化の道を歩み、嵌められた罠にまんまとかかり、自衛戦争を戦わざるを得なくなった。
 祖先の尊い血と汗とで贖われた貴重な歴史の教訓に思いを致すとき、鳩山政権の安全保障政策に少々不安を覚えるのは筆者だけではないだろう。首相が「日本は米国にあまりにも依存しすぎていた」と発言する。また「対等な日米関係」や「対米自主外交」といった一見カッコいい、溜飲を下げるような言葉が飛び交う。「対等の同盟を」のスローガンは心構えとしては良い。だが心構えを無分別に現実の政治に適用しようとすると戦前のような失敗を犯すことになる。外交は実力をわきまえなければ、いつか来た道、「皇国無敵」の愚を犯すことになる。政治には徹底したリアリズムが必要なのだ。
 悲しい現実だが日本は独自で自国を守ることはできない。この「弱さを自覚」しなければならない。安全保障の第一歩だ。だからこそ自衛隊を整備しつつも、日米同盟で力を借りているのだ。
 日米同盟により日本は六つの傘の下にある。核、情報、攻撃力、軍事技術、エネルギー(シーレーン)、そして食料だ。どれ一つとっても日本独自で充足できない。「弱さを自覚」する時、「日米対等論」という政策が成り立つだろうか。六つの傘を提供している米国にしてみれば、「対等と言うなら憲法を改正して、先ず日本の責務を果せ」となるだろう。六つの傘から自力で脱して初めて「米国にあまりにも依存しすぎていた」と言えるのだ。
 「有事駐留論」「第7艦隊だけで十分」の発言もリアリズム欠如の戯言だ。とても責任ある政治家の言うことではない。もしあなたが奥様に対し「顔も見たくない、実家に帰れ。但し病気になったら看病に帰れ」と言ったらどうだろう。看病どころか離婚は間違いない。同盟も同じだ。「日本が困った時だけ来てくれ。そして我々のために血を流してくれ」では同盟は成り立たない。「同盟は紙ではない、連帯感だ」とキッシンジャーも言う。連帯感の無い、いわば離婚寸前の同盟がどうして有事に機能するだろうか。
 来年、日米安保条約改定50年を迎える。冷戦中は日本の地理的位置、政治的立場が西側に不可欠だった。米国の悪口をいくらいっても日米同盟が破棄されることはなかった。それに甘え、マスコミや左翼陣営は平気で反米の言辞を弄してきた。
 冷戦が終わり、脅威が多様化し、米国の力も衰退の兆しが見えた今、もはや甘えは許されない。「望まれない所には米軍を駐留させない」とラムズフェルト前国防長官は明言した。反米、反基地闘争の激しかった韓国のノムヒョン政権時、米国は韓国政府に相談も無く一方的に在韓米軍削減を決定した。あわてたのはノムヒョン政権だった。甘えは許されなくなったのだ。
 イラクやアフガニスタンの作戦に見られるように、他国のために米国の若者の血が流れるのを米国民は極端に忌避するようになった。今後は同盟関係がよほど緊密でない限り、米国はもはや同盟国のために進んで血を流さないだろう。
 国際情勢を分析し、日本の「弱さを自覚」する時、しばらくの間は米国の力に頼らざるを得ない。日米同盟を堅持して自衛隊と共に日本を守り、そしてアジアの安定に資する。それが最も日本の国益に叶う選択なのだ。
 米国に対し卑屈になる必要はない。日本人としての気高いプライドや理想も持ち続けるべきだ。ただ外交・安全保障を考える時、「弱さを自覚」し、国益に照らして「賢明」か「愚昧」かの選択を感情抜きに実施することが必要なのだ。「好き」「嫌い」や世論受けの「良さ」「悪さ」などは論外である。
 過去、国民の喝采を受け、溜飲を下げた外交がどれほど日本に害悪をもたらせたか。満州事変後の国際聯盟での対応をみてもわかる。外相松岡洋右は「日本の主張が認められないならば国際聯盟脱退」と席を蹴って国連を脱退した。帰国した松岡洋右は国民に歓呼の声で迎えられた。国民は大いに溜飲を下げた。だがこれを機に日本は国際的孤立の道を歩み、ついには自衛戦争に踏み切らざるを得なくなった。
 逆にポーツマス条約をまとめて帰国した小村寿太郎は怒号と投石の中に迎えられた。もはや日露戦争を継続する余力の無い「弱さを自覚」した当時の政府は、なんとしてでも戦争を終結させるために腐心した。国民の不評を買ってでもロシアとの妥結が「賢明」な選択だったのだ。
 「戦略の本質とは自己の持つ手段、能力に見合った次元に政策目標の水準を下げる政治的英知である」という。鳩山政権に欠けているのは「自己の持つ手段、能力」が見えない、つまり「弱さの自覚」がないことだ。人気取りに陥らず、世論に迎合せず、冷静に日本の実力を見つめ、「弱さを自覚」し、地に足の着いた外交・安全保障の舵取りをすべきなのだ。

宗教法人念法眞教機関紙「鶯乃声」 2010年1月号より転載