(46) 靖国問題に対する「三戦」に反撃せよ

元自衛官 宇佐静男

 今年の終戦記念日、安倍晋三総理大臣は靖国神社に参拝しなかった。安倍首相は第一次内閣退陣後、「第一次安倍内閣で任期中に靖国参拝できなかったのは痛恨の極みである」と語っていた。何故、安倍首相は靖国に参拝しなかったのか。
 中国、韓国の両国は、今年も相変わらず、靖国神社の参拝についてヒステリックに対応していた。日中関係は尖閣領有権問題で冷え切ったままであり、韓国も異常なまでに反日姿勢を鮮明にしている。中韓両国との早期関係改善は難しく、これ以上の関係悪化もないことから、安倍首相自身は信念を貫いて参拝するつもりだったと聞く。
 だが、今回は思わぬところから待ったがかかった。それは米国である。安倍総理にとっては予想外であったが、米国は最も重要な同盟国でもあり、靖国参拝についての根回しもできていなかったため、やむなく中止した。
 米国は 10 年余にわたるテロとの戦いで疲弊し、膨大な財政赤字を抱えるに至った。その結果、今後 10 年間で約 120 兆円の予算を削減することになった。そのうち国防費が半分を占め、米軍の弱体化は不可避である。今後、削減が続けば、これまでのように「世界の警察官」の役割は果たせないだろう。
 オバマ大統領は9月上旬、シリアの化学兵器使用に対する制裁に関し、ロシア仲介を受け入れた。その際、「米国はもはや世界の警察官の役割を果たすことは難しい」と「普通の国」宣言をしている。
 米国はこれまで地球上の2か所において、軍事作戦が同時に遂行できる能力を保持していた。だが昨年、米国は中東から撤退して「アジア重視」の戦略を打ち出し、従来の2正面戦略を放棄した。
「アジア重視」はいわば対中国戦略である。米国は尖閣諸島をめぐる緊張状態について、「尖閣諸島は日本の施政下にあり、日米安保条約 5 条の対象である」と明言し、武力衝突があった場合の軍事的コミットに言及している。
 だが、米国が「アジア」に限定しようとしても、国際情勢がそれを許さない。
 シリアの内戦で、アサド政権が化学兵器を使用した。イランの新大統領ハサン・ロウハーニー氏は核の平和利用を強調するが、核疑惑は消えていない。核武装ならば、イスラエルは軍事力行使を辞さないだろう。エジプトではクーデターが起こり、内戦状態にある。まさに中東全域が不安定化している。
 ジョン・ケリー氏が米国国務長官に就任して以来、外国訪問が圧倒的に多いのは中東である。米国は「アジア重視」とは言いながら、中東に掛かりっきりなのだ。
 米国は「アジア重視」を宣言し、尖閣諸島への軍事的コミットを中国に警告した手前、尖閣で事が起きたら米軍は介入せざるを得ない。だが、事実上介入する能力はない。中東には米国の DNA が宿る。中東を捨てて尖閣に専念するわけにはいかない。まさに米国はジレンマ状態にあり、日中間では緊張を避けてもらいたい。靖国参拝で中国を刺激してもらいたくないというのが本音であり、今回、安倍総理に参拝中止を要請したわけだ。
 そもそも家族や祖国を護るため、命を懸けた先人に感謝の誠を捧げ、追悼するのは国民の義務である。こんなことが国際情勢に左右されてはならない。まして他国にどうこう言われる筋合いのものでもない。
 米国の中止要請に対しても、本来は突っぱねるべきであった。だが、日本の最も重要な同盟国であるし、残念ながら米国なしでは安全保障が成り立たない弱みがある。であれば、米国に対し靖国問題は中国の外交カードにすぎず、首相が参拝したところで、武力紛争が起きることなどありえないことをしっかり説得し、根回ししておくべきであった。
 米国民は靖国問題についてはほとんど知らない。中国は「安倍首相はA級戦犯が祀られる靖国神社に参拝し、侵略戦争を美化しようとしている」と「三戦」(心理戦、世論戦、法律戦)を仕掛けている。日本はこれに対し、理路整然と反論しなければならない。でなければ実情を知らない米国民は中国の言い分を信じてしまう可能性がある。
 A級戦犯の 14 人が合祀されたのは昭和 53 年 10 月 17 日である。翌年の昭和54 年、春の例大祭前(4 月 19 日)に毎日新聞によってスクープされたが中国は全く問題視しなかった。翌年の終戦記念日には、鈴木善幸首相以下閣僚が参拝しているが問題にならなかった。
 昭和 56 年にはA級戦犯だった畑俊六元帥(終身刑だったが 54 年に釈放)の訪中を毛沢東が要望していた。畑元帥は申し入れを固辞したが、毛沢東は、日本との関係正常化を目指し、元軍人を含む「右派」への工作を画策していた。
 もともと中国はA級戦犯など問題にしていなかった証左である。
 昭和 60 年までは、首相が毎年参拝しており、戦後だけでも、首相の参拝は計67 回に上る。だが、昭和 60 年、中国は突然、靖国参拝を攻撃するようになる。
 これまで問題にしていなかったA級戦犯合祀を理由に取り上げた。これは日本人自身に大きな責任と罪がある。
 日本のメディア、左翼勢力は、昭和 60 年の中曽根内閣当時、①A 級戦犯合祀、②政教分離、③歴史認識などの問題を掲げ、公式参拝を問題視して中国に御注進する。まさに卑劣な「御注進ジャーナリズム」である。これで中国は靖国問題を外交カードとして自覚するようになった。けし掛けたのは日本人なのだ。 ペンシルベニア大学名誉教授のアーサー・ウォルドロン氏は言う。
「中国共産党にとって真の狙いは、日本の指導者に靖国参拝を止めさせることよりも、日本の指導層全体を叱責し、調教することなのだ。自国の要求を日本に受け入れさせることが長期の戦略目標なのだ」「靖国は大きな将棋の中の駒の一つにすぎず、日本がそこで譲歩すれば、後に別の対日要求が出てくる。
 最終目標は中国が日本に対し覇権的な地歩を固めることなのだ」
 また、南カリフォルニア大学のダニエル・リンチ教授も同様に語っている。
「中国は近代の新アジア朝貢システムでの日本の象徴的な土下座を求めている。アジアでの覇権を争いうる唯一のライバル日本を永遠に不道徳な国としてレッテルを貼っておこうとしている」と。
 中国は日本に対し優位に立ち、自己を正当化して日本を管理できる支配権確立を目指すため、靖国問題を外交カードとして使うようになったわけだ。この外交カードは、中曽根首相が昭和 60 年年 8 月 15 日を最後に参拝中止したことによって定着した。当時、後藤田官房長官が「公式参拝が日本による戦争の惨禍を蒙った近隣諸国民の日本に対する不信を招くため」との談話を発表している。正式に中国に外交カードを提供したわけだ。
 この経緯を含め、米国にはしっかりと説明し、中国の「三戦」に敢然と反撃しなければならない。本来、「A級戦犯」についても戦勝国の定義であり、既に日本国内では法的にも「戦犯」ではない。ただ、これは戦勝国の米国を納得させるのは難しいかもしれない。
 百歩譲って、「戦犯」を合祀しているとしても、A級戦犯合祀を理由に非難することが如何に不合理であるかを主張できるはずだ。ジョージタウン大、ケビン・トーク教授は言う。
「米国民が戦死者に敬意を表す場所であるアーリントン国立墓地には、米国大統領が参拝するが、南軍の兵士が眠っているからといって奴隷制度を肯定することにならない」と。
 政教分離に関しても、靖国参拝は特定の宗教への関与ではなく、首相の参拝も憲法の政教分離に抵触しない。アーリントン墓地でも多くの場合、キリスト教の牧師が祈りの儀式を催し、参列者は各自の宗派に関係なく追悼するのと同じである。
 中国は「尖閣、靖国、憲法改正」については、絶対に譲れないと主張する。
 中東の不安定な情勢を尻目に、2正面作戦を放棄した米国のジレンマを見透かし、「三戦」を強化している。
 安倍首相は米国に対し、中国の靖国批判は「三戦」の外交カードであることを理解させ、その上で早期に靖国神社参拝を復活させることだ。戦争や軍国主義を美化するのが目的ではなく、生や死に対する精神のありようを敬虔に模索するために参拝していることを示せば、世界各国も理解するはずだ。そうすれば中国も外交カードとして使えなくなる。 私事にわたるが、筆者の叔父も靖国神社に祀られている。パイロットの叔父は、昭和 18 年 11 月 20 日、ギルバート諸島上空にて散華された。享年二十歳。
 筆者がパイロットになったのも、叔父の遺影を見て育ったことが大きく影響している。二十歳という若さで、骨も帰らず、子孫も残さず、国のために散った叔父は、戦死しても「靖国に帰る」を心の拠り所にしていたに違いない。
 我々は先人の日本国に対する「熱い思い」のお蔭で現在があることを忘れてはならない。国を守護するために亡くなった戦没者を慰霊追悼し、顕彰することのない国家が繁栄したためしはない。
 このまま外圧による参拝中止が続けば、日本人の精神は確実に荒廃していく。
 時間が経てば経つほど、モラルは低下し、国家意識はメルトダウンする。靖国参拝は、日本人の心の問題であり、相互内政不干渉たるべしと、「三戦」に敢然と立ち向かうべきである。日本人が毅然として靖国参拝を続ければ、外交カードの効力は消滅するのだ。
 この稿が出る頃、靖国神社の秋の例大祭は終わっているだろう。安倍首相が参拝していることを心から願いたい。 (10 月 3 日記)

宗教法人念法眞教機関紙「鶯乃声」 2013年11月号より転載