(49) 「世界の警察官」不在が中国をますます増長させている

元自衛官 宇佐静男

 昨年 9 月、オバマ米大統領はシリア内戦への軍事介入の見送りを表明し、米国はもはや「世界の警察官」ではないと述べた。米国大統領が正面切って「世界の警察官」辞任宣言をしたのは戦後初めてである。
 米国は、化学兵器の使用を「レッドライン」とし、これを越えれば懲罰的な軍事行動をとると公言していた。だが、アサド政権がサリンを使用した後も、軍事介入はしなかった。イスラエル、サウジアラビア、カタール、オマーンなど米国の同盟国や友好国は失望し、中東における米国の威信は地に墜ちた。
 リビアやマリの内戦でも及び腰であり、「背後から導く(leading from behind)」と述べるように、戦後世界を率いてきた矜持はもはや感じられない。米国は既にイラクから米軍を引き揚げた。今年中にアフガンから完全撤退させる考えだ。
 米国の内向き姿勢はオバマ大統領だけのせいではない。世論調査を見ても国民は内向きになっている。米国は国際問題に関与するべきではないという意見が 38%に達した。戦後、最大の数字である。10 年以上にわたるテロとの戦いで疲弊し、厭戦感が蔓延している。
 2007 年のサブプライムローン危機、08 年のリーマンショックで米国は大不況に陥った。既に財政赤字は 1 兆ドルに膨れ上がり、累積債務は 2020 年までにはGDP 比 100%に達するという。2011 年、格付け会社は世界で最も信用が高いとされてきた米国債の格下げに踏み切った。
 国際問題への積極的関与を主張してきた共和党も、ここに至り、軍事予算を含むあらゆる財政支出削減を主張するようになった。昨年 3 月、歳出の大幅な強制削減がスタートした。今後 10 年間、強制的に削減される歳出は、約 1 兆2,000 億ドル以上にのぼる。そのうち約半分が国防費から削減される。ヘーゲル国防長官は「最も懸念しているのは、歳出削減により、軍の即応能力に影響が出ることだ」と述べている。
 他方、中国は経済力でも米国との差を急速に縮めてきた。2020 年代後半には米国の GDP を追い抜くと云われている。軍事力増強も驚異的だ。中国は四半世紀にわたり異常な軍拡を続けてきた。この 20 年で 7 倍強に拡大している。「富国強軍」をスローガンに、今後とも軍拡を続ければ、20 年代には米中が拮抗するという。中国は力を背景に、南シナ海、東シナ海に海洋進出を拡大し、挑発行動を活発化させている。アジアにおける覇権を狙っているのは明らかだ。
 2012 年、米国はアジア重視の戦略転換を図った。だが最近のオバマ大統領は中国の台頭にも関心を失ったようだ。1 月下旬の一般教書演説でも、オバマ大統領は中国に対する懸念はなく、もっぱら内政問題に終始した。
 中国とは軍事摩擦を極力避けたい。この思惑が安倍晋三首相の靖国神社参拝への「失望」発言につながった。アジアで戦争に巻き込まれぬよう「日本の指導者が近隣諸国との緊張を悪化させるような行動」を差し控えてもらいたいということだ。同盟国日本の主張や正義などは眼中にない。
 オバマ大統領は 3 年近く任期が残っているが、外交問題では既にレームダック(死に体)のようだ。中国は、これを見透かしたように益々横暴になってきた。中国は「力の信奉者」である。相手が強いと下手に出、弱いと力をむき出しに出る。1990 年代、鄧小平は「韜光養晦」を主張した。「頭を下げ低姿勢で外交はやるべき」との方針である。米国との実力差が歴然だったからだ。力を付けた今、もう「韜光養晦」は卒業だと言わんばかりに、東シナ海や南シナ海で挑発的に出てきた。
 昨年 11 月、東シナ海上空に防空識別圏を設定した。防空識別圏の設定自体は問題ない。だが、中国の場合は、自国の領空に入る計画の無い航空機に対しても飛行計画の提出を求めている。防空識別圏の名を借りてはいるが、公海上空に領空を延伸するようなものだ。公海上空の飛行自由を保障する国際法の明らかな違反である。また空域には尖閣諸島が含まれており、力ずくで中国領土に組み込む意図が見える。
 一方的な中国のやり方に対し、国際社会はこぞって反発した。米軍も 3 日後、グアムから戦略爆撃機 B52 を無通告で飛ばした。世界中から反発を受けて中国は孤立したが全く意に介していない。今度は南シナ海で新たな挑発的行動に出た。
 中国海南省政府は勝手に設定した海域で、外国漁船に対し操業許可申請を義務付ける漁業法規則を 1 月から施行した。中国は根拠もなく、海域に入る外国漁船を許可制にし、違反行為には漁具や漁船を没収するという。2002 年、中国は ASEAN との間で合意した「南シナ海における紛争防止のための行動規範に関する行動宣言」にも明らかに違反している。
 中国は南シナ海全域(約 350 万平方キロ)の 90%を占める海域、つまり「九段線」で囲まれる海域の領有権を主張している。全く国際法的な根拠はない。今回の海域はその内の 200 万平方キロを占める。
 フィリピン、ベトナムは即座に抗議した。ラッセル米国務次官補は「中国は国連海洋法条約を含む国際法に従って領有権の主張を明確にすべきだ」と述べ、「挑発的であり、潜在的に危険な行為だ」と懸念を表明した。だが馬耳東風である。もはやオバマ政権など眼中にないかのように振舞っている。
 1月 26日には、著名人権活動家の許志永氏が公共秩序騒乱罪で起訴され、懲役 4 年の実刑判決を言い渡された。オバマ大統領の一般教書演説の 2 日前である。許志永氏は民主や法治の実現を目指す「新公民運動」の中心人物である。22 日に初公判が行われたばかりの異例のスピード審理だった。
 米国は人権問題に関しては敏感な国である。ロック駐中国米大使は初公判の翌日、「許氏らの起訴は、当局の腐敗を明らかにし、平和的に意見を表明しようとしたことへの報復だ」と中国を批判した。だが全く意に介さず、わずか 5 日間の審理で判決を出した。米国務省のサキ報道官が「米国は深く失望している」と表明した直後、今度は人権活動家の胡佳氏を連行、拘束した。
 懲役4年の実刑判決の許志永氏や、「国家分裂」に関与として拘束されたウイグル族学者イリハム・トフティ氏らをネット上で取り上げたことが原因という。中国政府はやりたい放題である。米国の影響力は地に落ちた。
 習近平主席は、就任以来、好戦的な発言を繰り返している。「戦いに備えよ。そして戦いに勝たねばならない」と公開の場で述べた。冷戦後、このような好戦的な言葉を使うのは北朝鮮指導者くらいだった。言葉だけではない。民族主義をあおる「中華民族の偉大なる復興」をスローガンに東シナ海、南シナ海で挑発的な行動を繰り返してきた。
 習近平政権が発足して 1 年、経済、治安、環境など内政がうまくいっていないのも事実である。現在、中国は不動産バブルの瓦解、地方政府の債務不履行、経済的苦境、汚職、腐敗、海外への資産逃避、貧富の格差など、時限爆弾を抱えている。国内に問題を抱える時、反対勢力を粛清し、強い対外姿勢で求心力を高めようとするのは独裁者の常道である。
 中国の軍事的な挑戦を阻止できるのは米国しかいない。だがもはや米国でも一国では手に余る。最大の問題は米国が国際問題に関心を失いつつあることだ。益々横暴に振舞う中国に対し、日本はどうすべきか。
 最も重要なことは、米国に対しアジアへの関心を逸らさせないことである。米国の関与は、アジアの平和と安定に欠かせない。外交に関心を失いつつある米国に対し、中国への関与の意志を持たせ続けることは日本の国益そのものである。
 アジアの平和と安定は、米国にとっても国益である。米国が内向きになっているのは、その負担を負いきれぬ実情にあるからだ。ならば負担や役割を日本が分かち合うことだ。これまでのように、米国の負担を前提にした日本の安全保障はもはや成り立たない。 日米がスクラムを組み、負担や犠牲を分かち合って中国に立ち向かうしかない。
 ネックとなっているのは集団的自衛権の問題である。東シナ海で、日本が攻撃されたら米軍は日本を守れ。だが米軍が攻撃されても自衛隊は守れない。これでは同盟自体が成り立たない。米国も嫌気がさすだろう。共にスクラムを組み中国に対峙するには集団的自衛権の行使は欠かせない。安倍内閣がやろうとしている集団的自衛権行使のための憲法解釈見直しは待ったなしなのだ。
 また「力の信奉者」の中国に対しては、地域における力の均衡、つまり「オフショア・バランシング」が最も重要である。対中国戦略上、在日米軍のプレゼンスは欠かせない。
 米国は今なお多くの国で米軍を駐留させている。海外基地の維持はコストがかかる。財政的にもこれらを大胆に減らし、地域紛争への軍事介入も抑制したいと考えるのは自然だ。ならば日本が、駐留経費を分かち合い、米軍の日本での駐留を心地良いものにしてやることだ。普天間基地の辺野古移転などを早期に実現し、在日米軍のプレゼンスを安定的かつ確固たるものすることは喫緊の課題なのだ。
 日本は自らの国は自らで守るとの原点に立ち返り、必要なことは何でもやらねばならない。米国の関心をアジアに引き止める施策も欠かせない。中国が冒険的行動の誘惑に駆られないよう、隙のない防衛態勢を確立することが何より求められている。

宗教法人念法眞教機関紙「鶯乃声」 2014年3月号より転載