(57)「新型大国間関係」という名のまやかし

元自衛官 宇佐静男

 今年の 7 月、第 6 回米中戦略・経済対話が北京で実施された。開幕式で習近平主席は、「中米の『新型大国間関係』を努力して築こう」と題したスピーチを行った。「新型大国間関係」については、習近平が副主席の時から言及し続けており、「互いの『核心的利益』の尊重」などを主張している。
 中国にとっての「新型大国間関係」とは、米中が対等の立場で、それぞれの核心的利益を認めることである。つまり米国に対して、チベット、ウイグル、台湾の問題、そして東シナ海、南シナ海での係争には口を出すなということだ。これはアジアから米国を追い出し、アジアにおいて中国が覇権を握ることを意味する。
 昨年 6 月、カリフォルニア州で実施された米中首脳会談でも、習近平は「太平洋には米中両大国を受け入れる十分な空間がある」と述べ、太平洋の分割統治を示唆した。実は太平洋分割統治の提案はこの時が初めてではない。2008 年 3 月の 米上院軍事委員会公聴会で、米太平洋軍司令官ティモシー・J・キーティング海軍大将が発言している。2007 年 5月、司令官として初めて中国を訪れた際、米国がハワイ以東を、中国がハワイ以西の海域を管理してはどうかと中国側から提案されたという。
 キーティング司令官は、この中国高官発言を「中国人民解放軍が抱いているかもしれない戦略構想」を示していると指摘し、中国は「明らかに自国の影響力が及ぶ範囲を拡大したいと考えている」と証言している。
 90 年代後半、中国海軍出身の劉華清中央軍事委員会常務副主席が「海軍発展戦略」を打ち出した。2010 年 には九州から沖縄、台湾、フィリピンに至る第一列島線以西の制海権確保し、2020 年までには小笠原諸島、グアム、豪州にいたる第二列島線以西を支配する。2040年には米海軍と対等な海軍力を保有し、ハワイ以西の太平洋を支配するという戦略である。
 習近平が示唆する太平洋分割統治構想も根はこの戦略にある。この戦略が実現されれば、米国は尖閣諸島をめぐる領土係争に関与できなくなり、日米同盟も有名無実化する。生命線であるシーレーンも事実上中国に支配される。日本の生殺与奪を中国が握ることを意味しており、決して認められない。日本のメディアは何故かこれを伝えない。
 オバマ政権はこれまで習主席が提案する「新型大国間関係」に対し、明確な態度を示さなかった。だが昨年 11 月、スーザン・ライス国家安全保障担当大統領補佐官が「新たな大国間関係を機能させようとしている。これは米中の競争は避けられないものの、利害が一致する問題では協力関係を深めようとしていることだ」と語り、初めて受け入れを示唆した。今年 3 月の米中首脳会談では、オバマ大統領が「新しいモデルの二国間関係」を強めていくことで米中が合意したと発言した。米国の言う「新しいモデルの二国間関係」と中国の「新型大国間関係」は、今のところ同床異夢である。7 月の米中戦略・経済対話ではむしろ米中の対立の溝が鮮明になった。
 米国にとって、あるべき米中の二国間関係は、両国が国際社会における責任ある大国として、グローバルな諸問題解決に尽力し、国際法や国際的な基準に則って行動することを期待するというものである。だが近年の中国の行動を見るに、権利は主張するが大国としての責任を果たさないことが明確になってきた。地球環境保護、気候変動、あるいは貧困問題などについて適切な対応をとろうとしない。自由航行などの国際規範も遵守せず、サイバー空間でも不適切な活動が目に余る。7 月の米中戦略・経済対話終了後、ケリー国務長官は「新型大国間関係」について次のように一蹴した。「習近平氏が何度も新型の大国関係について話すのを聞いた。だが新しい型とは言葉ではなく、行動によって定義されるべきだ」ラッセル国務次官補も米上院外交委員会の公聴会で「我々の考えはかなり異なっている。
 中国は核心的利益に介入しないよう求める。だが、我々は核心的利益が議論の対象にならないとは考えられない」と発言している。
 先月号でも指摘したように、近年、力をむき出しにした中国の挑発的行動は目に余る。
 2013 年 11 月には東シナ海に日本と重複する防空識別圏を一方的に設定し、あたかも管轄権を有するかのような国際法に違反する運用を開始した。12 月には南シナ海で公海上を航行する米海軍イージス巡洋艦カウペンスに対し、航行を妨害する行動をとった。今年 1 月には南シナ海に漁業管轄権を一方的に設定した。
 中国は南シナ海の9割に相当する海域の海洋権益を主張している。9つの破線で囲んでいるために「九段線」(Nine Dash line)と呼ばれている。この海洋権益の主張には全く根拠がない。5 月には西砂諸島におけるベトナムとの係争海域で、一方的に石油掘削作業開始し、ベトナム漁船と衝突を繰り返した。5 月、6 月の両月、日本の防空識別圏の内で自衛隊機や米軍機に対し、中国の Su27 戦闘機が異常接近を繰り返すという非常識な行動をとった。
 あたかも東シナ海、南シナ海は自分の領域であるかのような国際法違反のオンパレードである。
 こういったやりたい放題の行動は、中国が力をつけ、自信を持ってきた証左である。同時に、米国がシリアやウクライナで示した弱腰な姿勢、あるいは中国の「太平洋二分割論」に対する米国の曖昧な態度が中国を増長させている。
 中国は「力の信奉者」である。国境を決めるのは「力」であり、ルールは「力」を持つ者が決めると考えている。中国は 3 年前、GDPで日本を抜いて世界 2 位の経済大国となった。軍事力も 26 年間軍拡を続けた結果、40 倍の規模に成長した。この 10 年間でも 4 倍に増強され、米国に次ぐ「力」を保有するようになった。2020 年には軍事力、経済力ともに米国を凌ぐと言う専門家も入る。「力」を有する者が支配し、やりたい様に振舞うのは彼らの常識である。まさに現代版「華夷秩序」「冊封体制」であり、昔からの伝統的発想は今なお生きている。
 現在の国際社会は、圧倒的な「力」を有する米国の優越で平和が保たれるという「パックス・アメリカーナ」の状態である。これを「力」をつけた中国が、軍事力を背景にした中国の覇権で秩序が保たれる「パックス・シニカ」に変更する。これが「偉大な中華民族の夢」なのだ。「新型大国間関係」が暗喩する「太平洋二分割論」は「パックス・アメリカーナ」から「パックス・シニカ」への過渡期として、ハワイを境に東西を分割支配しようと云う暫定的なものなのだ。
 この 5 月、上海で実施された「アジア相互協力信頼醸成措置会議」(CICA)で習近平が「アジア新安保構想」を提唱した。習近平はその中で「アジアの問題はアジアの人々が処理し、アジアの安全はアジアの人々が守る」と述べた。互いの主張や領土保全、内政不干渉を尊重し、平等な立場で安全に関する協力を推進という「アジア安全観」の下、「平等協力」をうたう新外交戦略だと主張している。だが実態は、アジアから米国を排除し、中国が支配者に取って代ろうとする魂胆が見え見えである。
 6 月にも「平和5原則」に関する北京での式典で習近平は述べている。「主権と領土保全の侵犯は許さない。お互いに核心的利益を尊重しなければならない。国際法を歪曲し、『法治』の名で他国の正当な権利を侵害することには反対する」と。だが現実には、「国際法を歪曲し、『法治』の名で他国の正当な権利を侵害」しているのは中国である。
 中国は周到な時間をかけ、「新型大国間関係」を繰り返し持ち出してきた。米国もその「まやかし」に、ようやく気が付き始めたようだ。だが本当は、その「まやかし」に真っ先に気が付かねばならないのは、日本人である。「新型大国間関係」で最も被害を被るのは日本なのだから。
 安倍首相は地球を俯瞰する外交で「まやかし」の打破に懸命である。地道かつ頻繁にASEAN 諸国やヨーロッパを回り、10 月には訪問国が 50 か国を超えた。短期間にこれだけのトップ外交を展開した首相はおそらく居ないだろう。
 5 月の第 13 回アジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)では基調講演を行い、中国の南シナ海進出を念頭に「日本は,ASEAN 各国の,海や,空の安全を保ち,航行の自由,飛行の自由をよく保全しようとする努力に対し,支援を惜しまない」と発言し、多くの国が拍手で賛同を示した。6 月のG7 サミットでも「東シナ海及び南シナ海での緊張を深く懸念。国際法に従った平和的解決を支持」する宣言を発するのに成功した。
 孤立した習近平主席は次のように語った。「中国人民は平和を愛し、和をもって尊しとなし、己の欲せざるところを人に施すことなかれと主張する。周辺外交の基本理念は、親・誠・恵・容(寛容)だ。(中略)広大な太平洋は、中米という 2 大国が共有できるスペースは十分にある。新型大国間関係を軌道に乗せるべきだ」と。口調はマイルドになったが、目指す方向性は変わっていない。
 今後とも、あの手この手で「新型大国間関係」を米国に働きかけていくだろう。日本は米国に対し、この危うさを指摘し続けなければならない。日米両国民は、こういう「まやかし」に騙されるようなことがあってはならない。

宗教法人念法眞教機関紙「鶯乃声」 2014年12月号より転載