喜寿を迎えて、色々と思うことあり


元陸上自衛官 現星槎大学非常勤講師 森 清勇

過日、喜寿を迎えた友人に下記のようなメールを送りました。
「きょうは 嬉~し~~い たんじょう~日。なんと~か元気に七十と七に な~りま~した。こう書いていると、鉦(かね)や太鼓でピ~ヒョロロ、ピ~ヒョロロと囃子たてる音楽に引き寄せられるようにして多くの子供たちが集まり、杜の鎮守さまから家々を回っては「福あれ!」と祝ってくれる声が聞こえてきます。でも、やっぱり空耳です。今は昔の懐かしい思い出、戦後も間もない頃の状況です。
 空襲はされましたが、田舎には祠や社を取り囲んだ森がしっかり鎮座していました。松の内が明けると、どんど焼きをやり、持ち寄ったサツマイモやお餅を焼いて、フーフーと吹き冷ましながら食べたものです。 友よ! 2日前に喜寿を迎えた吾とともに、次の新たな目標に向かって元気に生き延びましょう! 取り敢えずの、お互いの次なる目標は3年先の傘寿です」と。



 老兵ですから、高齢者に位置づけられていますが、色々と呼び方もあるものです。75歳以上の後期高齢者の名づけ方が芳しくないと騒がれたこともありますが、他方で65歳以上の前期高齢者になっても、今では労働人口に算入される方向にあります。
 後期高齢者には、長寿を祝う節目が沢山準備されていることを知りました。並べてみますと、喜寿(77歳) 傘寿(80歳) 米寿(88歳) 卒寿(90歳) 白寿(99歳)です。これまでは周知のことですが、この後は、紀寿(100歳) 茶寿(108歳) 皇寿(111歳)と続きます。
 特に100歳以上はセンテナリアン(百寿者)と呼ばれ、「もはや戦後ではない」と言われた昭和30年代はわずかに100人台(昭和38年153人)でしかなかったものが、今では6万5492人(平成28年)だそうです。支える若者は減る一方ですので、年金、介護などの社会保障費などが逼迫するのも当たり前です。
 中でも女性の比率が87.6%だそうで、あっ晴れというべきか、しぶといというべきか。因みに、女性は成長とともに、娘 姫 嬢 嫁 婦 姑 姥などと変わっていきます。女偏の付く漢字ともなれば数えきれないほどありますが、思い浮かぶだけでも婚 妊 娠 妖 媒 嫌 婢 嫉 媛 嬬 婧 娥 媳 娌 嫶 姨などなど。対して男偏はどうでしょうか。
 女性は七変化どころではない魔物にも見立てられたのかもしれません。因みに、西洋の諺には「女とは
  20代はアフリカのように半分しか探検されず、30代はインドのように熱く豪奢で神秘的で、
  40代はアメリカのように技術開発が進み、50代はヨーロッパのように瓦解し、
  60代はシベリアのように、その所在は誰でも知っているが誰一人として行きたがらない」



 話しは飛んでしまいました。さてさて、老人を祝う言葉は嬉しいですが、それは若者を窒息させることにもなります。若者こそ貴重な存在ですので、新しい発想を取り入れ、それを何と名づけるかは別にして下記のように多くの節目を設けて元気づけ、長寿の祝いも大きな節目ごとにするのは如何でしょうか。
  22歳 33歳 44歳 55歳 66歳 77歳 88歳 99歳
ここで、生き方の一つとして旅先で見つけた一片の詩(筆者意訳)を掲げておきます。
  Count your ages by friends not years (過ぎし年数でなく、友の数で齢を数えよう)
  Count your life by smile not tear (涙ではなく、笑いで人生を数えよう)

(平成29年のはじめに)