「負けて勝つ」のは日本の美学か

元陸上自衛官 現星槎大学非常勤講師 森 清勇

 中国に関しては近年だけでも餃子事件、尖閣諸島沖中国漁船追突事案、そして射撃用レーダー照射事案などが次々に起きてきた。日本側が被害をこうむり、原因は中国にあるようだと発表すると、中国はすかさず自国も被害を受けており、原因は日本であると言い返す。日本が言い出すまで一切言わないが、日本が言った時点から猛烈な反発を行い、自国こそが被害者であると言いつのる。
 日本犯人説に仕立てるところは「南京大虐殺」と大同小異の中国版捏造であるが、中国は宣伝戦、心理戦、法律戦のいわゆる三戦を駆使して、「日本が仕掛けた」、「日本の捏造」などと国際社会に向かって喧伝する。一切自国に責任があることを認めようとしない。その上に旗色が悪くなってくると国策デモを仕組み、挙句の果てには反日暴動で国内の不満分子のガス抜きまでするのがお決まりのパターンである。
 安倍首相は射撃レーダー照射事案処理について聞かれて、「(従来の日中間の事案処理で)日本は静かで冷静に反応してきた。これからは積極的に・・・」と語っている。照射事案は、同政権の今後の試金石ともなるもので、どのように処理されたのか気に掛かる。安倍首相の発言に基づく対処がとられたのだろうか。もし然るべき対処がとられなかったら、中国の無理難題、傍若無人ぶりに対しては、安倍政権でも歯止めが効かないということにはならないだろうか。
 民主党政権で起きた尖閣沖中国漁船追突事案の処理で、日本は中国の恫喝や欺瞞に屈した。中国のその後の大胆極まる行動は「敵退我進」の毛沢東戦術に則ったものであろう。そうした鬱積が「弱腰民主党」のイメージを決定的にし、「政権ノー」につながった。民主党頼りにならずということから、自民党が再び迎え入れられた。そこに起きたのが射撃レーダー照射事案であった。
 政財界や評論家などは、日本人のなかに対中嫌悪感が広まり、アジアでも中国の孤立化が進んだから、日本の対応で十分だったという自己満足的な評価をするものが散見される。しかし、中国は国家目標を設定し、その手段として三戦を以って対処し、日本の国益を毀損してきた。日本の「真」に対し、中国は「偽」で対処してきた。射撃レーダー照射事案の真偽も、その延長線上あることは確かである。
 日本が証拠を公表して、中国の捏造を暴露することは未だに行われていない。多分日中間で、水面下の交渉があったのかもしれない。サイバー攻撃で中国は世界の批判を受けており、加えて国連憲章違反で戦争行為ともみられかねないレーダー照射の公表が行われれば、中国は国際社会の異端児となり、国家の尊厳を決定的に傷つけることになったであろう。
 日本の国益を毀損しているのは中国である。間違ってレーダー照射したのでもなければ、領海侵犯したのでもない。練り上げられて国家戦略、海洋戦略に基づき、一つ一つタイムテーブルに則ってコマを進めているのであることは言を俟たない。
 「窮鼠猫を噛む」という諺もあるから、中国を追い詰めないようにするのが大人の態度であり、武士道の精神でもあるという寛大な心を日本は持ち合わせている。しかし、問題の発端は須らく中国にあり、何も照射事案だけが問題というわけではない。尖閣に関わる日中両国の従来の姿勢に対する、中国の一方的ななし崩しが問われなければならない。問題はそうした中国の覇権的行動に根差している。
 問題は、人民を騙し世界を騙して、いつもながら高飛車な言説を繰り返す中国指導部・政府が、脅せば引っ込んだ民主党政権とは異なる自民党政権の「公表しない心」を分かってくれたかどうかの一点に尽きる。自民党も民主党と同じではないか、と思われたのであれば自民党政権の失策であり、今後も類似の事案の再発は避けられないし、高じて干戈さえ招きかねない。
 丹羽宇一郎前駐中国大使はレーダー照射問題で、「首相や防衛相への報告が遅れても許されるような事件だ。発表が5日遅れても平気なようなことを大騒ぎしすぎだ」(「産経新聞」2月20日付)と語っている。
 この発言から伺えることは、問題の本質、すなわち国益とは何かを弁えない、ただ商売して自社(自国ではない)が儲けさえすればよいという意識しか持ち合わせない人物だったということである。こうした人物を陛下の認証を得て日本の全権大使として、日本を飲み込まんとする意志をむき出しにしている隣国に送り出したことである。
 ことの性質上、事実を精査するために報告の期日は逸し、その間は何事も起きなかった。しかし、米国ならすかさず反撃しただろうというほどの敵性行為であり、砲銃弾が撃ち込まれてもおかしくなかった事案である。大使は日本を代表して外国との関係において仕事をする人物である。指名するにあたっては適正な考えの持ち主か否かを国会でしっかり問い糺す必要があるのではないだろうか。